第15話
調査を始めて、四日目。
僕は、谷口の家に来ていた。そこは普通のマンションの一室。姿を隠すには丁度いいだろう。僕はじっと表札を見る。そこには大きく谷口と書かれている。
この住所は丸山の持ってきたファイルに書いてあったものだ。
「ふう」と息を一つ吐いて、チャイムを鳴らす。中からは「はーい」という女性の声が帰ってきた。そして、ガチャという音と共に扉が開く。
「あら、探偵さんじゃないですか?」
ニコッと笑って、谷口は僕を出迎えた。僕は表情を変えなかった。
「少しお話したいことがあります。どこか話せる場所はありますか?」
「……どうぞ」
谷口は少し迷った後、僕を部屋に上げた。部屋の中は簡素だった。最低限のものしかなく、料理もしていないような感じだった。
僕がテーブルに座ると、対面する形で谷口も座った。
「今回の調査結果ですが、結論から言うと、浮気はありません」
「……そうですか」
まるで僕を見定めるように、谷口は話を聞く姿勢を取る。僕は茶番に付き合うのが嫌になり、本題を切り出す。
「もうその演技やめませんか?」
「……」
谷口は何も言わずに、諦めたような表情を作った。
「あなたは鶴見香菜という人物から脅されていたんですよね?」
「……もう言い逃れは出来ませんね」
「今回の事件の全容はこうです。
谷口さんは、溝口陽太とお付き合いをしていたが、同じ会社の岩下と浮気をしてしまう。この時には、もうすでに岩下さんの方に気があったのでしょうね。そして、谷口さんの大学時代の先輩である鶴見香菜に、浮気のことを知られてしまい、金品を要求された。谷口さんは面倒事を一気に解決するため、溝口の殺人を計画、溝口陽太にも彼を殺してくれたら結婚をする、と嘘を吐いた」
おそらく僕を溝口の部屋で襲ったのは、鶴見香菜の関係者。今はKとでも呼んでおこうか。きっとKは鶴見香菜が金を流していたヤクザの関係者だろう。そして溝口が言っていたストーカーの正体は、殺すためのタイミングを窺った岩下だろう。次の日からは、一緒に行動していたため、ストーカーとしては現れなかった。
谷口は何も答えなかった。
「谷口さんが溝口のマンションに居たのは、毒入りの料理を作って、彼を殺すためですね? しかし、谷口さんは、他の人から自分が彼氏を殺したと思われたくなかった。自分が殺人者になりなくなかった。そのため、計画があと一歩踏み込めなかった。僕に調査を依頼したのも、岩下が犯人であることを証明できる人間が欲しかったから。ちがいますか?」
「……その通りです」
谷口は俯いたまま、僕の話を肯定する。
「はっきり言いますと、岩下さんは失敗しました。現在警察に取り押さえられています。そして、もう一つ、あなたには伝えなければならない真実があります」
谷口は顔をあげた。その瞳には一杯の涙が溜まっていた。
「鶴見香菜は、ヤクザに金を横流ししていました。きっとあなたのお金の大半はここに使われていると思います。しかし、そのヤクザの親分? 頭? まあ呼び方はなんでもいいですが、ヤクザのトップは、岩下の父です」
「……は?」
谷口の瞳の堤防が決壊した。
何とも皮肉な話だった。Kの空き家で見たものは幼き日の岩下だった。谷口は、好きだった岩下にすべてを話せば解決していたかもしれない事案を、事情を隠して相談したがゆえに、離れ離れになったのだ。それに脅してきた鶴見香菜ももうこの世にはいない。もしも僕に調査を頼まなければ……。まあ、浮気をしなければこんなことにはならなかったのだが。
結局、自己愛と恋愛が複雑にまじりあった結果、こんな事になったのだ。
僕は、目の前で泣く谷口を見ながら、そんな感想を持った。
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