297:辛くも緊急離脱

 まさかの転移失敗。

 あのスライムは……レア個体か。光石を取り込んで進化するパターンもあるようだ。なんて冷静に分析している暇も無い。前方から迫りくるクローチェに、腕を掴まれた。マズイ。


「おらああああ!」


 背後からはニチカの鬨の声も聞こえてくる。

 振り返る余裕が無いけど、みんなもモブ女性陣に囲まれているんだろう。押し込められて前後から囲まれたら、一巻の終わりだと分かっているんだ。パーティーを守るために……戦ってくれている。


 だが戦況は芳しくない。もしもの時の備え、先程の光石での離脱が不発に終わる展開は想定外だった。当然、今こうして多勢に無勢を強いられている状態も。

 背中を嫌な汗が伝った、その時。


 ――フィー!

 ――フィー!


 獣の高く嘶く声が聞こえた。ホーヒーとヘシカだ! 2体とも、来てくれたのか!


 ――ぶおっ!!!

 ――ぶぽっ!!!


 ダブルで激甚な放屁をかましたようだ。周囲のモブ女性たちが、激しく咳き込む声。クローチェもたじろぎ、少しだけ拘束が緩んだ。


「あそこが手薄になってる! 駆け抜けるよ!」


 放屁で切り開かれた道を縫って、みんなは包囲網を破る気だ。なら俺も退却しないと。


「アキラ!」


 後ろから抱き着いてきたポーラが、カラカラとライトを振る音を立てた。俺もすかさず、ポケットに手を突っ込み、退魔の光筒を取り出した。それを振ると、腕を捻って背中のカゴに当てる。


「足りてくれ!」


 光量としては、ノーマルライト1本と退魔の光筒1本分。

 果たして……


「光った! イケるんだよ!」


 言いながら、ポーラが更に強くしがみついてくる感触。

 そして次の瞬間……俺たちは死地を脱し、妖精郷に転移していた。


「はあ……はあ……はあ」


 目の前には、未だにクローチェの顔がある。一緒に転移してきたようだ。そして、その能面のような表情に僅かに混乱の色が浮かぶ。俺を拘束していた手を離し、一目散に駆けて行った。


「あ! おい!」


 と、伸ばしかけた手を引っ込める。今は現状把握と立て直しが先決だ。彼女は後で追えば良い。どうせ閉鎖空間なんだから。


「アキラ……」


「ここは……」


 声に周囲を見回す。背後にポーラ、左側にロスマリーが居た。後者は妖精郷初来訪なためか、怯えと困惑が顔に浮かんでいる。


「後は……」

 

 光るスライムも2匹ほど紛れ込んでいるようだ。俺たちの傍から避難しようと、ウネウネ逃げて行く姿を認めた。あちらも今すぐ害は無さそうなので、放っておこう。


 しかし、人間は俺たち4人だけのようだな。近くに居た気がするシェレンさんはハグレたのか。ニチカ、アティ、フィニスらの戦闘組は、恐らくは逃げおおせたと思うんだけど。

 

 俺はそっとメガネを掛けると、ポーラとロスマリーの顔や体を、穴が開くほど観察した。続いて、いつの間にか小聖樹に登り始めているクローチェも。


「……」


「な、何なんだよ」


「きっと魔法のメガネでワタクシたちに異変が無いか見ているのですわ」


「……気付いていたのか、このメガネの性能」


 言いながら、俺はメガネを外す。2人には、あの黒い煤のような物は認められなかった。つまり、この場で畠山の魔手が及んでいるのはクローチェのみ。

 ポーラに関しては、念のため見てみただけで、ハナから侵食されてる可能性は低いと思っていたが……ロスマリーまで逃れているとは意外も意外だった。


「ええ。おばあ様にこっそり黒いスライムを取り憑けられましたが、メガネで見えていたので、毟り取っておきました」

 

 な、なるほど。ていうか、毟り取るとか出来るのか。


「どうやら、それはダークスライムという代物のようです。おばあ様が洗脳術の補助のために作ったようですわ」


「ダークスライムか……」


「どうやって、そこまで調べたんだよ?」


「ワタクシが正気で居るとも知らず、勝手にベラベラ喋って下さいましたわ。とてもおばあ様らしくない調子で……」


 ロスマリーはそこで一旦言葉を切り、キッと瞳に力を込めた。


「おばあ様は……操られているのですわね?」


 口調こそ疑問形だが、既に確信しているような声音だった。

 家の中でも様子がおかしかったと言うし、火山道を行くマリオネットのような姿も目撃していた。そして先程の俺とのやり取り。どこまで常人にも聞こえていたのかは定かじゃないけど、いくつかは断片的な情報を手にしてるだろう。


「床オナ? というのが何かは分かりませんが……」


 要らん情報を拾わせてしまっとるなあ。


「取り敢えず……俺が分かってることを話すよ」


 順を追って話す。もちろんこの世界がゲームだとかは伏せたまま、自分の世界から転生して来た畠山が、ウィドナに取り憑いていること。そいつは不思議な黒いモヤを使って、更に他の者も操っていること。それはクローチェやコレッタ、更にはエレザにまで及んでいること。そしてどうやら畠山の方も、かなり身(というか魂)を削っているらしいこと。


「そう。そのようなことが……」


 荒唐無稽だけど、既に俺という転生者が目の前に居る以上、受け入れるしかないという。


「アキラはそこまで恨まれるようなことをしたんだよ?」


「いや……」


 むしろ間接的に殺されたのは俺の方なんだよな。ただあの他責的で客観視の出来ない言動を鑑みるに、そういった自分に都合の悪い点は認知できない脳構造をしてる系だ。簡単に言うと、物凄い逆恨み。


「ちょっと、心当たりが無いんだよね」


 ボカして答えておく。

 それにしても、他人に激しい殺意を向けられるのって、結構しんどいモンなんだな。対峙していた時はアドレナリンが出まくってたからアレだったけど、今になってズンと重い物を胸の内に流し込まれたような感じだ。ウィドナの中に居る時にも殺意は向けられてたんだろうけど、やっぱ剥き出しとなると一味も二味も違うな。


「アキラ?」


「ああ……うん、今はとにかく次の一手だね」


 頭を振って切り替える。束の間の平穏に浸っていられるほど、状況は生易しくない。

 俺は三度みたび、女神さんを呼んだ。

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