第三十五話 招待しましょう

 朝になって、両腕に弟たちがいることを確認してレゼンは笑う。

 久しぶりに、ゆっくりと寝れるのか双子はぐっすりと起きる様子もない。

 起こさないようにベッドから降りると作ってくれた上着を着て、慌てて持ってきただろう。鏡の前で自分を見た。

 顔を洗いたいな、と二人を残しておくのはな、と比べていたところで、扉がノックされる。

 トゥーベかと思って「誰だ」と怒気を含む声を出すと、

「レゼン様! レゼン様! リッツです、リッツ!」

 はい!? とつっかえ棒を取り外すと本国にいるはずのリッツが、にっこり笑いながら立っていた。

「ほん、本国にいたのでは!?」

「出張してきましたー。はい、お水です」

 布もどうぞ、と言われて水を飲んでから、洗面器の水で顔を洗うと、どうして、と顔に出す。

「いやあ、個人で来たんですよ。個人。一回はぶっ壊れてる国を見たいなあとか思ったりして」

「バウンド兄上の差し金じゃないんですか」

「差し金って! 違いますよー、こう旅行したい人ー! みたいな」

 リッツは手を上げて、にへへと笑う。

 結局のところバウンド兄上の私兵が加わったのだ。ならもう、大体の使用人や街や村に十二分と手が回っていることだろう。

「あちらが双子のフロデル様とラフォン様ですね」

「ああ、今起こす。リッツの顔を見せないといけないからな」

「いやー、そんなー、世話係登場だなんてー」

 この王宮は一人、二人と人が増えたり減ったりしても気にしないのか。

 それとも誰かが減らし、また誰かが供物のように増やすのか。腐っている。

 思いつつ、二人を起こしているとリッツはにっこりと笑い、違うトレイを見せる。

「で。ですねえ。こちらをどうぞ」

 そこには月桂樹の王冠があった。

 

 朝食の場に豚たちが居たが、

「父上、母上、謁見の間に行きませんか。そこに王冠があるそうです」

「謀反か!? 謀反なのか!」

「俺も今知らされました。とりあえず謁見の間にいきましょう。そこに犯人もいるはずです」

 素直に謁見の間に行き、扉を開けた瞬間、ざわざわしていた空気が一気に沈黙する。

「さあ、玉座に座ってください」

 二人を座らせて、レゼンは階段を降りると隠し持っていた王冠を自分の頭に乗せた。

「なっ、レゼンッ!」

「今から国王、王妃、他の大臣、貴族、村々の法廷とする! 我が名はハルタ国が第一王子レゼン・ハルタ! 私に付き従うものは前へ出よ!」

 謁見の間に大きな声が響き渡る。それにすぐさま鎧を着た兵士や大臣に貴族の一部あとは使用人の一部が前に出て膝をつく。賛成したものらは多くはない。

 それは想定していたことだ。

「これまでとする! 我が法廷はハルタ国現国王リットン、王妃ギルダの審判から始まる。かの王たちは財をほしいままにし、現国民たちから税を徴収し、私腹を肥やすままに生きてきた。我が目には十年間以上の間、この二名は民の血を流させてきた! よって両名を幽閉し、のちに流刑する! 兵インガルとその部下は二人を牢へ!」

 大声で大げさなことをいうのはラシャ兄上を思い出すなとレゼンは思いつつ、今いるものたちの罪状を述べて全てのものたちを牢に入れていく。

 村の村長らは呆然としていたが、野盗となってないかぎり処罰はしなかった。

 もちろん、逃げ出すものも、情状の酌量の余地をと嘆くものもいる。

 そんなの知るか。お前たちが壊したのだろう。

 渡されていたが、すでに頭に入っている資料を基に口は勝手に動いていった。

 すべてを終わらせたのは昼過ぎで、流石に味方についてくれていたものたちも疲れの顔になっている。

 バカみたいな王冠を外して投げ捨てるとアトラエンテ伯爵と部下たちがけらけらと笑い出した。それが伝染して皆笑い、

「あー、これからですぞ、レゼン

「わかっている、アトラエンテ伯爵、五等爵の管理を頼む。突然、父が捕まったなどがありえる。残党は俺が……私の兵が行おう」

 伯爵の中でも義を貫いていた彼を指名し、軍の中でも唯一残っていたヤフヤ師団長に声をかける。

「すでに貴方様の兵が捕まえておりましょうぞ。以前から何かと動きが違うものたちがおりました。もうそれで可笑しくなればそれでいいと思っていましたので」

 それでも逃げなかったのは、この国を想っていてくれたからだろう。

 笑いが収まりつつある時に「レゼン様、例の商人が割れました」と耳元でギェルイが言う。

 えっと振り向くと、ギェルイは「ぼくも旅行です」と言い、にこにこしていた。

 こんなにも手を貸してくれる人がいるのだから結局のところ、レゼンは人に恵まれたのである。

「一人でやるなんて、俺は傲慢だったな」

 そこからは今後の話し合いだった。

 特に村の代表たちに向けて、国が管理する食糧を渡すこと、税を作物の出来具合で減税すること、また希望者には王都への移住。五名ほどの読み書きができるものを派遣して、それぞれ村の中で話し合うこと。

 また爵位持ちの者たちには、その手伝いと村の合併などを依頼した。

 この大捕物で領地を持つものは驚きのことだろう。

 ラズリルら他の兵士と元々の国の兵士を使って伝達をし、早急にやりとりができるよう頼んだ。

「市議会の形になるのは時間がかかるだろう。なんせ、皆同じ舞台に上がるのだからな。不正だってありえるだろう。そこを私が監視しする。なにせ兵には困らん」

 レゼンは締めくくると「国作り」が始まった。

 そして問題は、

「ジュリア国か」

 奪った執務室の中でレゼンは、とんとんと指を動かしながら悩んでいた。

 すでに商人は捕まえ、尋問済だ。ついでに豚共の話を聞いたが、おおよそ考え得るものだったので、すぐに切り替える。

 王宮と王宮の繋がりなのだから、それはそれは信頼があっただろう。

 しかし義を重んじるエドゥアルドが違法に作っていた米を知れば戦争は行かずとも何かしら要求される可能性がある。

 金なら、今のところ余るほどあるので渡せるが、期限付きの要求だと、はっきり言おう、ラズリルに会える時間が延びるのだ。

 そんな悩む時はリッツといるフロデルとラフォンのところに行くのが心の癒やしになり、三人が様々なことをしているのが嬉しい。

 フロデルとラフォンの服は、事情を知ったリッツが憤慨して、余計なものは全て捨てて仕立屋を呼び、まずは十着ほど購入して満足そうにしている。

 もっと買うと言っているので金の糸目をつけなくて良いぞ、と言っておいた。

 そしてギラギラだった王宮も綺麗にすることに成功。いらない壺も絵も、行商人に売り払い、逆に作物などを用意して貰って、まだまだ貧しい村々に送ることも成功している。

 学校を再編成し、病院を拡大し、王都だけでもやることが多かった。

 やはり、何年もかかるだろう。

「ギェルイ」

「はい」

「あの日は決まったか?」

「いつでも」

 それは流刑となる豚の話だ。最悪、不正していたのはコイツらです、と差し出す材料になるかと思ったのだが、そんなの貰ってもジュリア国に得はない。

「ギェルイが中心となって、えーと、どこだったっけ」

「そこらへん、人任せですよね、陛下」

「ああ、ダスト島か。よろしく頼む」

「処刑という声もありますが」

 それに、ちらっとレゼンはギェルイを見た。

「簡単に死なせるより、食うものがなくなって嘆く姿を想像する方が何倍も楽しいだろ」

「そういうところは怖いですね。わかりました。近日は船を出します。あとそのセリフも噂で流しておきます」

「よろしくお願いします、と」

 ジュリア国以外の仕事を終えて、ふうと身体を伸ばす。

 予定では、ここも取り壊して議事堂にするつもりだ。

 ラズリルが遠のくなあ、とレゼンは思いつつ、外を見る。

 ここはまだ空気が重い。早くとは行かずともできるだけ、国民には安定した生活をしてほしいのだ。

 こんこんとノック音がして「どうぞ」とレゼンは答える。

 今さら暗殺者が出たところで何も変わらないのですっきりした声で言う。

「アトラエンテでございます」

「入れ」

 そこには断罪の日――と言われているらしい――から変わらずのアトラエンテだった。なにか? と顔をすると、

「お耳に入れたいことがありまして」

「なんです?」

 アトラエンテに椅子を勧めて、自分も座ると何かと居住まいを正す。

「ジュリア国についてなのですが、もしかしたら戦はせども人質は寄越せと言ってくるかもしれませぬ」

「その心は?」

「まず、こちら側から義を裏切っておりますからジュリア国に利がございます。何を要求するか、と言いますと。エドゥアルド国王は色の強い方で。若い者が好きだと」

 あー、とレゼンはソファに背を預けた。

「金で解決するにも限界がございます。また米の値は法外なものでしたから」

「つまり、フロデルかラフォンを寄越せと」

 はいとアトラエンテは頷き、

「なぜ今だ?」

「そろそろ米の仕入れ時期です。渡せなかったならば理由を述べねばなりますまい。それにこの革命の話もあちらに伝わっているでしょう。まだ連絡がないのは、こちらから連絡しろとの意思表示ではないでしょうか」

 ふうとレゼンはため息をつくと、ぐっと身体の力を込めてから力を抜いて、

「エドゥアルド王を我が国に招待しよう」

 と言い切った。


 

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