6話 神様採用(6) - 勧誘
城下の頭は混乱していた。
「だから、こんな会社辞めて、私のところで働かないかい? って聞いてるんだけど」
神様は同じ言葉を繰り返したが、何の理由も説明してはくれない。
「私のところって、どこなんだよ?」
「んー、神社とかかな?」
「公園の隅の祠じゃなくて?」
「あそこには、何もないよ。幻覚だね」
城下は言葉を失った。
「じゃあ、そういうことで、よろしく」
神様はそう言って、スタスタと会議室を出て行った。
城下は声をかけることも、追いかけることもできずに、ただただその姿を見送った。
上司は、何も覚えていなかった。
異空間から会議室に戻った後、上司は「なんでこんなところに居るんだ?」と言って、何事もなかったように部屋を出て行った。城下もモヤモヤを抱えたまま仕事に戻ったが、一応、いつもの日常が戻ってきたように感じている。
ただ、変化もあった。
上司は、相変わらず粗暴なところはあるが、城下に対する執拗な嫌がらせは無くなった。同僚たちも、その変化に薄々気が付いている様子だ。
「せんぱ~い」
城下は後輩男性社員に話しかけられる。
「この後、飲みに行くんですけど一緒にどうですか?」
「あ、そうだな……」
このところ残業続きで、飲み会なんて久しく参加できていないことを思い出す。
「これ、実は先輩のお疲れ様会も兼ねてるんです」
「なんだって?」
「だって、あの上司と何かあったんですよね? 昼、先輩と二人で会議室に入ってから、様子が変わったというか」
よく気が付く後輩である。
「だから、今日は早めに帰れるんですよね? それに何があったのか、みんな聞きたいって」
後輩が後ろを振り返る。そこには、数人の同僚たちがこちらを見ていた。城下は申し訳なく思ったが、すでに心は決まっている。
「すまないな。今日はちょっと用事があるんだ」
そうですか、と残念そうな後輩の声を受け流して、城下は会社を後にした。
城下は色々あって、神社へ続く長い階段の前に立っていた。どうやら、この神様はここで
ここに来るまでに何があったかというと、会社を出た直後にまず、出待ちしていた神様と合流した。その後、神様に連れられるがまま酒屋に行き、たらふく酒を買わされて、そして今に至る、と言ったところだ。両手には酒瓶とつまみが入った買い物袋をぶら下げている。
「ここを上るのか?」
「もう少しだよ。頑張って」
「なんかこう、超能力みたいなので持ってけないのか?」
先ほど見た神様の力だったら、簡単に運べそうだと城下は思っていた。
「この世界の物質をどうこうするのは限界があるんだよ。それは、ちょっと重すぎるから、もうちょっと頑張って。君が疲れないようには、してあげられるから」
城下は、今朝のことを思い出す。
公園で野宿し、しかも徹夜で神様の自分語りを聞かされたにしては、妙に疲れが取れていた。あの時も何かしてくれていたのだろうか。
「しょうがない神様だな」
城下は、もう少しだけ頑張ってやろうと思った。
階段を上りきると、まっすぐ目線の先に、大きなお社があった。
「ずいぶん、立派だな」
「そうでしょう」
神様が得意げに「ふん」と鼻を鳴らした。
そして、お社の前の石段に、買ってきたお酒を広げていく。ちょうど賽銭箱の目の前だ。
「どこから、説明するといいかな?」
神様は早速本題に入るつもりのようだ。城下も異論はないので、そのまま話を続けてもらう。
「じゃあ……、魔物と、あと神についても教えてくれ」
「そうだね、私たち神と魔物は同じ存在だよ。ただちょっと性質が違うだけ。」
城下は無言で、続きを促す。
「人間にも、話の通じない相手っているでしょ? ちょうどそんな感じ。人間は肉体があるからお互いを見ることもできるし、一応、話すこともできる。でも、私たちは肉体がないから、お互いにまったく知覚できない。だけどね――」
神様は、一呼吸おいて続ける。
「人間の行動が、それまでの流れを無視して、変わってしまうことがあるんだ」
城下は、上司のことを思い出した。神様が魔物を消し去ってからは、性格が変わったようだった。あれが本来の姿なのだとしたら、今までの上司は、確かに不自然なほど意地悪だったのかもしれない。
「私たちは、その現象のことを『魔物』と呼んでいたんだよ」
神様は、一仕事終えたと言わんばかりに酒を
「だからあの魔物も、神の存在について知っていたのか」
「――そうだね。やっぱり向こうも、なんとなく存在は知っていたみたいだね」
なるほどと、城下の中で話がつながった気がした。
「つまり、お互いに人間を間に挟んで、勢力争いをしていたってことだな」
魔物は『陰』の感情を、神は『陽』の感情を増やすべく、争っていた。
「そうだね。でも今回、ゲームのルールが大きく変わった」
「どういうことだ?」
「君の存在だよ」
城下には、どういうことか理解できなかった。
「君が特別なのは、神も魔物も両方を認知できるところだ」
「それは、肉体があるからじゃないのか?」
「ちがうよ。それはあくまで、体を持っている人間同士の話だよ。いままでも神を認知できる人間はいたけど、同時に魔物を認知できる人間はいなかった。魔物に取り憑かれた人間は認知できるけどね」
「それってつまり?」
城下は嫌な予感を感じた。なにか厄介ごとに巻き込まれそうな気がする。
「察しがいいね。簡単に言うと、君を間に挟めば、魔物と直接対決ができるんだよ」
隣に座っていた神様が、ぐっと近づいてくる。城下の太ももに手を置いて、顔を覗き込んだ。
「そこでだ」
「ちょちょ、ちょっと待った。あんなの、命がいくつあっての足りないって!」
城下は、神様と魔物の激しい戦闘を思い出して震えた。
「大丈夫、ちょっと鍛えれば何とかなるから」
「そういう問題か? てか、あの魔物の攻撃で、空間ごと壊されてたらどうなってたんだ?」
「君は、――どうにかなってたかもね」
神様は、珍しく自信なさそうに、目をそらしながら言った。
「大丈夫。鍛えれば、なんとかなるから」
「お断りします!」
城下は、自分の太ももに置かれた神様の手をどかそうとしたが、びくともしない。力強いな、こいつ。
「でも君はここで逃げても、どうせ助からないよ」
「どういう意味だよ?」
「今まで、このゲームのルール自体は魔物側に有利だったんだよ」
「なんで?」
「壊す方が簡単なんだよね。だから『陰』の感情は簡単に広めることができる」
「それと何の関係が?」
「君という存在は、あまりにも私たち側に有利なんだ」
「結局、利用したいだけじゃないか」
「ちがうよ、今のところ私たちと魔物側は互角なんだよ。ルールは魔物側に有利なんだけど、私たちの方が数が多いみたい。だから本来、君の協力は必要ないのだけれど――」
「けど?」
「この世界は基本的に、必要なものが、必要な時に、必要なだけ割り当てられるんだ。君たち人間が、同じ感覚を持っているか分からないけど、実際にそうなってる」
城下は力を緩めて、手を離した。
「それってつまり?」
「おそらく近い将来、君の力が必要になるぐらいに、私たちは魔物に追い詰められることになる。そうだね、君をこれ以上ないぐらいに鍛え上げた上で、それでやっと魔物と互角になるんじゃないかな」
神様は一度言葉を切った後、なにか思いついたようにニヤリとほほ笑んだ。
「魔物が有利な状況になったら、もし、そうなったら、君の生活圏も今まで通りとはいかないだろうね」
城下は、まだ受け入れられなかった。黙って虚空を見つめていると、視界にスッと差し出されたものが見える。
「すぐに決める必要は無いさ。まあ、一旦飲んで忘れようじゃないか」
城下は、神様から差し出されたお酒を受け取ると、勢いに任せて飲み干した。
お酒での失敗談を語ることがあれば、必ず今日のことを話題に出すだろう。
城下はあの後も、勢いに任せて飲み続けて、ついには寝てしまった。朝起きるとそこには、散らばった酒瓶や、つまみの数々、脱ぎ捨てられた服と、ひどい状況だった。
そして今、城下の目の前には、
「ま、待ってくれ、これには理由が」
「い、いったいどんな理由があるんですか?」
朝の掃除の途中だったのだろう、
「ここに
城下は不思議と、嘘を言っていないはずなのに、嘘を言っているような気分になる。
「じゃあ、それなら、うちの神社で祀っている神様の名前を言ってみてください! 当然言えますよね?」
「あ、えーっと……」
城下は助けを求めるように神様の様子を確認したが、まだ、お社の石段に突っ伏して眠りこけている。
「忘れたって――言ってたかな?」
城下は、正直に話した。
「お父さーん。変な人いる! 警察呼んで」
そう言うと、少女は持っていた箒で思いっきり叩いてきた。もちろん、反撃するわけにはいかないので、頭を守って耐える姿勢をとる。叩かれるたびに、二日酔いの体に頭痛が響いた。そもそも反撃できるような体調ではなかったと思い知らされる。これでは、逃げることもできない。
職を失った城下は、生きるために仕方なく、この神様のところで働くことになる。
神様のテーブルゲーム あらやしきフィールド @yusuke387
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