第15話 颯
この魔法の時代を作った先導者に対し、この時代を終わらせると宣言した。
それはイリスの逆鱗に触れてもおかしくはない発言だった。
しかし、彼女は冷静に問い掛ける。
「それが叶うと思うのですか?」
「今の俺には、その力はない。それに先駆者達がそうしてきた様に、このエルフの森で戦う意志はない」
「……ふん。なら、どうやって奪うのですか?」
「交渉する他ない……」
俺は含みのないありのままの思いをそのまま伝える。
「…………」
「…………」
イリスは呆れただろうか。
あまり突拍子もなく、無計画な発言に。
だが、彼女に否定されたとしても、この意志だけは変わらない。
「あなたが、探求心を持って魔法の道を開拓した様に、俺はこの憎しみを持って祖の女神を殺し、この時代を終わらせる」
「復讐ですか。その先にあなたが望む未来があるのですか?」
「はい。その為に、伝説に挑むのです」
「……なら、その資格を示しなさい」
「資格?」
「あなたの目的は祖の女神を殺し、7つの魔導書を奪うことなのでしょ?」
「はい」
「なら、5つの魔導書を入手し、私に前に現れなさい。その時にまた、私があなたを見定めます。風の魔導書を授けるか、どうか」
「分かりました」
「きっと、あなたがここに導かれたのにも意味があるのでしょう」
「……ありがとう」
イリスは俺の意志を否定することはなかった。
この場で彼女と敵対する道は避けれた。それだけでも僥倖だ。
だが、もう一つだけ彼女に望みを懇願する。
「イリス、おこがましいのは承知でお願いしたい」
「……?」
「俺に魔法の基礎を教えてくれ――!!」
俺はその場で立ち上がると、深く頭を下げた。
「魔法の時代を築いた私に、その時代を壊そうとする者に魔法を教えろと言うのですか?」
イリスの指摘は至極当然だ。
もし、彼女が今も自分の人生に悔いがないのだとしたら、その行動は矛盾そのものであり、彼女の歩んだ一生を否定することを意味している。
ここで引っ張たかれても文句は言えない。
俺は頭を下げ続けた。
「…………」
「……っふ、ふふふふふ。 あなた、頭がおかしいですね」
「…………」
「弟子の名前を聞きましょうか?」
「――ッ! いいのか?」
「二度は言いませんよ?」
「矢矧一哉です」
「私はイリスです」
こうして、俺達は師弟関係となり、修行の日々が始まった。
後になって分かったことだが、彼女は俺の七属性以外の魔法に興味を示していた。
イリスの探求心は数百年経った今でも、衰えてはいなかったのである。
*
後日。
俺達は一颯の墓標が見えるエルフ森の草原にきていた。
昨日の騒動から一晩経ち、心身ともに回復したところで、考えを整理する。
まず、やるべきことは魔法の習得だ。
この世界では、何を成すにしても、魔法が必須。
身を守る法も、日本での倫理も通用しない。
郷に入っては郷に従え。
身を隠すにも、最低限の準備は必要だ。
「一哉、体は大丈夫ですか?」
「ああ。おかげ様で」
イリスに魔法を教わる前に、事前に情報を共有したいことがある。
「イリス、黒野綴という人物を知っているか?」
「いえ、存じませんね」
もしかしたら、彼女の名称は名義かもしれない。
それでも、微かな希望を抱き、その質問をぶつけてみたのだが。
俺はこの世界の成り立ちと魔法概念の誕生までの歴史を既知としていること、現世での書物『マジカルナンバー』の存在をイリスに伝える。
「なるほど。だから、私の名前を知っていたのですね」
「ああ……」
「なら、転移魔法は既に何度か行われているということでしょう」
「間違えない」
「あなたは元々、異世界人で、今は死人となった者。あなたにもし、その才があるのなら、ここで転移魔法だけを学び、元の世界に帰るという選択肢もあると思いますが……」
確かに、その選択肢はある。
前提として転移魔法を習得出来るのだとしたら、今後の人生に置いて、より無難な選択だ。
俺は母さんの顔を思い浮かべる。
しかし、既に答えは決まっていた。
「それは出来ない。ようやく、自分の目的を見つけたんだ」
俺が成そうとしてることは誰かにとっての悪かもしれない。
だが、そうだととしても、俺はこの命題を果たす。
「……そうですか」
イリスは俺の覚悟を見て、それ以上の言及は避けた。
あの聖堂では、いくつもの仕掛けがあった。
その中でも転移魔法は予め大掛かりな魔法陣を組み、入念に準備していたことが伺えた。
「もしも、魔法の基礎を学ばず、転移魔法をものの数秒で出来る人物が居るとしたら、どう思う?」
「天才ですね」
「…………」
俺は墓標の方へと視線を移した。
なら、この世界は魔法の天才を失ったことになるな。
「それか余程、想いが強かったのか……。時に魔法は、その常識を打ち破ることがありますから」
「……そうか」
俺も強くならなければならない。
「始めてくれ」
「では、始めましょうか」
《6.018659816…………》
イリスは片手を広げ、宙に光の玉を作り上げた。
彼女の魔法はより精密にその物質を保ち、輝きを放つ。
「まずはここから始めましょう。自分の魔力を練り上げて、イメージを具現化させるところから」
「はい」
イメージを具現化。
自分の全身から魔力を手の上に集め、球体を作り上げる想像。
《0.056287…………》
俺は魔法数の存在を確認すると、集中力が一瞬途切れ、白い光は球体を作り上げる前に宙に四散してしまった。
「あっ――!」
「やはり、ある様ですね」
イリスもその才を視認する。
「その魔法数は無属性と呼称しましょうか」
「分かりました」
「その魔法を習得したら、次は形状変化を始めましょう」
「剣にする魔法か?」
「そうです。そういえば、一哉は知っていましたね」
「ああ」
俺は嘗てのイリスと同じ道を辿り、魔法の習得を始める。
「では、私は戻りますので、お昼にまた成果を見せて下さい」
そう言い残し、彼女はその場を去っていった。
「よっし。やるかっ!」
《0.0562877895135…………》
俺は再び、意識を切り替え、自分の魔法と向き合った。
そして、十度目の挑戦でかろうじて球体の形を維持した魔法を放つことに成功する。
そこから、より小さく中心に魔力を集中させ、弾ける様に消失させる。
先程とは打って変わり、意識的に魔法を四散させることが出来た。
「すぅ――……。はぁ……」
集中が途切れると、俺は疲労感に襲われ、その場に倒れ込む。
この草原はよく風が吹く。
それが風の魔導書の影響なのか、土地柄なのかは分からない。
青空を見上げながら、憎き女神の姿を思い浮かべた。
あいつらの魔法は
「…………」
弱音を吐いたところで、意味はない。
やるしかないんだ。
俺は上半身を起こす。
この世界にはレベルという概念は存在しない。
つまり、どれだけ熟練した魔法使いであっても、初心者の魔法使いに敗れることもあるということ。
戦闘能力は経験や個人の身体能力に起因する。
場面によっては魔法に頼れない事態も想定しなければならない。
空いた時間で体を鍛えよう。
ひたすらにこの場所で強くなる計画を立て、準備しなければならない。
すると、遠くから二人の人物が近付いてきた。
「イリス、見てくれ」
《0.056287789513558375892…………》
俺はすぐ立ち上がり、精神を集中させ、宙に一つの魔法を形成してみせた。
「おお、わずか半日で、ここまで……」
彼女は関心した様に、その魔法をじっと見つめていた。
「形状はまだいじれないが」
「十分ですね」
すると、イリスの後ろから小さなエルフの少女が現れる。
「変な者が入り込んだとは思っていたが、お主か……」
小学生くらいの背丈に、緑の髪、不釣り合いなロングコートの正装に身に包んだ少女が、俺をじっくりと見定めていた。
「イリス、この小さいお嬢ちゃんは?」
「えぇっと……」
イリスは俺の問い掛けに口ごもり、苦笑いを浮かべていた。
「……?」
「お嬢ちゃん、じゃと……?」
気まずい空気が流れた後、まるで爆発したかの様な、とてつもない魔力が少女の中から溢れ出る。
「ほう?」
少女と視線が合ったその瞬間――。
「ッ――――!?」
まるで、後方から糸で引かれたかの様に、一瞬にして吹き飛ばされる。
「ぐはッ――!」
俺は岩に体を打ち付け、その衝撃で血反吐を吐く。
たった一瞬の出来事に頭が混乱する。
あれは、魔法か?
彼女の敵意も魔法数の察知すら出来なかった。
「はぁ……はぁ……」
風圧が途切れ、岩から体が離れる瞬間、かろうじて地面に着地する。
すると、少女がこちらへと迫ってきた。
「一哉とやら。お主、よほど死にたい様じゃの?」
彼女の無表情の中に、はっきりと殺意を感じる。
そして、彼女は俺を睨み付け、口火を切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます