第4話 初依頼!!

揺れる電車内。興味や忌避を含んだ周囲から注がれる視線。私を気にしながらも、初めて見る窓からの風景に表情を輝かせるノワールさん。


 面倒なトラブルに絡まれる事無く、数回の停車を経て無事に目的の『アテナ前』駅へと辿り着いた私たちは依頼やトレーニングの為に訪れたアイギス達、見学に来た一般のお客さんに混ざって改札を出る。


「さて…ようやく目的地の前まで来ましたが、窓から見えた風景はどうでした?」


「街並みも綺麗で、空も青くて……本当に生きられる様になったんだなぁ〜って実感できました!!」


 子供の様にジャンプしながら喜びを全身で表すノワールさんにクスッと笑わされると、私は彼の手を掴んで露骨に距離を取る人達の合間を縫うように足早にアテナの中へと進んで受付待ちの列へと並ぶ。


「っ……何だか嫌な感じがするんですけど、此処ってどんな施設なんですか?」


「……此処はアテナ。擬似娘やアンソフに関する事案をメインとして扱い、警察でも動いてくれない様な事案や民間の人から寄せられる些細な依頼までも受け付けるアイギスの活動拠点です」


 東京湾内に制作された地上10階建ての人工島【アテナ】は、この国を警察や自衛隊と共に守護するアイギスを支援し指揮する重要施設。


 1階には手続きなどの受付やインフォメーションが設けられ、訪れたアイギスや一般のお客さんを丁重に迎え入れるロビー。

2~5階は情報検閲されているけど噂によるとアイギス全体の司令室があるらしい階層。

6~10階には前回クソガk…中学生たちにアイギスに関する質問コーナーのために使った会議室や、一般のお客さんが見学できる展示コーナーや展望室が存在している。

 また、地下には擬似娘シュードゥの能力検査や射撃場などが供えられた強固なシェルター兼トレーニングルームが広がっている。


 なんて基本的な事をノワールさんに説明し終わる頃には私たちが受付の番。幸い顔見知りな事務員さんな事もあって無視や手続きをしてもらえない……なんてことはなさそう。


「……おはようございますルーフェイさん。第8支部所属、支部長の真琴来実まことくるみです。昨夜、擬似娘シュードゥと契約したので手続きをお願いします」


「おはようございます来実さん!!契約報告の手続きですね。お任せください!

 ではこちらのタブレットに名前と能力を入力して下さいね」


 差し出されたタブレットにノワールさんが名前と影を操るというあいまいな能力をできるだけ詳細に入力して返却すると、ルーフェイさんはビデオカメラを手に嬉々とした様子でカウンターから出てくる。


「え~っと、名前はノワール。能力は影を操る能力で能力名は『チェーニ・ゾッラ』

 範囲は自分と自分が触れている部分の影で、大体1メートルまで伸ばせると。で、備考欄に性別が男っと。あれ……んん?擬似娘なのに性別が――男ぉ!!?」


「……まぁ、驚くのが普通ですよね。私も驚きましたし……っと、ノワールさん?そんなに不安そうな顔しなくても大丈夫ですよ。契約した以上パートナーである私が守りますから」


 ルーフェイさんの大きな声での驚きに周囲の人はざわつき自然と此方を注目する。そんな好奇の視線に晒されたノワールさんはビクッと肩を震わせると、隠れる様に私にしがみついてくるので優しく頭を撫でてみると表情を綻ばせてくれる。


「……はぁ。驚くのも分かりますが声が大きいですよ。それで、手続きはこれで終わりなんですか?」


「あっ…いえ、まだです!次は実際に能力の映像をこのビデオカメラに収めるので地下に行きましょう!!」


 その場から逃げる様にエレベーターに乗り込んだルーフェイさんの後を追ってノワールさんと一緒に乗り込むと、微かに体が浮くような感覚と共に地下へと動き出す。


 擬似娘とは、地球の善性が生み出した種族。その名が示す通り、地球が擬似娘を創り出す際に参考とした物や存在の特徴を見た目は人間な乙女の事。そう定義されていたが、私の契約したノワールさんは……その、不可抗力で見てしまったとは言えれっきとした男性。

周りに驚かれたり、好奇の視線に晒されてしまうのは仕方がないとはいえ何故ノワールさんだけ擬似娘の名を冠するのになのか、という疑問が頭から離れない。


「……う~ん…ん~……はぁぁ…。考えても今は何も分からない、が出せる結論ですかね…」


「あの、真琴さん真琴さん……ボクは、今から地下に行って何をするんですか?」


「……そんなに不安にならなくても大丈夫ですよ。やるのは簡単な的当てゲームですから」


 ノワールさんのサラサラな黒髪を手櫛で梳いていると、ポーンという電子音と共に下降が止まり開いた扉から硝煙と汗の匂いが鼻腔をくすぐり騒がしい銃声と人の声が耳に入る。


「相変わらず煩くて臭い……ルーフェイさんはよく平気な顔でいられますね」


「アハハ…備品のチェックに的の交換、支部にスカウトされること無くアテナから直々に配属命令出されたアイギスはやる事が多いですからね……慣れるしか無いんです」


 疲れた表情のルーフェイさんの後を不安そうに辺りを見回すノワールさんの手を引いて擬似娘用の能力練習エリアまでついて行く。


「さてさてノワール君。今からキミには30個の的を能力で壊してもらいます!制限時間は無いですけど、全部壊れるまで帰れないので頑張って下さいね!!」


「が…頑張ります!!だから真琴さん、見てて下さいね。これがボクの……貴女の契約した擬似娘の戦い方です」


「……えぇ。今後の為にもしっかり見ておきますね」


 影から漆黒の片手剣を創り出したノワールさんは剣先を地面に向けた自然な構えを取る。

ルーフェイさんがタブレットを操作して私と共に2、3歩下がるとノワールさんは現れた的目掛けて走り出した。







◇◆◇◆






「前っ!それ、からっ……右と左っ!!」


 ボクは真琴さんとルーフェイさんに後ろから見られながら次々と現れる的に影で作った剣を振るい、自分の影をトゲのように鋭く伸ばして破壊していく。ようやく破壊した的の数は半分を超えてきたが、どうやらこの的当てゲーム――いや、ゲームという建前の試験はここからが本番らしい。


「はぁっ…はぁっ……っ、次は泣き顔の人間の板と的って……そう言う事、だよね…」


 呼吸を整え、剣をしっかりと握り直すと体の左側に剣を構え、確かなイメージと共に振るう。影で作った剣を伸ばし、うねらせて後ろから叩き潰す様に的だけを破壊すると新しい剣を作って次の的に切り掛る。






 そうして30分後、動く的や小さな的、ホログラムとプラズマで衝撃が実際にくる化け物のてっぺんに付けられた的等々を破壊し終え、床の上に寝っ転がって荒い呼吸を繰り返すボクに真琴さんは冷たいスポーツドリンクを差し出してくれる。


「んっく…んっく……ぷはっ、ありがとう……ございます…」


「いえ、まずはゲームの皮を被った能力検査お疲れ様です。それと、騙すような真似をしてすみませんでした」


「いっ、いえそんなっ…気にしないで大丈夫ですよ真琴さん!!ボクとしても楽しかったですから」


 サッと頭を下げる真琴さんにボクがわたわたしながら大丈夫だと伝えるとゆっくりと顔を上げてくれる。


「えっと……ルーフェイさん、これでボクがやる事は終わり…ですよね?」


「えぇ!それはもうかんっぺきに終了しました!!来実さんと依頼を受けに行くのも良し、ここで少し射撃練習や能力練習をするのも良しですよ〜!!」


 満足そうな表情でタブレットとビデオカメラの映像を確認したルーフェイさんはまだまだ仕事があるのか、さっさとエレベーターに乗り込んで上の階へと上がってしまう。


「えっと、真琴さん。今から何するか予定あったり……します?」


「……そうですね。とりあえず、簡単な依頼をノワールさん主導で行ってアイギスとしての活動に慣れて貰いたいのでこの中から2つ選んで下さい」


 鞄から取り出されたタブレットに映された依頼のリストをスクロールしていき、本っ当に簡単そうな『依頼名:食材の買い出し』と『依頼名:私たちに勉強を教えて欲しいのだっ!!』を選択して真琴さんへと返却する。


「じゃあ、この2つの依頼を一緒にやってください」


「依頼ランク1が2つですね。受注しておくので早速買い出し依頼の方を済ませちゃいましょうか」


 選択した依頼を確認した真琴さんはぽちぽちとタブレットを操作して受注すると、ボクの手を取りアテナの近くにある巨大なスーパーマーケットに向かう為エレベーターのボタンを押した。







◇◆◇◆






「甘口のレトルトカレールーに牛肉、じゃがいもとにんじん、小松菜と白菜。それからインスタントカフェオレとわかめのふりかけ……これで全部な筈です。ノワールさん、重くないですか?」


「だ…大丈夫……です。こっ、この位…なんて事ありません…から」


 引き攣った笑みを浮かべ、ぷるぷると震える両手で買い物カゴを持つノワールさんに苦笑するとさっさと会計を終わらせて依頼者宅へと足を運ぶ。






「こんにちは〜。依頼を受けたアイギスです。ご注文された商品を届けに来ました」


「あらぁ〜!いつも助かるわアイギスさん。報酬はいつも通りに支払っておくわね〜」


 ニコニコと微笑む依頼者にノワールさんが箱詰めされた食材を手渡し、私がアテナからの報酬の振り込みを確認すると感謝の言葉を掛けられながら私たちはその場を後にする。


「……初めての依頼達成はどうでしたか?」


「あの人の役に立てて笑顔を見れた事が、たまらなく嬉しかったです!!」


 とびきりの良い笑顔を浮かべてスキップ気味に私の隣を歩くノワールさんに釣られて私も笑みを浮かべると、次の依頼の事を考えてかコロコロと表情を変化させる。


「真琴さん、ボク……勉強を教えるって言ったって何にも知らないけど大丈夫ですか」


「問題有りません。ついでに色々とノワールさんにも覚えてもらいます。だからまずは……第8支部に帰りましょう。きっとそこに彼女達が居るはずですから……」


 ただ――記憶の中で騒ぎながら愛銃の清掃を行うヤケに癖が強い3人の後輩アイギスが、あの頃と比べて変わり果てた私を見て軽蔑されないか。そんな不安を胸に抱きながらノワールさんの手を少し強めに握って私達は帰路を進んだ。

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