第24話 神か人殺しか
デルーとして幾多の死人を生き返らせていく中で、分かったことがいくつかある。
まずは、ラントの力は有限であるということ。
どれだけ根を詰めようが我慢をしようが、一日に生き返らせることができる人数はせいぜい二、三人が限界だった。
鳥や猫等の動物であればもっと数をこなせる。しかし人間のように体積か大きいものであればそれくらいが精一杯で、それ以上を生き返らせようと中途半端に力を使うと、生き返らせたとしてもまたすぐに死んでしまう。
息を吹き返してもまたすぐに悶え苦しみ、声にならない声で泣き叫び、恨みがましく充血させた目でラントを睨み再び死んでいく様は、今思い出しても吐き気がする。
そしてもう一つ分かったことは、形をとどめていない人間は生き返らせることができない、ということだ。
父親がラントを使って商売を始めてしばらく経ったある日、近隣国から身なりの綺麗な中年の男女数人が派手な棺桶を抱えてやってきた。
「こりゃ豪族か何かだぞ」
そう言って舌なめずりをする父の言った通り、その顧客は羽振りが良かった。
生き返らせてくれるのならいくらでも出す。ラントの元にやってくる者は皆そう言い、おそらく持ちうる全財産を差し出してきたものだが、この依頼者は同じことを言ってラントや父親が見たこともないくらいの金貨を献上して「足りなければまだ出す」と言い切ったのだ。
父親は大層張り切った。
「必ずや生き返らせてみせますとも」
胸を張ってそう言い棺桶を開けると、あっと叫び声をあげて尻もちをついた。
棺桶にいたのは、既に人の姿をとどめていなかった。
土を固めて作ったようなそれは干からびて細長い木彫りの像のようで、目を凝らしてみるとやっと目や鼻が確認できる。
既にミイラとなった死人を、ラントは見たことがなかった。
思わず顔を背け、唾を飲む。
「お願いします。デルー様のお力で息子を」
悲鳴にも似た懇願を耳に入れながら、とてもじゃないが無理だ、と思った。
横目で父を盗み見ると、額に汗をかいて顔は引きつっている。
しかし、引き下がれないのだろう。既に大見得を切って、大量の金貨を受け取っているのだから。
「もちろんです! さあラント、やるんだ」
と背中を強く押されて、ラントは転びそうになって棺桶の前に立った。
深く深呼吸をして、神経を集中させる。
元は口であったところに顔を近づけると、お香のような不思議な、嗅いだことのない匂いが物体から漂ってきた。
目を閉じ、ありったけの力を込めて息を吹きかける。
一通りの所作を終えるとゆっくりと離れた。
いつもであれば死人はゆっくりと目を覚まし不思議そうに起き上がるが、ミイラとなったそれはびくともしない。
やはり失敗か。息を凝らして見つめていた誰もが落胆の声を漏らした、その時だった。
口が微かに動いて、次に手がぎこちなく上がった。
軋むような音を立てて、人間とは思えないような動きで、もう片方の手、次に両足、とバタつかせる。
依頼人の中年女性が全身を震わせ息子の名前を何度も叫び、目に涙を浮かべて狂喜の声を上げた。
隣で寄り添う男性は、信じられないと言った様子で呆然としていた。その後「戻ってきた」と呟くと、なにやら感謝の声を上げて狂ったように叫び出した。
「よくやったぞラント」そう言って父はラントを小突いたが、何かがおかしいことにラントだけは気付いていた。
その死体は、一向に元の生きていた頃の姿に戻らない。いつもなら傷口はするすると滑らかに閉じて、殴打痕はたちまち消え、青白かった皮膚は生気を取り戻すはずだ。
しかしそれがない。いつまで経っても壊れたおもちゃのように四肢をジタバタとさせているだけだ。
狂喜乱舞する夫婦の顔色が変わったのもその時からだった。
立ち上がろうと必死にもがく息子は顔を左右に激しく振り、声帯のない声で叫び声を上げる。
やがて棺桶から転げ落ちると全身を打ち付けるように暴れまわり、怒り狂った獣のような声で呻き、肺から口へと流れ出るはずの息が首や頬からひゅーひゅーと漏れ出す。
「ああ……なんてこと」
中年女性が青ざめて崩れ落ちた。
見ていられないと顔を手で覆い、ボロボロと大粒の涙を流し全身を震わす。
ラントは、自分のしでかしたことをようやく理解した。
一度死を遂げた者を、いたずらに生き返らせてもう一度殺したのだ。しかも両親の目の前で。
次第に息子は暴れる気力を失くし、微かに漏れる息をなんとか確保しながらその場で置物のように転がった。
両親は再び死にゆく息子に駆け寄って、とにかく無数の言葉を投げかけた。
もしも生き返ったらかけてやるはずの言葉だったのかもしれない。しかしとてもその言葉が届いているとは思えず、ミイラはミイラのまま、言葉も発さず、両親を視界に写すこともなく、結局再び動かなくなった。
父は呆然と見ているだけのラントの頭を力いっぱい叩いて怒鳴った。
「もう一度やれラント。いいか、失敗は許されないんだからな!」
しかしラントは動かなかった。ただのミイラに戻った息子に寄り添い泣き崩れる夫婦を見て、もう一度死者を冒涜する気には毛頭なれなかったのだ。
父は中年夫婦とラントを交互に見ると舌打ちをして笑顔を取り繕い、泣き崩れる夫婦に駆け寄る。
「いやね、今日はちょっと力不足ですみませんね。おたくの息子を生き返らせたければまた来てください。ああ、でも今回のお代はこのまま頂戴しますからね。だって、一度は生き返らせたんですから」
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