5話 神様採用(5) - 神様の力
「――――て」
「――起きて」
「ねえ、起きて」
「――!」
城下が目を覚ますと、そこは白くモヤのかかった世界だった。しかも地面がなく、体が浮かんでいる。まるで宇宙にいるみたいだ。
「ここは?」
逆さまに浮かんだ状態で、城下は聞いた。上下逆だが、神様の顔が目の前にある。
「ここは夢の中だよ」
「夢の中? てことは俺は寝てるのか」
城下は先ほど、急な眠気を感じて気を失ったことを思い出す。
「そうとも言えるし、そうでない、とも言えるね」
神様は、訳の分からない事を言い出した。
いつのまにか服装も元に戻っており、赤く煌びやかな着物が、神秘さを底上げしている。
「あれを見て」
神様が指をさした方向には、膝をつき、無力に天を仰ぐ上司がいた。
ただ、その様子は異様で、顔の周りが黒いモヤに覆われている。先ほど、イメージの中で見た黒いモヤと完全に同じだった。
「行くよ、着いてきて」
そう言って神様は地面を歩き出す。
「ま、待ってくれ。動けないって」
城下は、相変わらずプカプカと宙に浮かんでいた。
「自分で何とかできない?」
「無理だって!」
しぶしぶ、といった様子で神様が城下に触れると、急に重力を感じて地面にたたきつけられた。
神様と、普通に歩けるようになった城下は、上司の目の前までやってきた。
「初めて見た。これが魔物……」
「魔物? 上司は、それに取り憑かれてた、とか言うつもりか?」
「鋭いね、その通りだよ」
「お、おう」
城下は半分冗談のつもりで言ったが、意外と真剣な答えが返ってきて動揺する。
「ちょっと待て。つまり悪いのは上司じゃなくて、魔物だっていうのか?」
「いいや。この人、元々意地悪な性格だから、魔物が憑いてなくても君はイジワルされてたかもね。でも、魔物が憑いたせいで、より悪質になったんだと思う」
「なんだそれは」
「それに、この人、攻撃的な人たちと繋がりもあったみたいだ。それもあって、魔物に狙われたんじゃないかな?」
城下は、先ほど見た『未来の可能性』について思い出していた。あの時見た『知らない男たち』は、この上司を殴った場合に、仕返しにやってくるお友達だったのかもしれない。
「それは怖いな」
「そうだね。もったいないけど、消してしまおうか」
「もったいないって、どういうことだよ」
「私たちは、魔物という存在とずっと戦ってきたんだけど、実物を見るのは初めてだったんだよ。これは、とても珍しいことなんだ」
しかし、口ではそう言いながらも、神様はモジモジしながら魔物を消すのを迷い始める。
「やっぱり、消すの止めておこうかな」
「ちなみに、消さないとどうなるんだ?」
「魔物の目的も、だいたい私たちと同じだよ」
「というと?」
「私たちは『陽』の感情を増やしたい。たいして魔物は『陰』の感情を増やしたい。どちらも、自分たちの力を大きくするためにね」
「じゃあ魔物も願い事をかなえてやるって言って、人間に近づくのか?」
「いいや、願い事については、私が個人的に君に興味を持ったから、そうしただけだよ。普通は『ちょっと良い気分』になってもらうだけだね」
神様が自分に興味を持っていたという事実に、城下は嬉しいんだか怖いんだか良く分からない感情が芽生える。
「じ、じゃあ、魔物は『ちょっと悪い気分』にさせるだけなのか?」
「そうだね。だけど人間の社会は、それだけで簡単に壊れて『陰』の感情で溢れかえるんだ」
「そんな大げさな」
「甘く見ないほうがいい。このゲームは、魔物の方が圧倒的に有利なんだ」
いまいち腑に落ちていない城下を見て、神様はため息をついた。
「やっぱり消しておこう」
そう言って、彼女は黒いモヤに手をかざすが、そう簡単にはいかなかった。
上司の顔を覆っていた黒いモヤが、突然、噴水のように吹き出した。
一瞬だった。神様は城下を抱えて、後ろに下がる。
されるがままに神様に抱えられている城下は、何が何だかわからずに、ただただ、見ていることしかできなかった。
「まずいことになったね」
「ちょ、降ろしてくれ」
神様は、城下をこのまま抱えておくつもりだったが抵抗されるので渋々降ろす。
そして、少しでも安全になるようにと、一歩後ろに下がらせた。
そうしている間に、噴水のように吹き出していた黒いモヤは徐々に一つに集合して、やがて人の形に近づいていった。上司は黒いモヤから解放されて、最初の城下と同じように、プカプカと宙に浮いている。
そして、その黒いモヤは、普通の人と見分けがつかないレベルまで変形を終えていた。人間でいうところの男性、営業マンのような風貌をしたそいつは、神様と城下を視界にとらえてニヤリと笑った。
「これはこれは、お初にお目にかかります。あなたはもしや『神』とよばれる存在ですかな?」
彼女は、何も答えない。魔物と思われるそれを、じっと見つめて、目を離さないでいた。
「ククク。言葉は不要、と言うことですか。なに、せっかく人間みたいな姿になったので、人間の真似事をしてみただけですよ」
「いいや、すまないね。ちょっと集中してしまっていた。言葉遊びなら歓迎するよ」
「なにに集中していたというのです?」
「あなたを、見ていた」
神様の、あまりにもマイペースな様子に魔物は首をかしげた。
「――それで、私はいかがですかな?」
魔物は両手を広げて、自信満々に問う。
「意外に、弱そう?」
沈黙。
魔物は広げていた手をゆっくりと下して、考え込むようにして額に手を当てる。
クククと小さく笑い始めたと思ったら、次第に大きな声で笑い始めた。
「なら、早速試させていただきましょう! 私の力を!」
「いいよ、ちょっとだけ付き合ってあげる」
神様はどこからともなく、扇子を取り出した。
それを広げて口元を隠しながら、少し嬉しそうに言う。
城下はその様子見て、ようやく気が付いた。この神様はかなり好戦的だ。
直後、魔物から『何か』が放たれて、神様を直撃した。
その瞬間、地面が揺れるほどの衝撃と轟音を上げる。しかし、直撃したそれは神様を貫くことなく、彼女の扇子の一振りで、いくつかの軌道に分かれて後方にそれていった。
「ふふふ、この程度?」
神様は全くの無傷だった。しかし、この空間の方が無事ではなかった。
空間は、無限ではなかったようで、流れ弾がいたるところを破壊していた。ところどころガラスが割れたようなヒビや、ディスプレイが壊れた時のような、虹色の歪みが見られる。
もちろん、城下も無事ではない。
神様に直撃した最初の着弾でバランスを崩した後、流れ弾がこの空間を破壊したときの、二回目の衝撃波を背中で受けて、そのまま顔から地面にダイブしていた。
「うっ――」
「何してるんだい? 下がって、って言ったでしょ」
神様は自分の足元に転がり込んできた城下を見て、そう言った。
「周りをよく見てみろ、大惨事だ」
神様は、右、左と視線だけ動かして確認する。
「だだだ、大丈夫だよ。心配しないで」
城下は神様が焦っているところを初めて見た。急に不安になってきたが、魔物は攻撃の手を緩めない。
「一回避けたぐらいで、調子に乗らないでください」
魔物が再度、同じように『何か』を放った。
しかし、先ほどと違って衝撃はやってこなかった。
再び神様に直撃したそれは、着弾と同時に、完全に静止した。良く見ると、それは上司を覆っていたのと同じ、黒いモヤだった。
「遊びは終わりだね」
神様はそう言ってから、空中に浮いている黒いモヤを
ついに、神様が魔物の目の前まで到達したが、それでも全く反応を見せない。
「すまないね、まだ強度が足りないみたいだ」
神様は再度、ボロボロになった空間を見渡した。
そして、神様が話しかけても魔物は何の反応も示さない。
まるで時間が止まってしまったようだと、城下は感じた。そして神様が魔物に手を触れると、そこから黒いモヤが噴き出して、塵となって霧散していく。やがて、魔物がすべて消失すると、元の会議室に戻っていた。
「ねえ、君」
「なんだよ」
「私のところで働かないかい?」
突拍子もない発言に困惑する城下をよそに、神様はずいぶんとご機嫌な様子だった。
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