第25話 死神少女

ラントがデルーとしての仕事をこなせばこなすほど、父や兄達の暮らしは贅沢になった。

黄土でできた簡素な家も広く豪華になり、趣味の悪い装飾品が増えた。

しかし、母はいつまで経っても貧相なままだった。


「あんた、相変わらずこき使われてるね」

 ラントにしか見えない少女は珍しく悲哀に満ちた眼差しを彼に向けた。

きっと可哀想だったのだろう。誰にも真似できない強大な力を持ちながら、誰よりも弱いラントが。


現に神ともてはやされようが巨万の富を得ようが、ラントが安らげる場所は今でもこの家の裏にある小さな空き地で、この少女と話をしている時のみだった。

「あんたの身辺、だいぶきな臭くなってきてるじゃない」

「そうみたいだね」


 死人を生き返らせることをよく思わない人々が声を上げ始めているという情報は、ラントの耳にも届いていた。

権力者の死体を生き返らせたことで再び権力抗争が起き大勢の民が死んだ、という話や、生き返った人物を「化け物」と呼び差別する者も各地に現れ始めたと聞いたこともある。


「どうしていつまでも家族のいいなりになるわけ? いい、あんたのその力はむやみに使うものではないのよ」

「分かっているよ。でもお母さんを助けないと」

 華奢な膝を抱えて、ラントは少女を見た。

「母親ならもう助けたでしょう」

「そうじゃなくて、デルーとして沢山お金を稼いで、いつかお母さんとこの国を出るんだ。それで、いろんなところを旅する」

「なによそれ、そんなのまるで」


 そう言いかけて、少女は眉間に皺を寄せて俯いた。

少女が言いたいことをラントは分かっている。人の生き死にを商売にして自分の目的を達成するなんて、ラントのしようとしていることは結局、父親がやっていることと同じだ。


「あんたが良ければそれでいいと思っていたけど、気をつけなよ。人間なんて何をするか分からない」

「心配してくれてありがとう、ティア」

 ふと少女が顔を上げ、紫の瞳を真ん丸にする。

「ティアって?」

「君の名前。名前がないと話をするときに不便だから」

「どうしてティアなのよ」

「綺麗だからだよ」


 だから何が、と言って、ティアはぐっと唇を噛んで立ち上がった。

「気に入ってくれたかな」

「まさか。くだらないわ。変な名前」


 そうぽつりと呟いて鼻を鳴らすティアを見て、ラントは誇らしげに笑った。

変な名前と言いながらもきっと喜んでくれている。そんな自信があった。

ラントに背を向けて石ころを蹴り上げるティアを見ていると、突然街の中心にある大きな鐘がけたたましく鳴り響いた。


火事が発生したり犯罪が起きた時に、民に警鐘を促すために鳴らされるものだ。

無論オネーロは貧民が多く物取りや強盗が多発しているため、鳴らされること自体は珍しいことではない。


「なんだろう。人が死ぬような事件かな。あまり傷が深くないと良いけど」

「また依頼が増えるからでしょう」

「もちろん」

「あんたって最低ねラント」


 そんなやり取りをしているうちに、癇癪を起したようなせわしない足音がこちらに向かってきた。思わず身を固くしたラントに向けて裏戸から顔を出したのは、血相を変えた父だ。


「指名手配をかけられた。逃げるぞラント」

 顔を真っ赤にして何をするでもなく、いや、本人も何をどうすれば良いか分からない様子でただ地団駄を踏んでいる父を見て、ラントは呆然とした。


「指名手配って」

「いかがわしい奇術を使って死人を冒涜し争いをしかけた稀代の詐欺師だってよ。はっ! 王族の奴らがお前の力を恐れたんだろうよ。散々助けてやったってのに!」


 怒鳴るだけ怒鳴り肩を震わせる父の背後では、兄二人が金目の物をせっせと袋に詰めている。そして部屋の隅では、捕らえられたネズミのように貧相な母が小さくなって怯えていた。

「おいなんだ。まだガキのくせにもう女なんて作ったのか? 生意気な奴だな」

え、と声を上げ隣を見ると、ティアもまた不思議そうにラントを見ている。

「今はそんなことをしている暇はないぞ。お前には逃げた先でも稼いでもらわねえとな。ほら、早く支度しな!」


 ティアが見えるのかと聞く前に、父は床を踏み潰すように家の中へ入っていった。

そうして何を考える間もなく、街のあちこちから馬の走る音と怒号が近づいてくる。

「詐欺師ラントとその家族を捕らえよ。見つけ出したものには褒美を与える!」

 毅然とした叫び声が街中に響いた。

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