雪鬼のアイギス
みきにゃんにゃん
第1話 西暦2510年:日本
けたたましく響く施設の警報音、床を覆い尽くす程に横たわった人間と地球の善性によって産み出された新しい種族
景色はガラリと変わり、そこは明かりの一つも点灯してない真っ暗な取調室。部屋中に響き渡る怒号に悲鳴、慈悲のカケラも真実もなく少女に繰り返されるのは無限に思える程の長さの罵詈雑言と暴力の嵐。
そんな中、少女は光を失った虚ろな瞳で出口の扉を見つめーー
「ッ…ぅ……あぁ……また、あの夢か…」
無機質な電子音を奏でる目覚まし時計を八つ当たりする様に止めると、2度寝に誘ってくるベッドから起き上がる。姿見を見ながら寝癖がちらほらと見える雪の様な銀髪を適当に櫛で解いたらクローゼットを開け放ち、特注で作った高校生が着る様な白のワイシャツ、黒のブレザーと赤地に黒と白のチェックが入ったスカートを着用する。
そうしたら今度はクローゼットの下段、物々しい雰囲気を醸し出す金庫に手を掛け指紋認証と暗証番号を入力して鍵を開けると相棒である拳銃『USPタクティカル』を取り出し分解して点検すると右腰に装備する。勿論だけど、なるべく拳銃が外から見えづらくなる様にブレザーを調整する事も忘れない。
私の名前は
そんな私は朝食を作るのを面倒くさがって経費で箱買いしたバランス栄養食を1つ口の中へと放り込む。栄養食なのでお世辞にも美味しいとは言えないソレを咀嚼しながらアイギスの必須装備である戦術武装鞄の中身を取り出しながらチェック。
「弾丸装填済みの予備マガジン5本と予備のサイレンサー…よし。人間、擬似娘用の手錠と拘束用のグラップルーガン…よし。応急処置セットに工具セット...スモークとスタングレードそれぞれ6つに折り畳みナイフ……よし、全部問題なし」
机の上に並べられた道具達を丁寧に鞄に収納すると、今度はアイギスを纏める政府機関――アテナから支給されたタブレットの専用アプリから依頼一覧を閲覧して簡単でそこそこ給料の支払いも良い依頼を数個受注する。
「……はぁ。それじゃ…今日も1日、頑張りますか……」
戦術武装鞄にベルトを通してスカートが落ちないようにしっかりと締めると腰の横の位置に鞄が来るように調節する。そうして出発できるだけの準備を終わらせると靴を履いて住居エリアの2階から、応接はもちろん作戦会議もできる1階へと足を運ぶ。
正直な所、外に出るのは凄く憂鬱で依頼も投げ出してしまいたいくらいだ。……けれど、そんな事をすれば積み上げてきたアイギスとしての全てを失うし、問いただしたい事も償わせるべき罪も、全てがパアになってしまう。
「…………そろそろ、行かなきゃ」
ここに人が訪れない事をいい事に本来は来客が使う筈のハンガーに掛けてあったスカートと似たような色、似たような柄をしたマフラーを首に巻き付けて口元を覆うと他の人が誰もいない一人ぼっちの第8支部を出る。
……とりあえず、最初の依頼をこなす為にアテナに行かないと。
◇◆◇◆
私が所属する第8支部からアテナまでは最寄りの駅から電車と徒歩を合わせて30分で着く程の近場なのはちょっとした自慢。だけどまぁ……支部が1人ぼっちなのと私に掛けられた冤罪のせいで小学生の虐めの様に私を目にした殆どの人間、擬似娘、アイギスがヒソヒソとある事無い事を噂する。
「……慣れたら…全然辛く無いけど、やっぱり…煩わしいな...」
周囲の音をかき消す様にブレザーのポケットから一世代前の携帯であるガラケーとイヤホンを取り出すと最新のニュースを閲覧しながらお気に入りの曲を流して揺れる電車内での時間を適当に潰す。
まぁ目的の駅に着いてからは徒歩だし……見た目が女子高生で夏前なのにも関わらずマフラー巻いてる
「本日アテナ内部での中学生見学の案内役依頼を受けた第8支部の真琴来実です」
「うわ……あっ、すみません……どうぞ」
アテナ内にいる事務を含めた所属者は皆決まって私の冤罪を知っている。まぁ冤罪と言っても、証拠不十分で不起訴になっただけで報道もされたしそれなりの取り調べも行なわれた。
けど世間はデパート丸々一つを爆破して中に居た存在全てを皆殺しにした奴が冤罪でした、なんて言われても怖くて警戒する。というかそれが当たり前の反応だから……
「仕方ない…のかな……」
渡されたカードキーを受け取るとモーセの海割りの如く私から離れてはヒソヒソ話をし始めたり、睨みつけくるアイギスが作ってくれた道を歩いて中学生が集まっている部屋に行く為エレベーターのボタンを押す。
「はぁ……あからさまに避けて…面倒くさ……小学生かよっての…」
「よっ、今日も朝からお疲れだな真琴。っていうかお前まだガラケーなのか!?いい加減スマホに替えたらどうだ?」
「余計なお世話です。第7支部の支部長…
「あ〜…ホラ、真琴って1人ぼっちの支部で避けられてるから調子乗った中学生共に説明遮られ無いか不安でさ。急遽俺が真琴のサポートって形で依頼を押し付けられたんだよ」
「……そうですか。一応…ありがとうございます」
ベルの音と共にやっと来たエレベーターに乗ると――って、私が居るからか全然乗ってないけど、狭く無いからこれはこれでいい。
結局、数える程度しか乗らなかったエレベーターは上へと動き出す。が、乗ろうとしている人が居る階に止まって私の姿を見るやいなや乗車拒否。
「……はぁ…」
「あ〜…えっと、お疲れ真琴」
「同情する位なら全員を矯正してもらって良いですか?」
「……スマン」
やっと目的の階にエレベーターが止まると私と笹ヶ峰さんはそそくさと降車して中学生が集まる部屋の前に辿り着く。憂鬱……だけど…仕事だから、やるしかない…。
そう割り切った私はカードリーダーにカードキーを滑らせ部屋の中へと足を踏み入れる。
私が入室して、笹ヶ峰さんが入室すると部屋の外まで聞こえていた中学生らしい賑やかな声や空気はシンっと静まり心做しか空気も少し重く感じてしまう。
「……それでは、本日社会科見学としてお越しになった中学生の皆様に現職アイギスへの質問コーナーと拳銃射撃の体験時間を設けています。質問がある方、挙手をどうぞ」
私がそう声を掛けると静まり返っていた空気は途端にザワザワしだし1人の男子生徒が元気な声と共に勢いよく手を伸ばす。
「はいはい!!じゃあ女の人に質問しつも〜ん!!」
「……どうぞ」
「なんで人殺しなんかが〜ここに居るんですかぁ〜?」
ゲラゲラと良くも悪くも子供らしい下卑た笑みを浮かべて聞いてくる中学生……だがまぁ、その位でキレる程私も子供じゃない。
「……たまたま、偶然、証拠が集まらなかったからですね。
……けど忘れない方がいいですよ。私は悪〜い大量殺人鬼……油断してると、大切な人…みんな消し去っちゃいますよ」
軽く圧を掛けながら脅してみると面白い位に怯え、引率の先生と笹ヶ峰さんに睨まれる。
ふふ…やりすぎちゃったけど……ガタガタ小鹿みたいに震えていい気味だクソガキめ。
それからというもの私を怖がってか普通の質疑応答を繰り返し、アテナの地下にある射撃スペースにゾロゾロと移動する。
「じゃあ最後、皆さんお待ちかねの射撃体験。
馬鹿がいない様に一応釘を刺しておきますけど……的以外、つまり私や他の人に銃を向ける事があるなら…私は容赦なく殺して止めますから…1人1発……緊張しながら楽しんで下さいね」
用意されたのはMP-446と呼ばれる拳銃一丁。中学生達は緊張した表情で握り、的を撃っては衝撃を受け切れず倒れ込む風景を後ろで見守る。
「真琴お前やり過ぎだ。中坊共が怯えてるじゃねぇか」
「ふんっ……調子に乗ってるから、市民を守り時には恐れられるアイギスとしての務めを果たしたまでです」
私の言葉に苦笑した笹ヶ峰さんと共に体験を終え楽しそうな表情を浮かべる中学生達を並ばせると変な事をしない内に早々とアテナの入り口に送り届ける。
これで…やっと1件、面倒くさくて……疲れた…。
「真琴、お前次の依頼は入れてんのか?」
「……入れてますけど、何ですか?」
「いや、俺まだ入れて無いから…手伝わせてくんね?」
「…………はぁ。どうせアテナ上層部から監視する様に言われたんですよね。なら堂々と監視された方が都合が良いです。報酬は……必要ですか?」
「違ぇよ、上から監視する様に言われた訳じゃねぇって。俺が暇だから個人的に一緒に居るだけ。だから、報酬は要らない…それで信じてくれ」
「…今はそういう事にしておきます。………では浮気調査の依頼に行きましょう」
笹ヶ峰さんは私が釈放されてから間もない頃に幾ら無視しても話し掛けて来た面倒くさ………いや、フレンドリーな人だ。嘘が下手でよく第7支部のメンバーにモテて男気があるって情報は仕入れてるけど、まぁ…こっちを害されない限り手を出す必要は無いかな。
笹ヶ峰さんがアテナから借りてきたバイクの後ろに乗ると私達は法定速度を守りながら浮気現場になりそうな場所へと移動した。
◇◆◇◆
「…………まさかまさかの、大波乱でしたね…」
「だな…。まさか、浮気の証拠を集めて依頼主に送信したら直接ここに殴り込んで来て喧嘩沙汰になりかけるとは…女って怖ぇ〜」
「まぁ……依頼主さんの気持ちは分からなくもないです。大切な人に裏切られるのは…何時だって辛いですから、殴り掛かってまで怒る気持ちも…分かります」
依頼主さんの女性を止めるのは――正直心苦しかった。同じ女だから、というのも少なからずあるが……裏切られる気持ち、私もわかるんですよね…。冤罪の犯罪者リーチの私にとっては裏切りは日常茶飯事……だけど、普通の人は信じれば信じた分だけ裏切られた時のダメージがデカイ。
例えば――ずっと、ずっとずっと一緒に居て、優しくしてくれて、育ててくれた両親に裏切られる…とか。あぁ…思い出すだけでイライラして…何もかもを壊したくなって……がむしゃらに依頼を受けまくっていた頃に戻りそう。
「……と。真琴…!!……おいっ!いきなり黙んなよ真琴!!」
「…え?あぁ……すみません。ちょっと昔の事を思い出してて………えっ、と…それで…今日受けた依頼はもう1つあるんですけど、笹ヶ峰さんの力を借りる必要は無いので…今日はありがとうございました」
「それなら良いが…気を付けて帰れよ。お前も一応可愛い女の子、なんだから…」
「……はぁ?……なに変な事言ってるか訳分かんないですけど、一応褒め言葉として受け取っておいておきますね」
ポリポリと頬を掻きながらアテナがある方向へとバイクで移動して行った笹ヶ峰さんを見送ると、とりあえず携帯を開いてタブレットと同期させてある専用アプリの受注依頼一覧を確認する。
『捜索依頼:迷い猫 特徴:三毛、ピンクの首輪 依頼状況:完了 詳細:庭にいつの間にか居たので依頼の取り下げ 違約金:アリ。第8支部の口座の振込済み』
「…………はぁ…つくづく付いてないな…私。帰ろ……」
パタッと携帯を閉じると空に浮かぶ黒い雲が泣かない内に帰るため、少し足早に最寄りの駅に向かって駆け出した。
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