第2話 影の擬似娘
ガタン、ゴトン。規則正しい一定のリズムで揺れる電車のボックス席にやっぱり1人ぼっちな私は終点の東京湾を埋め立てて建設されたアテナがある駅に行く為に薄暗くなった外を眺めながら静かに過ごす。
「ママー!あの人テレビに出てきた人だよ!!サイン貰おうよ!」
「しっ、見ちゃいけません!殺されるわよ!!」
あぁ、子供は純粋無垢だ。テレビに出てきた私をアイドルか何かと勘違いしている様だが――うん、私は悪い大量殺人鬼。お母さん対応が正しいし…これもいつもの事なので特段気にする事は無い……。
そう自分に言い聞かせる様に目を閉じると電車の揺れる音に集中する。大丈夫…私はまだ折れない。まだ……やるべき事が、あって…………だめ、起き…なきゃ…。
寝ちゃいけない、寝たらまた苦しくなる…。なんて心の叫びとは裏腹に、精神的に疲れきっていた私は心地よい揺れと静かな音に波が引く様に意識が深い闇の中へと落ちて行った。
◇◆◇◆
「来実ちゃんっ今日から私が来実ちゃんとコンビ組む事になりました!!第1支部所属、財務担当の――です!これから宜しくねっ」
「…………はい」
あの頃はアイギスなりたての今以上に無口で、やっと……私の両親が失踪したのを受け入れ始めた頃…だったかな。秀才とかエリートと呼ばれる人達が集まる第1支部に所属する事ができて…これからアイギスとして頑張ろうってやる気に満ちていた。優しい先輩にコンビも組んで貰って…色んな事を丁寧に教えて貰って…………アイギスとしての活動が最高に楽しくて、最高にやりがいがあったのに、全部……全部が1つの事で崩れ落ちた。
『ゥチゥ、ケレスゥ、ウヂウッ!チセコト!ヤエヂロヤクゼテコチケニウ!!!サワストッ、サワストサワストサワストサワストサワスト』
「っ…………ごめん、なさい…ごめんなさい…ごめんなさいっっ!!」
今でも、ソレを殺した時の事を夢に見る。人間のとは掛け離れた言葉を口にし、施設を破壊し、逃げ惑う全ての生命を蹂躙する巨大な化け物の事を。悲鳴の様な咆哮も、生暖かく、どろりとした返り血を浴びながらソレの命を終わらせた瞬間も、そして全てを消し去る様に辺り一面を吹き飛ばした事も。……全部が呪詛の様に私に纏わり付いて離さない。
だって私は……およそ400人の
◇◆◇◆
「お客さん、お客さーん、ここ終点で、このまま乗ってると車庫に入っちゃうので起きて下さーい」
「ん、ぅ………ぁ…ごめん、なさい…降ります…」
戦術武装鞄の中身と相棒のUSPのマガジンを確認すると、目尻に浮かんだ涙を拭って足早に電車を降りるが――
「うっわぁ……雨、降ってきちゃってる…傘持ってないし、ここから支部まで走るしかない…か」
誰も居ない改札を私1人の靴音を響かせながら出ると、タクシーが1台も居ないざあざあ降りの駅を後に走り出す。
「はっ…はぁっ……こんな事になるんだったら…折り畳み傘の1つくらい、入れておけば良かった…」
後悔しても遅く、全身をびっしょりと雨に濡らされながら走る私は自身の体調よりもUSPが雨に濡れて壊れないかを危惧しながら第8支部まであと少しという所で、濡れた地面に座り込み浅い呼吸を繰り返す黒髪ポニーテールの少女と目が合い思わず立ち止まってしまう。
「…………なに、見てるん…ですか。…放って…おいて……どっか、行け…」
「……そう言われても、そんな所で座って風邪引いちゃいそうな人を見過ごせません。けど……もし行く宛てが無いなら、私の後ろを勝手について来て下さい。
閉店ギリギリに来たお客さんとして、おもてなし位はしますから」
白いフリルが付いたスカートタイプの黒い軍服を纏う少女は私の言葉に小さく頷きながらもよろよろと立ち上がりトパーズの様な綺麗な金色の瞳が私を見上げる。
「走りますけど…ついて来れそうに無かったら言って下さいね……」
「……分かっ…た」
トットットッ、タッタッタッ。私の走る音とついてくる足音が雨音に混じる中、会話なんて一度も起こる事なく明かりが付いて無い真っ暗な第8支部で足を止める。
「ふぅ……それではいらっしゃいませ、日本アテナ第8支部、人呼んで禁忌の館へようこそ。
……なんて言われても困りますよね、とりあえず…お風呂沸かしてくるのでここで待ってて下さい」
「………うん」
扉を開けて明かりを付けると普段滅多に言わない歓迎文句を口にしてみるも……うん、やらない方が良かったかな…連れて来た子すっごい反応に困ってるし…。
とりあえずびしょびしょのまま2階にあるお風呂を沸かしてマフラーとブレザーを洗濯機に叩き込むと清潔なタオルを手に来客者の元に戻る――ついでに濡れて重くなった戦術武装鞄は自室に放り込んでおく。
「お風呂が沸くまで少し時間が掛かるので、コレで頭とか身体とか拭いてて下さい」
「……ありがとう……。けど…貴女は…拭かなくて良いの?」
「私の事は気にしなくて大丈夫です。…代わりになんであんな所に居たのか…聞かせてもらっても良いですか?」
「………ボクは影を操ることができる擬似娘で、得意なのが剣を使った近接戦闘…。
だから……銃を扱う事が当たり前のアイギス共とは誰とも契約出来なかったんです。
…でもツンツン髪の男の人が……ここに来れば冷たくて怖いけど、すっっごい優しい人が契約してくれる…って教えてくれたから…来ました」
「ツンツン髪の男?まさか笹ヶ峰………いや、流石に無いか…。
それで、えーっと…契約する分には構いませんから…ちゃっちゃと済ませてしまいましょう」
その為アイギスを始めとした人間は擬似娘と
まぁ……私は
「えーっとナイフは…鞄の中か。取りに行くの面倒だし……ハサミでいっか。少し埃被ってるけど、落としたら使えるか…」
「……駄目っ!!…埃をかぶった汚いハサミで切ったら、絶対駄目です…。これ、貸しますから、その汚いハサミを置いて下さい!」
ぎゅっと決して強くは無い力でハサミを持った手を両手で握られる形で擬似娘に止められると、代わりに影の中から取り出されたナイフを受け取る。
なら後は迷うこと無く受け取ったナイフを左手の甲に滑らせる。鋭い痛みと熱が身体を襲うが、まぁ…これより酷い物を幾度と無く受けてきたから今更この程度なんて事ない。
「じゃあ…契約、お願いします。擬似娘の……「ボク、ノワールって言います!真琴来実さん!」ではノワールさん、改めて契約…よろしくお願いしますね……」
「はいっ!こちらこそよろしくお願いします真琴さん!」
私の左手を取ると手の甲にキスをする様な自然な動作で血を舐め取るノワールさん。随分と様になってるのは――多分格好故だろうなぁ…。
「ふわ…へっ、くちゅっ……」
「契約も済んでひとまず安心出来ますし先にお風呂に入って来て良いですよノワールさん」
「あっ…ありがとうございます真琴さんっ…」
寒さを思い出した様に震え出す身体を両手で抱きしめるノワールの手を引いて2階にあるお風呂場へと案内すると私は自室に篭って少し乱暴に扱ってしまった相棒達をメンテナンスし始めた。
◇◆◇◆
「真琴さん……真琴…来実さん。ふ、ふふっ…ちょっと怖くて冷たい人だけど……優しい良い人だったなぁ」
暖かいお湯が張った浴槽に肩まで浸かりながらボクはパートナーとなった人の姿をもう一度思い浮かべ、ツンツン髪の男の人から言われた言葉を思い出す。
「真琴さんはすっごくクールで、周りから邪険にされるけど初対面だった筈のボクも助けてくれる程優しい人――だからその反面、無理とか無茶しがちだから……助けてあげて欲しい。だったよね…」
真琴さんはこの拠点の事を禁忌の館って言ってたし、街を歩く普通の人もアイギスの人達も真琴さんの事を煙たがる様にあまり話題に出そうとしない。
「あのツンツン髪の人は例外として……皆が真琴さんを嫌いになるのなら、ボクは絶対に味方でいないとね!」
湯船に波紋を広げながらそう意気込むと、布の擦れる音と静かな扉の開閉音と一緒に真琴さんがバスタオルで前を隠しながら入って――入って来てる?!?!?!
「……銃の整備も終わったので…ついでに一緒にお風呂入らせて貰いますね…」
「なっ…ぁ……真琴さん!?なっ、なななっ…何で入って来てるんですかぁぁ!!」
「……契約した同性の擬似娘と親睦を深める為に一緒にお風呂に入るの…そんなに嫌でしたか?」
「……どう…せい……?」
えぇーっと……待って、落ち着け。落ち着くんだボク。真琴さんは紛う事なき女性で…同性とお風呂に入るのはアリって言ってて、ボクの性別は――で、つまり…真琴さんは――
「……えっと、あのぉ…ボクの事、女の子だって…思ってます?」
「え、違うんですか?
フリルが付いた可愛いスカート履いて声も高いですけど……その、可愛い部類の男性だったんですか…?」
こくり、と真琴さんの言葉に頷いて答えると彼女は急激に顔を赤らめ声にならない悲鳴を上げながらクルッとボクに背中を向ける。
こうして見た真琴さんは耳まで真っ赤になったどこにでもいる普通の女の子で凄く可愛い。
「えっと、その……ぼっ、ボクもうお風呂から上がりますから!」
「……いえ、親睦を深めようと提案したのは私ですので…せめて、その…お話ししながら背中を…流して貰えませんか」
影を操ってボディソープを引き寄せると湯船に触れてしまわない様に気を付けながら真琴さんの白い背中を泡立てたスポンジで優しく擦る。
「……なら、1つ聞いて良いですか」
「…答えれる範囲なら、何でも良いですよ」
「じゃあ、見ず知らずの人も助けるくらい優しい真琴さんが、どうしてあそこまで色んな人に罵倒されなきゃいけないんですか」
「それは…その………まだ、言えません…」
身体を縮こませ小さく身体を震わせながら首を横に振る真琴さんを前に特大の地雷を踏んだ感覚に陥りながら、お湯のシャワーでゆっくりと背中を洗い流す。
「洗い終えたので…ボクは先に上がっておきますね」
「ん、分かりました。1階のリビングで待っててください。そのうち行きますから」
とてつもなく重く張り詰めた空気になってしまった事を後悔しながら、なるべく真琴さんの身体を見ない様にゆっくりと浴室を後にした。
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