第7話 勇者とエルフ


 『魔導書は存在する』その噂は瞬く間に世界に広がった。


 一方、光の魔導書を手にした王都では、魔導書解明の研究が行われていた。


 偉業を成し遂げた冒険者パーティーは英雄視され、勇者として功績を称えられた。

 彼等に再び国から魔導書入手の命が下りるが、ルクスはこれを辞退する。


 その後、勇者パーティーは解散となり、ルクスは王都の騎士団長として国の防衛に努め、その生涯を終えるのであった。


*


 そして、物語の視点は、もう一人の勇者、青年リヒトへと移る。

 パーティーが解散し、彼は以前の冒険を糧に王国直属の調査員として、世界を旅することとなる。


 放浪を続けながら、魔導書の探索と地図製作を続ける日々。

 そんな最中、とある古代遺跡で複数のモンスターに襲われ重傷を負ってしまう。

 瀕死の状態で遺跡を抜けると、森林奥地の洞穴どうけつへと身を潜め、倒れこむ。


 彼の意識が遠のく瞬間、暗がりに小さな光が浮遊し始めた。

 彼の傷は止血され、見る見る内に回復していく。


 リヒトが体を起こし岩に背を預け、視線を上げると、一人の少女が介抱していた。


 その姿は金髪に碧眼、色白で特徴的な長耳を持つ種族――エルフであった。


 少女は名前をルナと名乗る。

 彼女のつたない能力で一命を取り留めたリヒトはお礼として、今までの冒険談を語り聞かせた。


 外界を知らない少女にとって、その物語は刺激的なものばかりである。

 少女の興味は絶え間なく、足早に時間が過ぎた。


 日が落ちる前に再び会う約束を交わすと、各々は寝床に戻り、その日を終えた。


 そこから二人の交流は始まった。

 リヒトは古代遺跡の調査と称して付近の村に滞在し、ルナはどこからともなく現れて、洞穴で合流する。


 それから時間が流れると、彼の遺跡調査に彼女も同行する様になっていた。


 彼女は研究熱心な彼の姿に惹かれ、気を引く為にとある提案をする。


 それは自らの故郷を紹介したいというものであった。

 思ってもみない申し出に、彼は二つ返事で了承する。


 そして、遺跡の最深部にひっそりと広がる泉へと導かれた。

 ルナはリヒトの手を引き、地面に解読不能な文字が組み込まれた円陣に二人は足を踏み入れる。


 すると、一面が光が包まれ、彼は眩しさのあまりに目をつむった。

 次の瞬間、彼の眼前には神秘的な光景が広がっていた。


 深く生い茂る緑と樹上に点在する住居の光。宙に浮かぶ妖精と希少生物の数々。


 彼が踏み入れたのは人類が辿り着くことは困難と言われる最果ての地――エルフの森であった。


 その後、リヒトはエルフの長であるマグナスと面会する。

 彼はエルフの森を調査させてほしいと懇願こんがんするが、人間に対して警戒心のあるマグナスはそれを跳ね除ける。


 諦めのがつかない彼は信頼を得る為、エルフの森に移住することを決意した。

 リヒトはルナと生活をする中でエルフ達の生態や文化を知り、自らが体験することでエルフ達の輪に溶け込もうと努めた。


 月日が流れ、エルフ達は苦楽を共にし、彼の誠実さを知ると、その存在を受け入れたのであった。


 その後、リヒトは再びマグナスと面会すると、そこで衝撃の事実を告げられる。

 彼は人類、二人目の来訪者だという。


 嘗て一人の少女がこの森に訪れ、同じ様に調査の依頼を持ち掛けた。

 マグナスはそれを拒否したが、彼女もまたリヒト同様にエルフ達の輪に溶け込み、受け入れられたのだという。


 彼女はその後、エルフの森の調査と共に地図製作を始めた。

 彼女は自らの判断でエルフの森の情報を国に流さないことを誓い、その地図と資料をマグナスに預け、国に帰っていったという。


 そして、マグナスはリヒトを信頼し保管された地図と資料を渡した。

 彼はその晩、受け取った地図と資料に目を通し、先駆者の意志を受け継ぐことを決意する。


 翌日からリヒトとルナの探訪たんぼうの日々が始まった。

 日が昇る前に荷物を片手に家を出て、日暮れと共に住居へ戻る。


 そんな毎日が三年続いた。


 とある日、彼がいつもの様に机上きじょうに地図を広げていると、森に浮かぶ小さな光が窓から入り、地図の上を通過する。


 その時、地図に小さな印が映ったのである。

 彼はその光で透かす様に地図を広げ、印の位置を確認した。


 後日、リヒトはルナと共に隠された印の正体を確かめるべく、現地へと向かう。 


 彼等が拠点を離れても、エルフの森の生物は温厚なものが多く、奇襲を受けることは一度たりともなかった。


 一晩を野外で過ごし、森の最深部へと踏み入ると、すぐに印の正体を知ることとなる。


 その姿に二人は驚きつつも歩みを進め、その根元へと辿り着く。

 野原の中心に鎮座する一際目立つ大樹。


 それは数々の文書や伝承で言い伝えられた世界樹そのものであった。


 リヒトはその場で受け継いだ資料を確認する。


 しかし、世界樹の情報は何一つとして載っていなかった。

 彼は先駆者の意図を読み取ると、一度その根に触れて、二人はその場を離れ住居へと帰還する。


 その後、リヒトは先駆者の意志を汲み、マグナスにだけその真相を伝えると、世界樹の情報は三人だけの秘事ひじとして扱われるのであった。


 リヒトは一度、古代遺跡の情報を持ち帰る為、王都へ帰還するという。


 すると、ルナはリヒトの故郷と人類の文化に触れる為、同行する意志を彼に伝えた。


 そして、二人は王都へと向かった。


 特徴的な長耳をフードで隠し、初めて降り立つ人工都市に彼女は想像以上の刺激を受けた。


 リヒトは最も信頼の置ける両親に彼女を紹介し、二人はリヒトの家を拠点に王都での生活を始める。


 リヒトは王宮に出入りし、調査結果を編纂へんさんする日々。

 ルナは彼の両親と共に、パン屋の売り子として労働をすることで人類の生活へと溶け込んだ。


 リヒトが宮殿で職務に励んでいると、噂話を耳にする。

 魔導書の研究は、入手から数年が経った今でも難航しており、何一つとして解明されていないという。


 彼はそこで魔導書の眠るダンジョンの地下宮殿の情景を頭に浮かべ、直感的に同じ光景を思い起こす。


 その二つの共通点は、エルフの森で世界樹の居場所を示し、周囲に浮遊していた小さな光だ。


 彼は魔導書の解明にエルフの存在が必要だと考え、魔導書とルナを引き合わせることを決心する。


 しかし、そこには確かな障壁がある。

 ルナの正体を王宮の人々に晒し、国王の許可を得るというものだ。

 希少な存在であるエルフが人々の前に明るみに出れば、どの様な処遇になるかは検討もつかない。


 彼はそのリスクを避け、内密に事を進めることにした。


 後日、彼はルナに一連の状況を説明し、協力を仰ぐ。

 加え、信頼の置けるもう一人の勇者ルーチェに事の経緯を説明し、ルナの存在を明かした。


 そして、その晩、作戦は密かに行われた。

 王宮務めの護衛騎士であるルーチェが二人をかくまいつつ、魔導書の保管室に先導する。


 対面した魔導書にルナが触れると、魔導書はダンジョンの時、同様に光を発生させた。


 しかし、その後なんの反応を示すことはなく、リヒトの憶測は空振りに終わる。 


 彼は魔導書の解明を諦め、業務に追われる日々に戻るのであった。


 それから数年後、リヒトは共に多くの時間を過ごしたルナに思いの丈を伝える。

 彼女が胸の内に留めていた想いが実ると、晴れて二人は結ばれることとなる。


 彼は彼女の身の安全を最優先に考え、王都を離れることを決断する。

 王都での職務を退き、家族や仲間にその意思を伝え、生まれ故郷に永遠の別れを告げた。


 そして、二人はエルフの森に帰還する。

 ルナは王都で学んだ人類の文化や技術を仲間達に伝え、彼女等の生活圏に徐々に異文化が混じり込む様になっていた。


 その後、ルナは子供を身籠り、二人の間にハーフエルフの少女が生まれる。


 名をイリスという。

 

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