第16話 ロリババアの襲撃


「ワシはお主よりも、数百年も長く生きておる!」

「ロリババアじゃねーか……」


 俺の一言に、彼女の怒りのボルテージに火が付いた。


「貴様ッ……! それにな、背丈のことを言われるのは不快極まりないのじゃ!」

「……」


 先程まで無表情だった彼女の憤慨っぷりに、俺は思わず後退る。


「エルフだから、背が高くなると言われ、百年までは耐えたのじゃ! それなのに、見よ。このチンチクリンを」


 自覚はあるのか。


 どうやら、彼女のコンプレックスに触れてしまったらしい。

 それに人を見た目で判断するのは、軽率だった。


「す、済まなかった……」

「駄目だ」


 彼女の怒りは一度の謝罪では収まらない模様だ。


「はぁ~~……」


 彼女は一度、溜息をし、落ち着きを取り戻すと先程までの冷静さが戻る。


「まぁ、容姿への侮辱は一度、収めるとして。お主、7つの魔導書を集めると言ったな」

「イリスから聞いたのか?」

「うむ。ならば、これを私から奪うということじゃな?」


 彼女は背中から一冊を本を取り出し、俺に分かる様に見せつけた。


 ――風の魔導書。


「――――!?!?」


 女神の復活に必要とされる伝説の魔導書の現物が、今、目の前にある。


「俺は……エルフの森では戦わない」

「ええい、それは聞いたわ。だが、私が戦う気だとしたら、どうするのじゃ? まさか、みすみす無駄死にする気じゃあるまいな?」

「それは……そうだが」

「まどろっこしい奴じゃの。もう良い。この七聖しちせいが殺してくれよう」

「七聖?」

「なんだ、お主の読んだ書物とやらには、七聖の記録は残っとらんのか?」

「ああ」

「七聖とは即ち、この魔導書の所有者にして、その魔法の頂点に君臨する七人の魔法使いのことじゃ。そして、ワシがその一人」

「なっ――!?」

「お主を殺す者の名くらいは聞かせてやろう。風の七聖――ロッテ・リーゼルじゃ」


 ロッテはそう宣言し、距離のある中、次の魔法を形成し始めた。


《5.385398165891375891634…………》 


 魔法数……!


「くそがっ!!」


 俺はその場から飛び出し、すぐに森の方へ逃げ込む。


「風切の一光リーフェル・ブラスト――!!」


 彼女から放たれた鋭利な一撃が迫る。


 俺は後方からその魔力を感じ取り、視認する前に地面に滑り込む。


 音の少ない風圧と、魔力の籠った一線が上部を通過した。

 その一撃が森の入口に直撃すると、巨木が傾き、倒木。俺はその大きな障害の下をすり抜け、更に奥地に逃げ込んでいく。


 死んでいた。

 今の一撃をそのまま食らっていたら、今頃、首は地面に落ちている。


 彼女は本気だ。


「はぁ……はぁ……」


 草原での戦闘は避けれた。

 障害物のない、あの場で魔法戦になれば、勝ち目はゼロだ。


「森へ逃げ込んだか……。状況判断は良しじゃな。さて……」


 ロッテは穏やかな表情を浮かべるイリスを一見した後、標的を追い、森へと追跡を始めた。風魔法を駆使し、宙に浮かび、空中を滑走していく。


 俺が振り返ると、ロッテが余裕綽綽よゆうしゃくしゃと宙を舞い、迫ってくる。


「これじゃあ、狩りだな……。くそ……」

「一哉とやら、昨日の宣言は嘘かの? お前は世界と戦うのじゃろ?」


 どんなクソゲーだ。

 こんな序盤でレベルアップも無しにラスボスと戦う馬鹿があるか。


 物陰に隠れて、襲撃しかプランはない。


 まずは、魔法の形状変化だ。


 木陰で先程の球体を作り出し、武器を形成する。


 明確に相手にダメージを与えられ、自分がよりイメージ出来る物は……。


 剣だ。


《0.068573189758319758931…………》 


 俺は緊張感に苛まれながら、神経を研ぎ澄ます。


 しかし――。


 ロッテは人差し指を出すと、魔力を探知し、その方向に向け、一直線に魔法を放った。


《5.000091378597895…………》 


 ストン――!


「――ッ!?」


 俺が身を隠す木の端を、銃弾の様な一撃が突き抜ける。


「くそっ!」

「敵は待ってはくれんぞ?」


 必死にその場から離れると、次の大木に身を隠す。


 こちらが魔力を発するということは、相手に居場所を伝えるということか。


 そして、魔法形成の速度の差で先程の様な襲撃を受けた。


 一瞬にして、魔法を作り上げなければならない。

 この状況で、球体からの形状変化は諦めるべきだ。


 初歩を飛ばし、剣のイメージを具現化する。


 やるしかない。

 一颯が成したことよりは簡単なことだ。


 木々を移動する中、ロッテの風魔法が追撃を続ける。


「ほら、どうしたのじゃ?」 

「……ッ」


 休むの暇を与えないつもりか。


 カサカサッ……。

 物音に気付き、樹上に視線を向けると、一羽の鳥が木の枝にとまる。

 あの鳥から光の魔力を感じた。


「使い魔ってやつか……」


 イリスはあくまでも静観する姿勢を見せている。


 ロッテは風の魔法の浮力を解き、地上に降り立った。


 俺はその姿を視認すると、仕掛けるタイミングを伺う。

 彼女を囲う様に半周回り切り、次の大木から一気に迫り、一撃を与える。


 標的の足元に視線を集中させ、魔法のイメージを形成。

 駆け寄るタイミングで宙への逃亡を塞ぎ、拘束する手段を具現化。


 魔法を時差発動で、致命傷を与える。


 ――その慢心、後悔させてやる。


 俺は目標地点に向け走りながら、体勢を落とし地面の石を拾いあげると、それに魔力を練り込み、ロッテに向け投擲する。


「……ふん」


《5.0061685136…………》 


 魔法防壁。

 彼女はその場に静止したまま、その一投を物ともせず嘲笑った。


 魔法戦に置いての、基礎中の基礎。

 自分の身を護る為に必要な盾となる魔法だ。


 彼女に攻撃を当てるには、意識外から襲撃するか、魔力でそれを打ち破る必要がある。


「祖の女神を殺すのではなかったのか? これでは国の傭兵すら倒せんぞ?」


 彼女は白兵戦を避けている。

 俺を度々、挑発するのがその証拠だ。


 彼女の策に乗らず、自分の計画を実行する。


 3カウント……。


 目標地点の大木が視界に迫る。


「どうした、一哉とやら……」


 2。


 剣のイメージを具現化する。

 より強固な圧縮した魔力で、相手の防壁を打ち破るだけの力を。


 1。


 目標地点に到達と同時に右足に力を込め、切り返す形で彼女へと疾駆する。


 GO。


「猪突猛進とは……血迷うたか」


 しかし、彼の視線が自分の足元にあることに気付くと、接近を避ける為、遅れて魔法を生成し、人一人分の突風で薙ぎ払おう試みた。


《5.3583175893175891…………》 


 彼は風魔法を紙一重の差で回避し、予め思い浮かべた明確な計画で魔法を時差発動させる。


《0.358137985317891…………》


黒化シュヴァルツ・チェイン――!!」 

「――ッチ!」


 彼女は咄嗟に浮力で飛び立とうとするが、その左足は地面から発生した鎖により巻き付けられ、拘束される。


「これでぇええええええ」


 想像・創造は武器だ。


 俺達が現代で見てきたいくつもの創作物が、この世界では閃きに変わり、力となる。


 それを実現させる為のトリガー――それは魔法だ。


《0.5758937859516436…………》


 右肩にグリップを握る型で上段に構えると、魔力を集中させ、その魔法を形成した。両手を強く握ると、確かにそこには剣があった。


 ロッテは完全に不意を突かれ、逼迫ひっぱくした表情を浮かべた。


「取った――!!」


 俺はそのまま大きく振りかぶり、彼女に決死の一撃を入れた。

 






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る