第三十六話 浮気といわれりゃあ

 はっきり言うと誰かを国賓と招くという真似はシャリュトリュース国でしか体験をしたことがない。

 しかも国王自ら接待するのだから、個人としては挨拶をして終わりなのだ。

 だからこそ、アトラエンテ伯爵などに学びつつ、手紙は嫌みなく謝罪の事柄を告げ、決行日は一週間後になり、必要なものを全て揃え、部屋も豪華とは言わずとも品のあるものいし、シャリュトリュース国と同じにしてみた。

「でも、レゼン様、誰がエドゥアルド王の相手をするんですか? まさかラフォン様やフロデル様とか考えてませんよね!? リッツは怒りを露わにしますよ!」

「……俺」

「浮気ですー!」

「謝って駄目なら、それしかないでしょう! しかも、こっちが出向くところを来てもらうんですよ! リッツさんだって分かってるくせに!」

 本当は無礼だと分かっているが、もし、あちらに行って「そうか、そういうことになっているのか、お前は帰らずともよいな」的な人だったらどうする。

 何を言われるが分からないがシャリュトリュース国から食べものを取り寄せ、芸ができるものを探し、あれやこれやと準備をすればあっという間に時間はすぎた。

 いやでも他のことをしなければならないのに、宴の準備とかロンダルギア王、色々と見せて頂きありがとうございました、とレゼンの中では一杯いっぱいである。

 だから、いっぱいすぎて、ちょっとばかり見えなかったことがあったのだ。


   *   *   *


 当日、国境から騎士団をつけてやってくるジュリア国の隊と迎えに行った隊に挟まれて、王都ハルタにやってきてくれたエドゥアルド王は、知命的な美丈夫とも言える威厳のある方だった。

「お初にお目にかかるジュリア国王エドゥアルド、お招き頂きありがたくおもいまする」

「現国王代理レゼンと申します。エドゥアルド王、ようこそいらっしゃいました」

 こちらへと赤絨毯と招き、急拵えの国賓専用の部屋に通し、

「お越し頂きありがとうございます。長旅でしたでしょう。こちらに果実などをご用意致しましたので、ぜひ」

 とレゼンが飲み物と一緒に差し出すと、若さに歳を重ねただけの美丈夫は、じっとレゼンを見つつ、

「私は、この国の現状を分かっておりませぬ故、この事態、何があったのかお教え願いますかな」

「もちろんでございます」

 レゼンは、一から順に事を話、今は自分が王の真似事をしながら纏めていることや

経済状況、何より、米についての謝罪を深く詫びた。

「ほう、レゼン殿、の方がよいですかな」

「そちらで、ただの空気なものですから」

「はは、では、レゼン殿はおいくつですかな」

 んー、来たー、と思いつつ仮面はそのままで、

「十八でございます」

「弟君がおられると」

「は、い、四つ下の双子の弟たちがおります」

「ほう」

 エドゥアルドは用意された果実を口に含みながら、にっこりと笑う。

「今日は夜になりましたら宴の準備をしております。それまで不肖ではありますが、私から色々とエドゥアルド陛下にお尋ねしたいことなど」

 できるだけ、ちょっと世間知らずな若者風を出しながら若さを見せたい。

 そんな感じでいきたかったのに、

「弟君ともご挨拶をしたいのだが」

 駄目だった、と思いつつ、この為に礼儀作法を学んだ二人が恥ずかしそうに、また恭しく、

「フロデルともうします」

「ラフォンともうします」

 と、幼さ全開で現れたら「ほう」と隣から聞こえてきた。

 この日の為に十四よりは、ちょっと上に見える形にしたかったのだが、失敗した。

 もう呼ばれたら代わりに行こう、兄だもの、と心に決めレゼンは二人をそばに座らせながら、できるだけ国のこと財政のことやら言っていれば、

「フロデル殿、ラフォン殿は何を学んでいらっしゃるのかな」

 兄の隙間をぬって双子に話しかけるのだ。

「えっと、今はまほうについて、ふかくまなんでいるところです」

 フロデルは一生懸命応えてくれるがラフォンが口にしたのは、

「にわの、はなをせわが、すきです」

 という優しい話だった。確かにリッツと懸命にしていたが「学ぶ」という機会がなかった二人には無茶ぶりな話だろう。

「二人とも座学というよりも自分たちの好きなものを学ばせています。いずれ、この国は王政ではなくなります。なら、自分が好きなものを学び、私と一緒に旅などでもするかと」

「ははは、いいですな」

「……フロデルは魔法というよりも仕組みや使うことでおこる現象が好きなのです。ラフォンも使用人と一緒に中庭の花の手入れが。二人には自由に生きて欲しい、兄として、そう考えております」

 隣に座る二人を見ながらレゼンは、国を説明する時よりも柔らかく二人を紹介した。

 二人と旅もしてみたい。とにかく外の世界を知ってほしいのだ。その為ならなんでも出来る。レゼンはそう思っている。

「さて、部屋でひと休みしてもよいですかな」

「ええ、こちらです。夜には細やかな宴を用意致しましたので、それまでお休みください」

 エドゥアルドは腰を上げて立ち上がるとレゼン、フロデル、ラフォンと見て、にっこりと笑い、部屋へと案内されていった。

「フロデル、ラフォン、この兄が守るからな」

 二人の肩を抱きながら、ぐっと決意する。

 それを双子は顔を合わせて気合いをいれている兄を見ていた。


   *   *   *


 夜、それは衝撃を持ってきた。

 剣舞にトバック兄上と踊り子にラズリルがいたのである。

 酒は口の端から垂れるし、双子は剣舞に夢中なようで嬉しそうではあるが、ラズリルの顔が明らかに「知ってるぞ」と言っていた。

 そうだよなあ、お前の私兵もいるんだもんなあ! と思いつつも、久しぶりに会えて嬉しい気持ちもレゼンにはある。

 宴も佳境に入ったところでエドゥアルドが「ラフォン殿とフロデル殿のことをもっと知りたいのだが」と切り出されて、ラズリルがいるけれども兄が行かなければなるまいと心を決めて、夜の寝室に訪ねると、

「やはり、兄君が来たか」

 と見越したエドゥアルドの声がした。

 彼はもうベッドの上で、ゆったりと座っており、くつくつと笑っている。

「こちらに来なさい」

 逆らえないような低い声に導かれてベッドの上に乗ると、ふんわりと良い匂いが、辺りを包んでいた。

 お香だというものは知っていたが、こんなに頭が蕩けてしまうものなのだろうか。

「男になりかけの君を摘むのもいい」と言われて、はっと気づいた。

 とん、とエドゥアルドの胸を押して後ろに下がる。

「申し訳、ありませんっ、その俺には心に決めた人がいるんです。いけないと知りながら、しかし弟たちに、またこんな思いを――」

――させるのも、と言いかけたところで、

「しつれいいたします」

 という二つの声が聞こえ、扉からラフォンとフロデルが顔を出す。

「あにさまは、こういうのがにがてなのです」

「だから、ぼくたちがおあいてします」

 とことこと歩いてベッドに乗り上げると、すぐさまエドゥアルドの腕の中に入り込み、身体を擦り付ける双子を見て、レゼンは二人を抱き抱えて飛び退いた。

「あにさま?」

「へいきだよ?」

「お前たちが平気でも兄は平気じゃないんだ。もうこんなことをさせたくない」

 震えるように声に出して、レゼンはエドゥアルドに謝った。

「やっと二人は解放されたのです。お願いします。身体を暴くというのならば、俺にしていただけませんか。心に決めた人はいます。ですが、この子たちを、ならば私は自分を差し出します。恋人に不義理であっても」

「……はっ、はははは」

「え?」

「くくくっ、そうか、そうであったか」

 エドゥアルドが笑い、何かと三人で見ていると、

「前の間者の話では双子が、まあ酷い目に合わされていると聞いていたのだが」

 ふう、と彼は三人を見ながら、

「途中で手練れの間者が来て情報がままならなくなったと戻ってきたのは、いつだったか、情報はちゃんとしたものではなかったな」

「エドゥアルド殿?」

「私はな、酷い目にあっているという子らを、色と名付けて人質にしているのだよ。本当なら双子のフロデルとラフォンを貰い受けるつもりだった」

 そしたらなんだ、兄が来るではないか、とエドゥアルドは笑う。

「その覚悟に本当のことを言おうとしたというに、本当に双子もきてしまうとは、なんだ? 四人で興じるか? それでも私は良いぞ。お前たちの見目もいい、乱れる姿はみたいからな」

 レゼンは石のように固まったが両脇は柔らかいまま疑問符を浮かべている。

「添い寝でもいいぞ」

「あにさま、そいねでもいいって」

「いいよね」

「よくないです!」

 兄弟問答にエドゥアルドは大笑いして「今日は独り寝がしたい。いいかな」と断ると三人を部屋から出した。

「は、はぁああぁ」

 ぐったりとすると双子が、

「だめだった?」

「こうじゃなかった?」

「兄は、そういうことがないようにしたかったんです」

 そう言っても二人は疑問に思うばかりのようでレゼンは情操教育を頑張らねばと、顔を上げた。

 何故なら靴音がしたからだ。

「ラズリル……とトバック兄上」

「あっ、けんぶのひと!」

「ほんとだ!」

 双子はトバックの方に行ってしまい、レゼンは起きると無表情なラズリルを見る。

「弟たちが指名されたので、浮気と分かってましたが行きました」

 叩かれる予想もしていたが沈黙は流れて、顔を上げると、むっすりとしたラズリルがレゼンの顔を挟んで深く口づけた。舌がくねり、これから「する」時のようだ。

「ぱぁっ」

「ラ、ラズリル」

 双子が「わぁ」「きゃぁ」と言っているのをトバックが「あっちで剣舞見せてやるからなあ」と連れて行ってしまった。

「どっか空き部屋、ないの」

「一番近いのは俺の部屋です」

 連れて行って、とラズリルに命令されて、怖々と歩いて行く。

 ラズリルが本気で怒るところを見たことがない。いつもは拗ねたりするだけで、時間が経てば治るのだが、これは駄目だなと思いつつ、

「こちらが俺の部屋です」

 のっしのっし歩いて行き、ベッドに座ると、

「座って」と目の前の床を靴で叩いた。



――37話は非公開です。

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