第16話

(じゃあ、今日アリアが来てなかったのはっ…)


あの創太が珍しく動揺している。

アリアがそれほど大きい存在であったことに軽い意外感を覚えながら、それでもカメロンを信じて今は自分にできる事を全てやりきる。


「少し走るぞ、ついてこい」


「「「「はい」」」」


「はい、主」


「じゃあ、行くぞ…【キューティクルスパーク】【発煙極筒】そして極めつけはこれだ【脳塔師<ハルス・キューティクル>】」


創太が使った三つのユグドラシル。前半二つはほぼ前の二つのコンボと同じ役割を果たしているが、【脳塔師<ハルス・キューティクル>】の能力は“触れたモノの脳内・データ内にあるデータを全て抜き取りコントロールする”という能力。

今回は触れたものという定義は【キューティクルスパーク】で感電させているモノからデータを抜き取り、そしてそのデータを『澪』内部へと少しづつ送っている。ちなみに同様の処理も先ほどにも繋がるように行っている為情報の抜き洩らしはないだろう。


こうして走る事30秒。アナウンスもあって何とか最短距離でたどり着いただろう。


「カメロンッ!」


「…主。研究者の処理及び対象者の保護、終了いたしました。どうでしょうか」


「…ああ、お前は素晴らしい働きをしたよ」


「光栄の極み」


「カメロン、自らの職務を破り、よく俺の我儘に付き合ってくれた、申し訳ない、そして礼を言おう」


「ええ、ですが我々の任務は終わっております、これより帰還を開始しようと」


「ああ、こちらも粗方終わった」


「では、対象者はそちらに預けます故」


「ああ、分かった。後で合おう」


「勿論です。主」


こうしてカメロンは己の職務も任務も忠実に全うして創太と別れた。


「俺たちも戻るぞ、早く走れ。それとシュラル、これはお前が責任をもって抱いて持って帰れ」


「はっ。命に代えましても」


「まったく…まあいい、では行くぞ」


こうして創太もまた、行き道とは逆方向を全力疾走し始めた。



『こちらオペレーター!研究所外部に向けての監視を実行していたヨイヤミ隊から緊急連絡!部隊が一つそちらに向かっております!場所は北西!』


「こちらはイシュタル班。撤退を開始している、戦闘には出られるが、どうする?」


「こちらカメロン、我も撤退中だ。指示に従う」


「こちら創太、こちらも撤退中だ。幸いと言ってはあれかもしれないが、一番遠い。護衛対象も作ってしまった。こちらは引かせてほしいのだが」


「…俺が殿を務める、幸いな事に、俺が一番近いみたいだ」


「ではマルクス。頼みましたよ」


「こちらからもヨイヤミ班の精鋭を全て送る。どうにかできるか?」


「勿論です。主殿」


「ああ、了解した」


こうして全てが荒れ果て、全てが壊された赤い研究所に、マルクスがその舞台の到着を今か今かと待ち続けていた。



(さて、今回の敵はそこまで強くはないが、こちらが襲撃しているという立場もあって中々に顔を見せあっての打ち合いという訳にはいかねえ、となると―――一撃で決める闇討ち。が一番効率がいいか)


マルクスはその剛腕から斬馬刀という馬を狩るために作られた大剣を創太から献上されている。名をユグドラシル【斬馬刀:晩春】といい、無骨だが実用性のあるこの剣を、何よりも愛用している。


そして――あの“晩春”なら、そしてそれを使い慣れているマルクスなら。たかが音をたてずに降る等造作もない。


現に配下のゴブリンは隠れており、すでに罠を仕掛け終わっている。と言っても今どきあり得ない古典式の糸トラップだったりするのだが。


そして―――ついにやってきた。


彼らもユグドラシルは携帯しているが、そのほとんどが銃器を手に持ち射撃体勢に入っている。20数名の数が確認できたが、しっかりとお互いの背中を埋める様な体勢になっている為、よく訓練されているのだとも思う、だがマルクスは構わず“5カウント”の合図を出した。


4、3、2、1、そして―――――


何も音がしない静寂の空間に突如として気配と殺気が複数。それに合わせるように先ほどまでゴブリン部隊に銃口が向けられる。だがそれでは遅い。ゴブリン部隊には遅すぎる。


「撃てぇぇぇぇぇ!!!」

「『音無斬』」


「撃て!」の号令と、マルクスの横薙ぎの一振りが5名を一気に血祭りに上げるのは、ほぼ同時だった。


そして仲間が一瞬に消えた動揺で乱れたその瞬間を突いたのは他でもないゴブリンだった。

罠にかかる物。ゴブリンの渾身の一撃に命を落とすもの。そして複数対一でかかられてなすすべもなかった者。様々なうめき声が上がってはゆっくりと消えていく。そしていつの間にか、部隊がいたほどの騒々しさはなくなっていた。


「ここに襲撃があったのも部隊があったのも事実、死体はこのまま置いていく!以上。戻るぞ!」


その戦闘はわずか20秒。不意を上手くついたゴブリン軍団の勝利と言える、その華麗さは敵の戦意を削ぎ、通信が悲鳴に包まれていることから証明されているだろう。


マルクスは創太の魔獣の中でも、一二を争う技量と力がある切り込み隊長である。とは、ほかならぬイシュタルの評価だ。ちなみに創太も同意見だったりする。



「さて、そろそろですね【時間交点<タイム・ピール>】」


イシュタルが全ての部隊の撤退を完了すると、イシュタルは【時間交点】を使い、一気に自らの姿を空間事消し去った。


「さて、予想外の出来事もありましたが、皆さん無事ですかね?」


イシュタルは部隊の撤退及び各自行動が浮き彫りにならず、かつ各個撃破されない程度で『澪』のアジトが含まれる裏街へと進むように命令を下してある。そこでは藤原修也の配下と落ち合うという手はずである。


「では、我々は帰還いたしましょうか、ご武運を」


―――イシュタル班。撤退完了―――



「さてぇ、こっちも撤退と行こうか、おい、『ゴブリンシャーマン』この近くにトンネルらしきものはないか、探せ」


『了解いたしマシタ、主………ここカラ南東、凡そ50m程二』


「ああ、了解した…。よし、見つけたぞ、では我々も撤退を開始する」


マルクスのその言葉で、ゴブリンたちは何人でかで固まり、その持ち前の持久力をフルに使用して素早く音をたてずに移動する。


「どいておけ、お前達。『波斬』」


マルクスの技、『波斬』。それは相手に一撃を見せるようなスピードで三、四と攻撃を繰り返す連撃技である。それを受けた壁如きが、破壊できないわけもない。


「それでは撤退…とはいかないか、主様の【時間交点】では、この壁を直せないか」


そう【時間交点】の能力は、平たく言えば“セーブ&ロード”。ロードを行おうとも、セーブしていない壁までは復元は不可能なのだ。


「だが、そうだな、流石は主様だ。この事態すらお考えになられているとは。……うむ、問題はないな」


マルクスが問題ないと判断した、その正体。それは創太の『ユグドラシル』に他ならない


「うむ、では撤退開始!」


マルクスの指示で全員が破壊した穴からトンネルへと進んでいく、配下たちには先行させてトンネルを進ませ、自らがその壁を復元できるユグドラシルを起動する。


「頼みます。主様。【復元セヨ我ガ時――我が手に時を――】」


そのユグドラシルの神秘的な光と共に、壁の瓦礫が謎の魔力を帯び、そして宙へと浮く、その壁が亀裂を埋め、破片を飲み込み、まるで時間を戻す様に復元していく。


このユグドラシル【復元セヨ我ガ時――我が手に時を――】は、創太がその力の全てを使って創り上げた、この作戦の為の特注品である。創太曰く“極限の集中が要求されるし、しかも創ったらすぐにでも倒れる”とまで言わしめるほどの集中力が必要なのである。それを隊に一つづつ、計5つも創造できる創太はさすがを軽く通り越していくレベルである。


本来、あの【ユグドラシル】であっても、“世界の根源”たる概念には簡単には作用できないのだ。あの創太ですら数刻前を復元させる“如き”でこれなのだ。だが同時にここまでやってのけた創太は称賛に値するだろう。


そして勿論人類には“時を操る”と言った効果のユグドラシルは現在存在しない。似たような効果なら存在するが、直接的に時を操れるような効果を持つユグドラシルは存在していない。あの【アビス・ユグドラシル】ですら存在しないのだからその貴重性が伺えることだろう。


そんな創太のユグドラシルだが、総額で言えば1億は軽く超えるだろう、なんせ時を操れる、さっきまでなかった物を元々そこにあった物、先ほど壊れた、無くなった、死んだといった事実をなかったことにできるのだ。その用途が計り知れない物になるだろう。


そして何事もなくその壁を修復したマルクスは、トンネルを進んでから【時間交点】を使って証拠を消去し、そして現場を後にした。


―――マルクス班、撤退完了―――



「さて、俺たちも撤退するぞ」


「はい、主様」

「了解いたしました」


今、創太達は自分達が入ってきた穴ヘと向かい脱出を試みている。本来創太が予定していた進行ルートとは大きくかけ離れている為、自分達が通ってきた道が一番確実なのが背景として挙げられる。


「よし、ここに最後の罠を仕掛ける、離れておけ」


その言葉にカメロン部隊及びシュラルが頷きで返す、創太は最後に持っていたユグドラシルをゆっくりと起動させる。


「起動しろ。【装魂の炎熱流――<ソウル・リューズ>】」


そして創太が宣言を終えると共に、創太部隊及びカメロン部隊が一気に駆けだす。


【装魂の炎熱流】の効果。それは自身の周囲に熱や熱波を縦横無尽にまき散らす事だが、その意味は別にある、今この研究所にある機械は全て電気を帯びている、それは創太のばら撒いたユグドラシルの所為なのだが、それに熱を加えたらどうなるか、想像には難くない。

勿論ユグドラシル内にもその能力は付与されており、雷、電気系統の威力を増大させるという能力もその熱波や熱には含まれている。


――ドオオン

―――ドォン

――――ドオオオン!!


「全て終わった、これより帰還を完了する」


―――創太・カメロン班。撤退完了―――

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