第十二話 あれ寝るのですか?

 と、言葉にされる度に、ざわざわとしつつ、ふいとラズリルが離れた。

「ラズリル様、レゼン様、リーヴ様のところにいらっしゃったのですか?」

 聞いてきたのは使用人の一人だ。乾いている洗濯物を持って、にこやかに笑っている。

「え、ええ」

「最近はご兄弟も帰ってきていると聞きましたよ」

「都合が良いだけだけだと言われますが」

「そうだよー! でも、みんな集まるのは嬉しいよね。お仕事頑張って!」

 レゼンは笑いを作り、ラズリルは手を振ると、その使用人は「では」と腰を下げて去っていく。

 ちらりとラズリルを見た。

 何も変わらないように見える。

「なあに?」

 レゼンの視線に気付いたのか、ラズリルは首を傾げた。

「いや、本当に、離すんだ、と」

「……抱きついたままがよかったー?」

 あはは、と笑いながらレゼンの周りをくるりと周り、にやにやしながら、

「恋しちゃった?」

「んなッ、ま、いや、その」

 すっとラズリルの目が細められる。

「いいよ、ゆっくりでも。最終奥義があるからね!」

「はっ!? なんだそれ!? やめろよ!? 絶対やめろよ!?」

「レゼンしだーい」

 紙束を持ちながら歩く姿は軽やかで、何か腹の底に抱えているようには見えない。

 でも、あるのだろう。

 レゼンへの好きという「恋心」が。

「先に執務室に行っちゃうよー」

「待てって!」

 レゼンから見てこれが日常だった。ラズリルに振り回されて注意して「家族」だったのに。

 ふるふると頭の中でレゼンは「家族」を打ち消した。

 白い髪が走るから跳ねている。身体も細くて少し心配してしまう。それでも仕事ができてすごくて自慢の兄弟のようで。

「走るな! 転ぶぞ!」

 そういや、こうしてるとラズリルは転ぶ。嬉しそうに笑いながら転ぶのは、好きなレゼン戯れていたかったからだ。

 そして転んでもレゼンは慌てても、仕方ないという顔をする。

 ラズリルは、その顔が好きだ。

 とても、好きだ。これがもっと違うものだったらどうだろう。大袈裟に慌てるだろうか、仕方ないと笑うだろうか。

「レゼン、大好き」

 一歩離れていた身体を戻してラズリルはレゼンに抱きついた。

「ばっ、やらないって約束だろ」

「えへへ、やっぱ抱きつきたくなるんだもん」

「もん、てお前なあ」

 今日のレゼンはあまり抵抗しない。口では言うけれど身体の触れ合いに何も言わずラズリルの好きなようにしてくれていた。

 二人の小さい頃はどうだったろうか。

 あまり感情を見せないレゼンに、ラズリルは色々と地図や図書や剣の稽古や魔法についても話した気がする。

 ラズリルは、そうだ、と思い出した。

 一番反応したのは、

「今日もがんばったからレゼンのベッドで寝る」

「しょうがないな」

 小さいレゼンは朝になりベッドの中にいたラズリルを見て悲鳴をあげたのだ。

 もちろん、響き渡るほどの。

 ラズリルはキャト・リューズに怒られた。どのぐらい怒られたかと言うと「ダム建設にわたり必要経費と村人たちに対する対価」という課題を押し付けられた。

 でも、ベッドの事件があってから、レゼンは少しづつ変わっていったと思う。

 使用人に対して怯えるそぶりをしなくなったし、ロンダルギアやキャト・リューズ、兄弟にも自分の気持ちを話すようになり、そして間を置いてはレゼンのベッドに潜り込む。

 そうするとレゼンが声を上げる。

 やっと慣れたところでレゼンは「いい加減にしろよ、ラズリル」と名前を呼ぶくらいには仲は健全だった。

 健全、かあ、とラズリルは思う。

 小さい頃はよく分からなかったけど、幼いレゼンのベッドに潜り込んだのは、レゼンにもっと楽しいと思って欲しかったからだ。

 こんなにも色々と楽しそうなのに、レゼンの顔はぴくりとも動かないから。

 後悔してない。そこから「家族」になってしまっても後悔してない。

 この気持ちも、とラズリルは胸に手を当てた。

「はあ、もうちょっと落ち着きを持てよ」

「ごめんごめん」

 これから午後の仕事を始めて夕方には片付くだろう。そこからバウンドのところには行けない。

 やはり明日か。と二人は心で決着をつけて、今日の業務に励んだ。

 そのあとにラズリルはレゼンの為にやっていたハルタ国の資料をロンダルギアに渡しに行き、そのまま夕食を食べて、一日が終わるはずだった。

「なんでいるんだ?」

「え? 一緒に寝るって言ったじゃん」

 レゼンはシャワーから帰ると、ベッドの上には寝間着のラズリルが座っている。

「ふー、はー」

「どうしたの吸って吐いて」

「俺が甘かった」

 レゼンの中で色々と解禁したものの、これは、まだ、ないだろう。

「あー、もしかして、寝てる時に忍び込んでほしかった?」

 それがいつもだもんね、とラズリルはご機嫌に身体を揺らす。

「今日は僕が寝かしつけてあげる」

「……ここから出て行けという選択肢はないのか?」

 ふっふーん、とラズリルは態度で見せる。

 こういったことは初めて? だったか? 少し記憶がぼやけていた。

 レゼンは、くらりとなりながらも、タオルを置いてラズリルの隣に腰掛ける。それが意外だったのか、当の本人が目を丸くした。

「なんだ。お望み通りだろ」

「はえっ、そ、そう、そう、レゼンは物分かりがいいなあ」

 二つの鼓動は高鳴っているのだが、それを知るすべが今のところない上に、お互いに知ろう知らせよう、分かろう分からせようと「必死」なのだ。

 あ、とラズリルは言って自然に見えるよう口づけした。

 ただただ唇を合わせるだけの淡いもの。

 目を瞑ったラズリルの瞳がふるふると震えている。こんなの何度もしたのに、心に余裕がないよ、とラズリルは思う。

 今まで、どれだけ簡単にしてたっけ。

 ふと目を開けるとレゼンは瞳を閉じて受け入れてくれている。

「ん、だいすき」

「分かってる。満足したか? 満足したなら寝るぞ。明日は早い」

 朝食、仕事、昼食、少しだけ仕事してバウンドの元に行く。

 頭に浮かべれば忙しくて仕方がない。

 布を捲り、レゼンは入ってこいと、隣に寝られるようラズリルの場所を確保してくれていて『はひ~なにこれ、夢!?』とぐるぐる考えてしまう。

「入れ」

「ん」

 そろそろと入り込むとレゼンは「いつも通り」なのに自ら腕枕をしてくれて、ラズリルの頭の中は、とろけそうになる。

 レゼンは考えてくれると言っていたけれど、ここまでしていて「家族や兄弟」と言われると『何か違う!』と叫んでしまう。

「じゃあ、寝るからな」

 サイドテーブルに置かれた光源の魔核を消して、暗い闇が訪れてきた。

 その間もラズリルはぐるぐると頭を回していたのだが、今まで感じていたレゼンの温かみに微睡みを覚えて、うとうとしていく。

 寝たか、とレゼンは見てから、己の目を瞑り、今日を振り返り、また振り回されたなあと思いつつ、明日に向かって目を瞑った。

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