第19話

創太は自らの自室で目を覚ますと、重たい手つきで小さな据え置きの時計を掴む。創太が気を失っていた時間は1時間にも満たなかったようだ。


(俺は…確か気を失ってから…まだ一時間も立っていないのか)


創太はゆっくりと立ち上がり、完成したユグドラシルを確認する。


(出来は確かに問題ない…むしろ想像以上の出来になっている。昔の俺なら創れなかったものだ。あの任務は確かに俺を成長させてくれたみたいだな)


【創造】と【虚無】の力は、創太の体感ではあるのだがより大きな力を引き出せるように成長しているのだ。成長していると言ってもいいのかもしれない。その経験値は普段の生活もそうだが、例えば『ユグドラシル』の創造であったり、戦闘のそれであったりと、とにかく様々なところで成長が起こっているのだ。そして今回の任務で、それがもう一段階花開いたという事だろう。


そして創太が満足げに『ユグドラシル』の能力を確認していると、コンコン。と丁寧なノックの音が聞こえてきた。


「マスター、事後処理の全てが終わりました。つきましては幹部会議を開きたいのですが、出席の程をよろしくお願いします。時間は30分後でございます」


「あ、ああ。了解した。場所は?」


「前回と同じ会議室でございます。今回も幹部ヨイヤミは任務の継続して行っている為欠席となりますが、よろしいですか?」


「勿論構わない。30分後にそちらに行く」


「ではマスター。失礼致します」


こうしてイシュタルは扉の前から姿を消した。



こうして30分後、創太は準備を終わらせて10分前には会議室の席についていた。


「おお、早えな坊ちゃん、俺が一番かと思っていたが」


そして創太の次にやってきたのは情報屋の森本だ。森本もまた事後処理に当てられた。と言っても外の反応を情報屋ならではの視点から探っていたのだ。


「一番働いていないのは俺だろうしな、その俺が遅れたとあれば失礼極まりないだろう?」


「ああ、確かにその通りだ。やっぱ坊ちゃんは向いてるぜ、この社会は何よりも力と態度と面子が重んじられるからな、坊ちゃん程の才能を持ってる奴はいねえよ。全く」


「10分前なのにもう2人も、やはり関心しますね。マスター、そしてモリモト様」


と言いながら現れたのはイシュタルだった。


「お前が一番働いているだろう?それにも関わらずこんなにも早く出席するお前の勤勉さに賞賛を送りたいと思うが?」


「その言葉だけで十分ですよ、マスター」


「全く。ウチの者たちは働き者だな」


「ええそうです。ようやく金感情が終わったのに次は会議とは、全く私程勤勉な者もいないんじゃないですかね?」


「軽口もそこまでにしとけよ闇金。イシュタルの前で勤勉なんぞと言っていたら、間違いなく罰が当たるレベルだぞ」


「全く、もう少しマシないなし方はないもんですかね?森本さん」


と軽口をたたきながらも菅野が姿を見せる。ちなみにだが森本は菅野の事を“闇金”とふざけ交じりに揶揄し、イシュタルやマルクスなどの魔物幹部たちを敬称をつけ、敬いを見せては呼ばない。これは森本のポリシーみたいなものだ。


「そろそろ全員が集まりそうなので、ぼちぼちの会議を始めていきましょうか、準備はよろしいですかね?」


イシュタルの言葉を皮切りに、予定時間の5分前には会議が始まろうとしていた。



「では早速ですが、報告の方を」


「部隊の無事は確認できた。総員軽いけががあったりもしたが、死んではいない。全部隊無事だ」


部隊の隊長を任されているマルクスが代表して発表を行っている。それに対して頷きをかけているのはカメロンだ。


「こちら情報班。っていってもなぁ、こっちも外の情報がどうなってるか探ってみたが、やっぱ日本政府が非公式とはいえスポンサーについていた研究所だ。そう易々と情報は回ってきていねえよ。勿論知ってる奴は知ってるが、全部の事を知っているわけじゃなかった。精々「人体実験を行っていた研究所が事故にあった」程度がいい所だ。だが…」


「だが?…」


「これは俺の勘なんだがな、情報の流れがおかしい気がする。僅かな歪み程度だが、そんな感じがする。気を付けた方がいいかもしれない」


「お前のその勘を俺は買っている。勿論頭に入れておこう」


「ちなみにヨイヤミからも連絡だけは承っております。マスター、ここで代理に発表させていただいても?」


「ああ、勿論だ」


「“こちらも問題はない”という事でございました」


「それは良かった。部隊、情報の漏洩が最小限に抑えられている事は作戦の成功を意味している。大変いいことだ」


「金銭面に関しても問題ありません。報酬の受け取りは三日後に設定されてます。時間は深夜の2時。場所はいつものバーです」


「今回。金銭面的には大丈夫です。理由はいつも通りですがね」


「使える物は使う、そうじゃないとやってられないからな」


「相変わらず反則ですね、その創造能力は」


「ああ、俺自身いつも思ってるな」


ちなみにだが、今会議に出ているメンバーは創太の力の招待を明かされている者たちだ。勿論ユグドラシルによる契約を2重に結んでおり、どちらか一方が強制的に破られたとしても大丈夫なように、どちらともに最高峰のユグドラシルを使って契約を履行させている。


「今回も収支はプラスです。まあ人件費ぐらいでしょうかね、機材は全てユグドラシルでまかなえていますし、後は株や金なんかにして資産を分散させ、金の居所を分からない様にしてこちらも完了です。その作業の準備は順調に進んでおります」


「ああ、後はそっちで管理してくれ、転がして増やすもよし、どこかに投資して恩を売るもよしだ。ただし収支はプラスに保っておけ、いいな?」


「全く。今回の依頼金も馬鹿にならないというのに、貴方は金遣いが荒いお人だ…」


そう言いながらも菅野の顔には笑みが浮かんである。それは増やせるかは前提とした、何処まで増やせるかという計算をしている時の顔であり、菅野が一番幸せだと豪語する瞬間らしい。


「事後処理のほとんどが終わったという事で、次はこれからの話です。マスター、どうぞ」


「ああ了解した、今俺たちは日本政府の研究所を破壊し、間違いなく喧嘩を売っているもしくは挑発している状態にあると言ってもいい、だからこそ逃げ道を作る。正確には第二の避難所となるアジトの増設。そして純粋に戦力の増強だ。修也さん。頼めるか?」


修也さんと敬称なのは、どうしてもその顔で呼び捨てにするのは創太が憚られたらしい。やっぱり根は善良な一般市民という事なのだろうか。


「ああ、勿論うちのもん使うんやったらいくらでも使わせるが…どこに作るんや?その拠点とやらは」


「イギリスだ。英国侵攻の際はイシュタルに全権を任せるつもりでいる。」


創太の一言で、ゆっくりとだが驚きが蔓延していく。と言っても驚いているのは人間である3名のみで、他は頷くだけだったが。


「……随分と急な話やな、組長はん」


「ああ、調べもののついでにな、後渡航の手段は考えてある、イシュタルにも話は通してあるぞ、そっちにはシュラルを同行させるつもりだ」


「まあ、そちらの頼もしい用心棒がついてくれるんならなお拒む理由なんてあらへん。どうぞ好きに使ってやってくれ」


「ああもちろんだが、制圧した暁にはお前にその区を任せる。上手くやれよ?」


「全く、この老体に今更何をせえっちゅうんか…けど、やっぱ燃えるもんがあるな、これは」


「ああ、その調子で頼んだ。と言っても制圧が出来たらだ。その戦力で足りないのならユグドラシルの支援はするし、そちらで戦力の調整はしてくれ」


「了解や、組長はん」


「んで次だが、俺もシュラルを始めとした戦力の増強へと入る。しばらくは迷宮にいる事も少なくないだろう、俺から提案することが出来るのはこれぐらいだ、これでどうだ?イシュタル」


「マスターの決定に異論はございません。勿論私共も配下や、使い捨て出来る様な配下を順次英国へと送りますので、できるだけ早い制圧と拠点の確保をお願いしたいと思っております」


「ええ、もちろんや」


「では、これからの方針はある程度定まったという事でよろしいですか?」


「ああ、構わない。だが注意は怠るな、俺たちは任務とは言え喧嘩を売った。相手を舐めているわけじゃないが、何かあった際は自分を優先し、逃げる事も辞すな。それぐらいの覚悟でしばらくは過ごしてくれ、何があってもいいようにな、俺からは以上だ。イシュタル、会議を」


「はいマスター、以上で会議を終了しましょう。詳しい話は人を集めてそれ単体での会議を逐次行っていきたいと思います。では、」


こうして『澪』の次と、この任務の終わりを宣言する会議が今、幕を閉じた。

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