第14話 異端者


 死。

 

 俺は女神の大魔法によって、死を迎えた。

 たった数分の異世界生活。


 周囲は白一色に染まっている。


 そんな中、二人の姿が視界に映り込んだ。


「母さん……?」


 居る筈のない母さんの姿が映り、雲散霧消うんさんむしょうする。


 そして――。

 忘却の彼方に存在した、一颯の姿を捉えた。


「一颯!」


 その瞬間、彼の死までの記憶が俺の頭の中に雪崩れ込んでくる。


「え……」


 彼の存在が次第に薄くなっていく。


『後は、託した……』


 一颯は自己の命題を果たし、後の時代の者に思いを託した。


 ――この瞬間、俺は一颯の死を知ったのである。


 ……。

 …………。


 今まで思い出すことも出来なかった親友の存在が、俺の心にぽっかりと穴を開けた。


 俺が唖然としていると、宙に放り出され、地面に落下する。


 ゴキッ……。


「――っう!」


 その衝撃で片足を折り、気が付くと、俺は上向きに空を見上げていた。

 じんじんと痛む片足は紫に腫れ上がり、意識がまだ朦朧としている。


 草原に広がる晴天があまりにも眩しい。

 森の匂いと耳心地の良い颯颯さっさつが、辺り一面に広がっている。


「はっ……ははは……」


 周囲をホタルの様な小さな光が浮遊している。


 痛みを感じると、これが生の実感だと理解出来た。


 ――生かされた。

 その事実と同時に、親友の死が俺の心を酷く抉った。


 次第に辺りは暗くなり、星空が眼前に広がる。


 精霊達が俺のかたわらをうろちょろと飛び回る。

 そんな異世界情緒溢れる場面を目にしても、俺のぴくりとも動かず、沈み切った心だけに支配されていた。


 どれだけの時間が経っただろう。

 折れた足の痛みは次第に感覚が薄れている。


「あなた、そのままここで死ぬのですか?」


 満天の星空を遮る様に、視界にハーフエルフの女性が映り込む。


「たった数年なんだ……」


 俺は掠れた声で、彼女に訴えかけた。


「……?」

「一緒に居た期間は……こんなに短いのに……」

「……」

「なんで、こんなに悲しいんだ……」

「誰かを亡くされたのですね」

「俺は今、どんな顔をしてるんだ……」

「泣いてますよ」

「そうか……」


 星空の光が涙でぼやける。

 俺は手で目元を覆いながら、泣き続けた。


 彼女はなんの詮索もせず、ただ隣で星空を見上げ、静かになる瞬間を待ち続けていた。


「あなたにとって、その人は大きな存在だったのでしょうね」

「あぁ……親友だ」


 俺はようやく、重い上半身を起こす。


「――ッ」


 体を動かすと、あちらこちらで体が痛みを訴えかけてくる。


「重症ですね」


 自分の体よりも先にやらなければならないことがある。


「ここに彼のお墓を作りたいのですが、いいですか?」

「ええ、構いませんけど……」


 彼女は俺の足を見ると、すぐさま手を向け、魔法を発動させた。


《6.758165891658017509175901597190581093…………》


「その足では何も出来ないでしょう?」

「――!?」


 その腫れ上がった足は見る見るうちに変色していき、正常な姿へと戻っていく。

 痛みが完全に引くと、俺は立ち上がり、その感触を確かめた。


「ありがとうございます」

「いえ……」


 しかし、足以外の痛みが全身に電気信号を送り続けている。

 俺はおぼつかない足取りで、辺りに転がる石を集め始めた。


 そして、その石を積み重ねると、急拵きゅうごしらえの墓を作り上げた。

 近くから一凛の花を毟り取り、供えると、小さく手を合わせ、一颯の死を弔う。


「託された」


 俺の気持ちが再起すると、彼女は見計らったかの様なタイミングで声を掛ける。


「場所を移しましょうか」

「ええ」


 俺はハーフエルフの女性に連れられ、森を進み、樹上に建つ家の一室、貴賓室の様な場所へとやってきた。


 部屋とは不釣り合いなボロボロな制服姿の俺を見ると、彼女は一つ提案する。


「お風呂入ります? その間に、それ直しますので」


 彼女は俺の服を指差す。


「助かります。では、お言葉に甘えて」


 彼女の案内で風呂場に移ると、衣服を籠に入れ、俺は浴槽に移動する。


「はぁ~~~…………」


 エルフ文化の発展に感謝を示し、身も心も安らぎを取り戻す。

 浴槽に浸かると、その効能が露わになった。小さな傷が徐々に回復していく。


 俺は儀式の一幕を思い出す。


 裏切られたと考えるには、感情的過ぎる。


 洗脳を受けながら、陽菜や煉はその非道な魔法に最後まで抗っていた。

 彼女達の想いが、きっとそれを良しとはしなかったのだ。


 “思考操作”。

 一颯も同じ可能性を探っていた。


 そして、彼も又、一つの答えを導き出していた。


 祖の女神にとって、俺達はなのだ。

 だからこそ、異端者という烙印を押し、排除することを強制した。


「……っく」


 そして、女神は一颯を殺した。


 俺はシャワーを浴びながら、鏡を見詰めた。

 水が滴り、ぺたりと潰れた髪の下に、憎しみに染まる炯眼けいがんが自分を睨み付けていた。拳に力が入る。


 親友を奪われた憎悪だけが心を侵食する。


「すぅ――……」


 一呼吸置き、怒りを抑えると、俺は先導者が待つ部屋へと向かった。


「ありがとうございます」

「いえいえ」


 衣服はこの短時間で新品同様の清潔感を取り戻していた。


 彼女は金髪に碧眼へきがん、色白でやや尖った耳を持つ、エルフの特徴に一致した容姿をしている。


「ここは、エルフの森ですね……」

「ええ」


 つまり、一颯の転移魔法は成功したという訳か……。


「俺はあなたを知っている」

「…………ほぅ?」


 彼女が隣に立った時、凄まじい魔力を感じた。

 熟練された光魔法で俺の足を瞬時に直し、対面する今もなお、その洗練された魔法障壁で俺への警戒を続けている。


 そんな人物がこの世界に何人も居て堪るか。


 俺は該当する人物の名をそっと声に出す。


「――イリス・フェン・メイジ」


 このハーフエルフの女性は、この世界の魔法の始祖にして、グランティア王国から“フェン”の称号を授かった、唯一無二の魔法使い。

 

 そして、最初で最後の魔導師メイジである。


「はい。しかし、どうして、私の名を……」


 俺が彼女の名を言い当てても、彼女は深沈厚重しんちんこうじゅうなる態度で、次の返答を待っていた。


「エルフの森であれだけの魔力を纏っていたら、貴方以外に当てはまる人物はいない」


 そう返答した時、俺は自分の発言に違和感を覚える。

 

「待て……。俺は何故、魔力を感じ取れたんだ……?」


 すると、事情を知らないイリスは簡潔に答えた。


「あなたに魔力があるからでしょう」


 彼女のその明確な回答で、俺の思考は巡った。

 

 儀式の際、エルゼは言った。

 『魔力を持たない者は異端者となる』と。


 つまり、魔力を持たない者として、その存在を消したかったのだ。

 女神にとって不都合だというのは核心だった。


 だとすれば、考えられる選択肢は一つしかない。


 七属性以外の魔力を持つ者。

 即ち、祖の女神と同一の才を持つ者だ。


「そうか……」


 だとすれば、一颯が転移魔法を発動させたのも合点がいく。


「では、私からも質問を。改めてお聞きしますが、あなたはどうしてここに?」

「順を追って説明します」


 そして、俺はここまで経緯と自らの推測を余すことなく説明した。


「なるほど。戦争が起こっていることは知っていましたが……。王都は今、そんなことになってるのですね」

「…………」


 おそらく、イリスが王都を離れてから数百年は経っている。

 彼女の反応から、王都の情報は自分と同程度であるということが推測出来た。


「しかし、転移魔法に異世界人。それに洗脳魔法ですか……。興味深い」


 彼女の興味はやはり魔法に向いていた。

 背丈が伸び、その美貌に磨きがかかり、品位や名声を手にしても尚、彼女の本質は変わらない。


 俺がよく知る物語のイリスのままだ。


「それで死人となったあなたは、これから、この世界で何をなす?」


 俺は自己の命題を定める。

 ――祖の女神の抹殺。


 しかし、俺がその目的を完遂しようとも、きっと世界は変わらない。


 この世界の争いの根源は他にある。

 各国は魔導書という傘に身を隠し、牽制し合っている。


 一つの伝説を追い求めて。


 ならば、その命題を果たした、その先の未来を描くべきか。

 

 どうせ、進むのは修羅の道だ。

 一つ目的が増えたところで、終着点は同一線上のその先にある。


「俺は祖の女神を殺し、7つの魔導書を手に伝説に挑む」

「それはこのエルフの森から風の魔導書を奪うということですか?」


 俺の発言はこの世界にとっての敵意そのものだ。


 イリスの無言の圧力を感じる。


 ――騎士見習いのルクスがダンジョンに挑み、魔導書を手にする前、誰がその可能性を信じただろうか。


 ――勇者でありながら王国の調査員となったリヒトが、伝説である世界樹に辿り着き、魔導書の真実に近付いた事実を、誰が信じただろうか。


 ――辺境の森で育ったハーフエルフのイリスが、探求を追い求め、魔法の時代を創造すると、誰が信じただろうか。


 いつだって、時代を作ってきたのは、常識に囚われず奔放に生き、自分の意志を貫いてきた異端の者達だ。


 一颯が自分の命題を果たした様に。


 やってやる。

 誰かに嘲笑ちょうしょうされ、否定され続けたとしても。


 ただ一人。

 たとえ世界の敵になろうとも……。


「そうだ。そして、この魔法世界セカイを終わらせる――」


 本物の祖の女神が人類を信じた様に、俺も人の可能性を信じたい。

 


 

 


 






 


 

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