第12話

創太はいつも通り屋上へと向かっていた。理由はもちろん様々な人の目を盗んでのサボりである。なのでいつも外れの道から人に見られない様にゆっくりと屋上へと行くのが一つの癖になっており、最早この道以外では屋上に行けない程だ。だが今回は違った。人影が見えるのだ。


(…?こんな所に人影なんて、普通はないんだがな…)


創太は頭の中に?を浮かべながら、だが歩を止める事なく進んでいく。先を進んでいくたびに全容が見えてきており、可愛らしい女性で、創太よりも身長は低めで、少なくとも美少女と呼ばれる風貌をしている。


「あの~?お話しを伺ってもよろしいですか?」


そして、そんな少女が、創太に向けて話しかけてきた。


「はい?何か用ですかね?」


「はい。私は“生徒会”の会長をやらせてもらっています。名前は月山奈美。以後、よろしくお願いします」


「はい、それで、何か用事とは?僕も今急いでいるんですが」


「いえいえ、そこまでお手間は取らせません、ただこの用紙を書いてもらって、生徒会室前の箱に入れてもらえればと思いまして、どうですか?」


「ええ、それだけでいいなら、期限はいつごろでしょうか?」


「出来るだけ早くの方がいいのですが…では今日中。という事でいいですか?」


「ええ、構いませんよ」


創太は気づいていた。前の決闘にこの女――『七宝家』月山家。長女月山奈美が観戦しているという事は、おそらくだが個人的な興味が主な理由だろう。


(なら、多少踏み込んでおいても問題はない。か)


「ああ!そういえば、先ほどの試合、見ていてくれたんですね?どうでした?」


「…!ええ、とてもいい試合でしたよ、これからも頑張ってくださいね。」


「ええ、ありがとうございます。お手間を取らせて申し訳ありませんでした」


「いえいえこちらこそ、いい試合を見せてもらいましたよ。あの卓越した剣の腕は?」


「訓練の賜物です。とだけ、では失礼しました」


「ええ、ありがとうございました」


こうして創太と奈美は、お互い反対に歩み始めた。


(中宮創太君。私の『風目』を見ても、感情の揺さぶりすら見えなかった…まさか、分かっていた?私が探知系の魔術を発動させている事)


月山奈美――いや正確には月山家は、『七宝家』の中で“風”を主に扱う魔術師であり探索者だ。月山家には風を操る最高峰のユグドラシル【風霊の纏糸】がその手にある。そして奈美もまた風に対する相性は満点と言っても差し支えないだろう。


そして、そんな彼女が行使する魔術。普段から彼女が持っている端末型ユグドラシル【風の舞札】から放たれる探知系の魔術“風目”。効果は薄い風を巡らせ、その範囲内にいる生物・日生物の情報を風に載せて術者の元まで運ばせるという魔術だ。


風というのは質量を持たないため、威力は水・炎などと比べてどうして劣ってしまうが、探知などと言った補助系の使い方もできるのが風系統の魅力的なところである。奈美はその能力をフルに使って中宮創太という人物を調べようとしたのだが。


(“風目”を発動しても、ほとんど情報が入手できていない…?)


“風目”の範囲内にいると、奈美程の使い手なら感情まである程度は読めるというのに、中宮創太という人物相手には、その感情すら読めないというのだ。となれば真実は限られてくる。


(失敗はない、確実に成功していたはず…。やっぱり、意図的にブロックしていたとしか考えられないわね…)


こうして創太は、今の面倒事を回避した代わりに、後々の疑惑を大きく膨らませてしまう事になってしまうのだった――。



(まあ、後の疑惑が膨らもうが、今回の任務達成にはある程度必要なものだ。割り切るほかない)


と、全てが創太と『澪』の手の平の中だという事は、他ならない自分たちしか知らない事。だが、同時に創太個人としては、中宮創太という未知に手を伸ばす輩に少しむず痒さを覚えつつもある。


(探知系の魔術を使っていたからな、一応全て弾かせてもらったが)


あの“風目”を回避することが出来たのは、不穏な風の動きを創太が読んで、『マギカ・グローブ』を即『顕現』。同時に“魔力隠蔽”など隠蔽系の能力を使ったからだ。


(北上、月山…これで『七宝家』の焚き付けは完了だ。もし何かあった時、俺の情報と引き換えにこちらに巻き込むことが出来る。)


創太の頭の中では任務の事が頭から離れなかった。屋上でのんびりしているが、頭の中では今までの情報収集のデータと、これからの戦闘に対するイメージトレーニングを怠っていない。現に今創太は自分の戦闘服や武器をすぐに『顕現』できるだけの緊張感を保てている。まさに常駐先陣の構えだ。


(ん?そういえば、いつもならアリアが来てくれる頃なんだが、今日は確か学校にいたはずだよな?どこに消えたんだ?)


こうして創太は、イメージを保管していきながら、ゆっくりと過ぎる雲と空。あとは時間を感じていた。



放課後。あの後も屋上でゆっくりと時間を過ごし、チャイムの音でそのまま帰っていった(中島先生には見つからずに帰ることに成功した)。だが、創太には今から重要な任務が残っている。それは研究施設の破壊というものだ。


そして更に今回の任務について分かったことがいくつかある。まず研究している施設。そしてその団体は末端で、母体は『異端魔導研究所』という、『ユグドラシル』及び“魔術”と呼ばれるものに対しての異端。つまりは“魔眼”や他には【アビス・ユグドラシル】に対しての研究を行っていると言われる団体だ。


その団体が運営する研究所――それが通称『魔眼研究所』なのだが、そこは東京の郊外、それも地下にあると予想されており、研究者は日を浴びる事はほとんどなく、ただひたすらに人体実験を繰り返しているという。


【アビス・ユグドラシル】――それは“一度発動するだけで都市を丸一つ破壊できる”という定義の元、それを行えるユグドラシルの事をそう呼ぶ。実際に今までで5つ確認されているが、実際に<ELC>が管理できているのは2つのみ、もう三つは“確認が明らかになっている”というだけで実質管理が行き渡っていないという現状もある。そして更に確認されていない【アビス・ユグドラシル】は約20種あると言われている。


創太はその情報を頭で整理しながら、真っすぐに『澪』のアジトへと向かうのであった。時計の針は日の落ちる寸前の6時半も示していた。

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