第8話 最初で最後の魔導師
イリスは幼少期よりエルフと人間の文化に触れ、その多くを学んだ。
父であるリヒトに似て探求心が強く、母であるルナに似て活発的な少女である。
彼女はエルフの森での生活に飽き、しばしば生活拠点を離れる様になっていた。
とある日、住居から遠く離れた森で地面に文字が書かれた円陣を見つける。
彼女が恐る恐る足を踏み入れると、光に包まれ、別地点の泉の先に飛ばされた。
円陣から離れ、もう一度踏み入ると、再びエルフの森に帰還する。
そこで彼女はこれが何者かによって設置された
その日から彼女の行動範囲は大きく広がった。
転移門を使って、古代遺跡を探索する日々。
遺跡の先にはモンスターの生息域である森林地帯が存在する。
彼女は活動範囲を見極め、冒険を続けた。
それから数十年の時が流れた。
リヒトはルナとイリスを残し、エルフの森にて人間の天寿を全うした。
イリスは父の遺品を整理する中で、彼が書き綴った勇者の物語を知る。
そこには王都での生活が記されていた。
リヒトの想いを知るルナは、イリスにこの故郷に留まる様に再三注意を促した。
しかし、彼女は父の故郷に興味を抱き、王都への旅を敢行しようと心密かに思っていた。
だが、彼女自身そこには障壁があることを理解している。
彼女は戦いの術を持たないのだから。
別の日。
彼女は古代遺跡で父の遺品である剣を持ち出し、自己流の剣術でモンスターとの戦闘をイメージしてみた。
しかし、彼女の精細な腕と華奢な体では到底、戦えないことを確信する。
黄昏時、彼女はいつもの様に森に帰還しようとすると、遺跡から少し離れた地点で野営をする人影が見えた。
彼女は手持ちの道具を使って、火を起こし、彼等を遺跡へと誘う。
彼女は逃げる準備をして、物陰に隠れる。
すると、火の正体を確かめに人間の青年が現れた。
彼女は勇気を振り絞り、自らの正体を晒すと、青年はハーフエルフの姿に動揺しながらも、友好的に自分の身分を明かした。
彼は偶然にもイリスの父と同じ、王国直属の調査員の一人であった。
彼は名はノウス・ヴィスト。
そして、イリスとノウスの出会いが後の文明に大きな影響を与えることになる。
二人は古代遺跡で交流を深める中で、お互いの情報と目的を共有しあった。
その中での共通項は魔導書の存在である。
ノウスは過去の文献を漁る中で、祖の女神がこの地域に足を踏み入れた軌跡を解読していた。
そして、そこで出会った希少な存在が彼女である。
彼は運命的にもリヒトと同様にエルフの存在が魔導書解明の鍵となると考えていた。
そして、彼は知る由もなく、一度失敗したエルフの娘に再びその役目を懇願したのだ。
イリスはその願いを聞き入れ、二人は王都へと向かう。
あれから数十年の時を経ても、光の魔導書の解明はなされていない。
ノウスは調査員の職務を熟す中で、幼馴染で魔導書研究員の少女アーリエ・リーフェルハルトから度々、魔導書解明の協力を煽られていた。
ノウスはアーリエに今回の考察と事情を伝えると、彼女にイリスの身を引き渡す。
イリスはリーフェルハルト家で匿われながら、魔導書研究の協力者として王都での生活を保障された。
そして、後日。
イリスは魔導書と対面した。
彼女が魔導書に触れると、光の発光と共にいくつもの数字が綴られた帯状の光体が出現し、乱雑に動き回る。
彼女は驚きのあまり魔導書を放すと、その現象は幻の様に消失した。
研究員達は未知の現象に驚きつつも、その確かな進展に大きな称賛を贈り、彼女を快く受け入れたのであった。
そこから彼女達の研究の日々が始まった。
イリスはアーリエの助言を受け、魔導書の光に想像を加えることで球体状の光を形成することに成功する。
そして、模範となる剣を見ることで、同等の形状を作り出し、形状変化を起こすことにも成功した。
彼女達は魔導書研究の進展の為に、お互いの情報を交換し合う。
その中でルーチェの孫であるアーリエは一子相伝の知識から、一つの真実に辿り着く。祖の女神の出生、聞き及んだイリスの生い立ちとルナとの差異。
光の魔導書の発動条件は世界樹の因子とエルフの血にあった。
世界樹に触れることにより因子を取り込んだリヒトとエルフのルナが交雑し、発動条件を満たしたイリスが触れることにより、光の魔導書は長き眠りから目覚めたのである。
イリスとアーリエは共に案を出し、その光の形状に一つの名称をつけた。
その名は――魔法。
そして、この世界に初めて魔法という概念が生まれたのである。
同時に魔法を形成させる帯状の数字にも名称を与えた。
今はまだ与えられた者にしか備わっていない異才。
それを――
イリスは魔法を扱う中で、その想像をいかに具現化させるかに重点を置き、次々に多くのことを成し遂げることに成功していく。
光の魔導書を持参し、光魔法を操ることで、重い物資を運び出すことや、人々の傷を癒すことも可能になった。
しかし、明確な想像を持ってしても、生み出せないものがあることを知る。
それは火や水といった光魔法とは異なる物質である。
一方、その頃。
ノウスは闇の魔導書が魔都に渡ったという噂を聞きつけ、敵国に密偵し、その事実を確認すると王都へと帰還し、その現状を報告したのであった。
イリスの功績は国王の耳まで届き、その
イリス・フェン・メイジの名は瞬く間に王国に広がり、ハーフエルフの少女は国民に称えられた。
それから数年の時が経つ。
イリスの魔法を用い、王国は更に発展を遂げた。
領地の拡大と街道の整備、構造物の建築など、魔法は様々な影響を与える。
その一例に王国に根付く祖の女神の信仰のシンボルとして大聖堂が建てられた。
そして、イリス自身にも変化が生まれる。
彼女は徐々に人間の文化に慣れ始め、王都での生活を満喫していた。
王都への架け橋を繋げ、世界を広げてくれたノウスに思いを寄せ、彼も又、知的好奇心の強い彼女と価値観が近く、共に居たいと思いを伝える。
彼女はリーフェルハルト家からヴィスト家に拠点を移し、二人は恋仲となり、二人の子供を授かった。
イリスとノウスの子供は先天的に魔法数を持ち、母とアーリエの指導を受けながら、魔法使いとして王国の発展に努めた。
イリスとアーリエ、ノウスの残した功績は、この一時代に革命を起こし、後世に語り継がれることとなる。
そして、更に時代は移り変わっていく。
イリスは魔導書研究の全てを息子と娘に託し、身を引くことを決断する。
彼女が愛したノウスと、共に研究に没頭し、心を寄り添った親友のアーリエは寿命を迎え、星になる。
彼女はそれ機に子供達に思いを伝え、国王に許可を得ると、隠居し、故郷へと帰った。
数十年ぶりにエルフの森に帰還すると、彼女は母に今までの経緯を伝えた。
ルナは自分と同様の運命を辿ったイリスを責めることは出来ず、彼女の帰りを容認した。
しかし、イリスは種族の定めを受けることとなる。
それから約三百年後、古代遺跡に王国の人間が派遣された。
イリスはその者から一通の手紙を受け取る。
それはイリスの息子の死を伝える
彼女は王国の人間と共に、再び王都へと渡った。
イリスが三百年ぶりに王都に戻ると、息子達は魔法研究の成果を発揮し、更に魔法都市としての発展を遂げていた。
そして、彼等は子孫を残し、魔法を扱える者は増加傾向にあった。
イリスは国家の功労者として、子孫達に快く出迎えられる。
彼女は息子の死を弔い、同時期に娘の最後を看取ると、その宿命を受け入れ、再び生まれ故郷へと帰還したのである。
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