第22話

そしてお昼休みまではひたすらぐうたらしている…という訳ではない。創造の能力の強化を創太は実感したのだが、その強化幅がいつもに比べて大きくなっている事に創太は気が付いた為、出来る事を確認していたわけだ。もっと簡単に言うならば、強化されすぎてできる事が自分の中で増えていたので、それの確認という訳だ。


そしてその中でも、一つ試してみて驚くべきことが分かった。力を込めなくても、気軽な時に頭の中で『ユグドラシル』をイメージするだけで、その『指向性』を保存できるようになっていたのである。今は戦闘中に【創造】と【虚無】を使う事は無いが、いざ使えるとなった時に、強くイメージしなくても戦闘中にユグドラシルを創造、行使することが出来るかもしれないと夢を膨らませているが、今はまだそのレベルには達してはいない。


だがこの暇な時間にこうしてユグドラシル創造を少しでもできるというのは大きな進歩だ。と2、3、4時間目も思いつくまでの『指向性』を創造、保存しておいた。


キーンコーン…とお昼を告げるチャイムが鳴る。時計を見るとお昼ご飯の時間になっているという事に気づいた創太は、寝るでもなく昼飯を食べるでもなく、唯々寝転がって風を浴びているだけだった。


「おはよう創太…って、起きてる?」


「ああ、おはようアリア、失礼だな、起きてるぞ俺は」


「んっ、まあいい。それよりもお昼食べよ?」


「ああ、適当に食べていいぞ~。俺は寝る」


「創太…食べないの?」


「ああ?食べるが…教室にとりに帰るのがめんどいんだよなぁ…」


「じゃあ、創太。少し食べる?」


「ん?いいのか?」


「んっ、別にいい。私も最低限食べれればそれで」


「そうか~。というかアリア、料理できるんだな」


「ん…あそこには一人で住んでるから…」


そこには卵焼き、から揚げなどといったお弁当の一般的なメニューが、これまた綺麗に並べられていた。


「じゃあその卵焼きでいいからくれ、手入れても大丈夫か?」


「というか、あーん。してあげようか?」


アリアの顔が少し妖艶な笑みに変わる。創太もその顔を少し見つめる。アリアは間違いなく創太の慌てる顔を楽しみにしているのだと分かるのだが、これぐらいでは創太は動揺しない。


「いいのか?アリアありがとうな」


とあっさりと言い残しながら口を開ける。これにはアリアの方がタジタジだ。


「ほら、早くしてくれ。この体勢も恥ずかしいんだから」


「んん?……ん。はい。あーん」


「んん…うん。上手いな。さすがアリアだな」


「さすがなのは創太…私の方が少し恥ずかしかった」


「ん?いいって言ったのはアリアだろ?」


「そ、そうだけど…」


「ならいいだろ、先に始めたのはアリアだろ?美味かったよ、卵焼き」


「………………ん」


こうしてアリアとの他愛のない会話を続け、50分あるお昼休みも丁度半分を過ぎた所。【創生の神雫】から放たれるたった一つの伝言。それが創太の体に、刀よりも鋭い衝撃を与えるのには十分すぎる内容だった。


「マスター。日本の裏部隊『開闢』がこちらに向けて侵攻の準備を進めていると情報が入りました。こちらで算出した所、勝てる確率は、今から与えられた時間を全て戦力の増強に費やしても0.001%以下だと具申致します」


「ッッッ!!!!」


「……?創太、どうかしたの?」


「ああ、不味い事態になった。それも相当不味い事態だ」


「っ!?」


「俺は今から『澪』に向かう。アリアへの護衛は残しておくから、アリアは今まで通りに過ごしておいてもらって構わない、じゃあな、アリア」


こうして創太は、屋上から【バビロンの指輪】で転移を開始する。一瞬の淡い光が屋上を包む。


「創太っ、待って!」


アリアがとっさに創太の手を掴む、【バビロンの指輪】は“使用者”と定義しているが、“使用者に触れた物”も対象に含まれる。それを含まないと、衣服や武具などを転移出来ないからだ。そしてそれが、今回は創太の思惑とは違う方向に働いてしまった。


「……っ!?転移がっ」


こうして、混乱と動乱が襲う『澪』のアジトへと、アリアと創太は転移を開始した。



「おい!そっちはどうだ!」


「迎撃用の体勢は整えているのか!」


「武具たちの整理を忘れるな!」


怒号ひしめく『澪』のアジト内。その中でもマルクス・カメロンなどを筆頭に迎撃の準備を進めているが、そこには余裕という物が一切ない。時間がいくらあっても足りない相手なのだ。そうなるのも仕方がないのだろう。


だがその中でも一人、イシュタルは余裕ある赴きでアジト内を歩く、だがその姿に怯えも緊張もない。しいてあるのは覚悟だけだ。主の命で、主の隣で最後まで使命を全うし、そして死ぬまで主の隣で、主の命によって死ぬという純粋かつ果てなき覚悟を持っているからである。


「さて…まずは連絡、皆さん会議を開くので今すぐ集まってください。と、マルクス・カメロン・ヨイヤミには念話で様子を伝えておく事にしましょう。マスターは転移でこちらに飛んでもらうように連絡はしてますし、…やることは全てやったって感じですかね」


そしていつもの会議室のドアをパッと開けると、そこには創太とアリアがいた。


「アリア、少しだけイシュタルを話をさせてくれ…。説明してくれ、イシュタル。一体どうなっているんだ?」


「ええ、念話でお伝えしたことが全てです。部隊は自衛隊のユグドラシル専門。腕っぷしが強いだけでその入隊を許可され、高い報酬のみで管理されているならず者のグループ。指揮しているのは日本の探索者の中でも序列854位に位置するとだけしか知られておりません」


「なるほど。それで勝ち目は?」


「皆無です」


「じゃあ質問を変えよう。生き残るための手段は?」


「逃げる。としか」


「だよな」


「どういたしましょうか。マスター、御心のままに」


「そうか、よし決めた。今すぐ配下の中で逃げられる者を集めて【バビロンの神殿】で飛ばせ、違う場所でもある程度陣営を構築させて『澪』としての組織を再生できるようにしておけ、『澪』を運営できるように頭脳も残して後の残りは…俺と戦ってもらうぞ。最後の砦だ」


「了解しました。では私は……」


「俺と戦え、これは命令だ」


「…………ありがとうございます。この命、マスターと共に」


「俺の我儘に付き合ってもらうだけだ。イシュタル。礼を言われる必要なんてない」


「では、マルクス・カメロン・ヨイヤミの三名も加えてはもらえないでしょうか」


「ほう、お前が言うとは珍しい。何故だ?」


「私と同じ身の上、これで私と同じ事を思ってないわけがないだろうという判断からでございます」


「…了解した。元々そのつもりだ」


「では。転移時のリーダーはシュラルという事でよろしいでしょうか」


「ああ、奴は頭も切れる。元々ボスの変異種という事もありポテンシャルは高い。あいつに今後も任せていこうと思う、これもまた我儘だとは思うがな」


「では、その方向で」


「ああ」


そしてイシュタルとの会話が終わると同時に、続々とメンバーが入って来る。そして全てが集まったところで会議を開始した。

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