第6話 とある勇者の物語

 『マジカルナンバー』。


 その昔、世界は終末の日を迎えようとしていた。

 長きに亘る勇者軍と魔王軍による争いに終止符を打つため、神は戦地に終焉の災厄を振り下ろす。壊滅的な被害を受けた両軍。


 死地と化した戦場で、再び神はその残り火を消そうとしていた。神から放たれた一撃に、多くの者は武器を捨て、死を覚悟した。


 その瞬間、天上は光をまとった祖の女神よってに照らされ、死の災厄は振り払われたのである。女神は両軍の代償を背負う形でその場で四散し、消滅した。


 その光景に絶望した神はその場から消え去る。


 こうして、戦乱の一時代は幕を引いた。


 その後、勇者軍率いる王都では国の復興と同時に冒険者達を派遣し、四散した女神の遺産――『魔導書』を追い求めた。


 そして、終末の日から百年後、物語が始まる。


 それから王都は街の復興に尽力を尽くし、活気を取り戻しつつあった。

 あの一件以降、争いはない。平穏とも呼べる日々。


 その一方で、災厄の名残とも呼べる魔導書の姿は一冊も見当たらずにいたのである。その現象は次第に風化し、事実から流説るせつ、そして、伝説へと変わりつつあった。


 伝承された女神の遺産は7つに分散された。

 火、水、雷、土、風、光、闇、それぞれに属性が付与されているという。


 物語の主人公である青年ルクスは王都で育ち、騎士見習いとして日々、精進していた。


 そんな最中、突如として国王から呼び出しを受け、ダンジョンへとおもむき、を入手する様、めいを受ける。


 ルクスは仲間をつのり、同じ騎士見習いである親友のリヒトと女性のクレール、ルーチェの四人で冒険者パーティーを結成した。


「なるほど……」


 僕はページを読み進めていく。


 彼等はその伝説に挑む為、街で聞き込みを続ける日々を送る。

 そんな中、街はずれの武器の商人から有力な情報を得る。

 魔物が潜む森林の奥地にダンジョンが存在するという。


 ルクスは情報を頼りに仲間と共にダンジョンへと赴くのであった。


 生まれ育った王都を離れ、果てしない道を進んでいく。


 彼等にとって、その旅は未知との遭遇ばかりであった。

 小さな村を転々とし、情報と食料を得ながら、着実に目的地へと迫っていく。


 モンスター狩り、村人を助け、仲間と手を取り、夜空を見上げて、眠りにつく。

 繰り返される冒険の軌跡。


 そして、彼等は枯れ果てた砂漠の大地を抜け、白銀の山岳地帯を超え、霧の濃い森林地帯へと到達した。


 モンスターとの激闘を繰り返し、辿り着いた先には大きな洞窟があった。

 その暗闇に踏み入ると、そこには地下宮殿が広がっていた。

 洞窟内は大きく開け、複数の柱に薄く水の張る石道いしみちと、周りを照らす小さな光の玉が浮遊している。


 彼等は幻想的な光景にダンジョンであることに確信を抱くと、光の魔導書を求め、更に奥へと進んでいく。


 警戒を続けるルクス達をいざなう様に、宮殿内にはモンスターは一匹たりとも存在しない。


 そして、彼等は門前に辿り着く。

 待ち構えていたのは門番らしき、光に覆われた石造の様な兵士の巨体。

 伝承では魔導書を守る最後の砦――即ち使という精体せいたいである。


 ルクスが周りを見渡すと、いくつもの武器や骸が転がっていた。

 彼はその光景に数百年間、魔導書が見付からない理由を理解したのである。


 彼等は決死の思いで、光の使者へと挑んだ。

 連携を重ね、研鑽を積んだ日々の全てを出し尽くし、剣技を振るう。

 肉が避け、骨が折れようとも、グリップを放すことはなかった。


 そして、死闘を繰り返した後、光の使者の核を砕き、戦いに勝利したのである。しかし、ルクスに笑顔はなかった。


 その戦いで彼の想い人であるクレールが犠牲になったからだ。


 門が開くと、円形の空間が広がる。

 中心部には小さな台座の上を浮遊する一冊の本が鎮座していた。


 ルクスはクレールの死体を空間の片隅に運び、死を弔うと、台座の方へと向かう。

 

 その古びた本に手を向けると、一瞬の発光と共に本の表紙にそのタイトルが記された。


 


 ルクスは一人の想い人を亡くすと共に、その命題を成し遂げたのである。


 そして、数百年に亘る、魔導書の伝説に終止符が打たれたのであった。


「…………」


 パタン。

 僕は複雑な胸中で本を閉じる。


 その結末は王都にとってはハッピーエンド。

 しかし、主人公にとってはビターエンドといったところだ。

 何より辛いのは想い人が死んで以降、彼が彼女の存在を更に強く認識してしまう点だろう。失ってからなんとやら、その描写がことごとく描かれている所に作者の性格の悪さが伺える。


 僕はすぐにスマホを手に取り、一哉にメッセージを送った。


《一颯:マジカルナンバー、1巻読み終えた。明日、うちに来れる?》


 すると、暫く経ってからそっけない返答の通知が鳴った。


《一哉:OK》


 僕は語りたい欲を明日に備えて、スマホをベットに投げた。


*

 

 後日。

 昼下がりにピンポーンとチャイムと鳴る。


「お邪魔します」


 一哉は軽装で約束の時間に姿を現した。


「入って」


 僕が一哉を二階に先導すると、タイミングよく妹のさくが自室から出てきて、鉢合わせる形となる。


「ちょっとお兄ちゃん! お客さん来るなら言っといてよ」


 ぼさぼさ頭の寝起き丸出しの髪をすぐさま整え、こちらを睨みつけた。


「ごめん、ごめん」


 すれ違いざまに一哉は小さく一礼すると、朔はぺこりと頷き、逃げる様に下のリビングへと消えていく。


 僕が自室に入ると、一哉はすぐさま口火を切った。


「妹、居たんだ」

「そういうえば言ってなかったっけ。確か、一哉と同い年だよ」

「へー……」


 彼はあまり興味を示さず、それよりも棚に並ぶゲームソフトに目線をやっていた。


「一哉がうちに来るのも、5回目くらい?」

「んー、多分。今日は何する? このレースゲームとか?」


 一哉は棚から一つソフトを取り出し、こちらに見せて遊びの提案をする。


「今日呼んだのは他でもない、これだよ」


 しかし、僕は彼の案を跳ね除け、一冊の本を机に置いた。

 一哉はソフトを棚に戻すと、座椅子に腰を下ろす。


「先に一つだけ。これ買いに行った時、作者さんを見かけたよ。黒野綴先生」

「ほう。どんな感じの人だった?」

「黒髪の小柄な女性だったね。同じ年くらいの」

「抽象的過ぎるな。それに同年代という点は誤りだろうな」

「そうかな……。そんな風に見えたけど」


 しかし、一哉の意見にも頷ける。

 僕が実際に彼女を見ていなければ、同じような反応を示していただろう。


 その要因は言うまでもなく、彼女の作風だ。

 一巻だけでも感じ取れる、重厚感のある世界観に現実味を帯びた説得力のある文章。


 若者受けからはかけ離れた正しくアンチライトノベルといった内容なのだから。


「読み終えたのは一巻だよね」

「うん」

「どうだった?」


 彼は率直に感想を求めてきた。


「“え、終わり……?”って思ったね。一巻でルクスの目的が達成していることに驚いたよ。結末はなんか胸糞って感じだし」

「なるほど」

「ルクスは一途で献身的な性格が良い反面、色恋には不器用なのがまた戦士っぽくて、納得してしまうというか。クレールは健気で可愛いんだけど、最後に報われたのかな……? あのシーンは読んでて辛かったよ」

「どうだろうな。そこばかりは本人達にしか分からないだろう。あの場面だけは作者は心情描写を控えてた様に感じた」


 そう言い切る彼の発言と着眼点に一目置く。

 僕がこの場面を読んだ時、主人公の性格から目的を最優先にした淡泊な奴だと感じ取った。


 しかし、一哉の感受した点を考慮すると、敢えて描写を薄くすることにより読者に想像を生ませることが出来る。


 もしかすると、ルクスはあまりの絶望感にあまり口を開くことが出来なかったのかもしれない。そうなると、帰還した後のクレールをしのぶ描写にも辻褄が合うというものだ。

 

「確かに……。結末はともあれ、世界観に没頭してた時点で、十分に楽しめてるよ」

「それは良かった」

「結局のところ、一哉はこの作品のどんな所が好きなの?」

「多分、一颯も気付いてるかもしれないが、一巻で主人公の旅は終わってるんだ」

「そうだね」

「そして、次の時代が訪れる。各々が自己の命題に挑み、それが達成された時、世界に小さな影響を与え、次の世代に継承される。面白いと感じる点は、この“時代の流れ”なんだ」

「時代の流れ……か」

「多分、二巻を読んだら、その意味を共感して貰えると思うけどな」


 その後も感想会は続いた。

 僕等は時間を忘れ夕暮れになるまでたった一冊の本を話題に、馬鹿みたいに語り合ったのである。


 一哉が家に帰ると、僕は夕食と入浴を終え、ベットへと寝転んだ。


 ふと、部屋を見渡すと、マジカルナンバー第2巻が目に映る。


「はぁ……」


 きっと先の展開が気になって眠りにつけないだろう。

 そんな言い訳じみた理由をつけてみるが、実際は誘惑に負けただけである。


 そして、僕は第2巻のページを開いた。

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