第十三話 冒険の前には?

 朝なのは分かっていた。

 ぴちぴちと鳥が鳴き、明るく暖かな空気が入ってくる。

 ただ顔を見ていたくてラズリルはレゼンの寝顔を見ていた。

 惚れた理由に容姿ではないのだが、恋をしていると何もかも素敵に見えてきて色々と我慢ができなってしまう。

 男らしい顔付き、長めの黒い睫、一本線を引いたような眉毛に、薄めの唇。ラズリルの身体よりしっかりした骨と無駄のない筋肉、そして大きな手と足。

 ああ、このまま口を重ねたってかまわない。

 しかし「考える」と言ってくれたレゼンに対して不意打ちは……。

 と、考えたときにラズリルは不意打ちでもしていたな、と思い出した。

 とりあえず今は軽くしちゃえ、と思い、唇を寄せる、が。

「好きだよな、口づけするの」

 一文字の唇が動いて、びくりとラズリルは腕の中で震えた。

 黒曜石の瞳が開かれてレゼンは、しっかりとラズリルの薄い空色の瞳を捉え、ふう、と横向きの身体を仰向けにする。

「起こしちゃった?」

 小っちゃくラズリルは言うと「バカ言え」とレゼンは言う。

「もう起きる時間なんだよ。お前、よく起きれたな」

 そ、そう? とサイドテーブルの時間核を見ると朝食まで三十分ほど早い。

「僕、お寝坊返上した?」

「一回きりでか?」

「うー」

 ラズリルは上半身を起こして顔をレゼンの胸に預ける。

 そんなに鼓動は早くない。

 もっとドキドキしててもいいのに、とラズリルは思うが、何か、何かレゼンの中で決着がついたのかもしれない。

 まだ「好き」とは言われていないので分からないが。

 対するレゼンは「何か余裕が出てきたな」と思っている最中だ。

 絡まる腕や手、不意打ちの口づけに「大好き」の言葉。

 そして「大切なものなら隠したいと思うのか」と。

 ラズリルにとって、主従のような関係の崩壊は怖かったのではないのだろうか。

 それが積もりに積もって、今回のハルタ国への帰還を予知していた。

 レゼンが、どこかに行ってしまうなら「大切なもの」を「曝け出そう」という。

 まだ、そこらへんは分からない。ラズリルが「大切なもの」をどうしたかったか、少しばかり強引だが「賭け」だったのかと思う。

「好き」だと伝えて拒否されたらラズリルは引く。

 少し強引なのは、怖いと言っているのではないか。

「ラズリル、着替えろ」

 右肩をつかまえて、遊んでいる胸の頭ごと起き上がる。

「お、おおう」

 強引ではないが、力強い動作にラズリルが声を上げた。

「今日は起きてるんだから、自分で着替えろよ」

 座り込んだラズリルを残してレゼンは立ち上がると、いつも通りに着替えつつ、横目でみると、もたもたと着替えるラズリルがいて笑う。

「ちゃんと着替えられるようになれよ」

「え?」

 ラズリルは、どきりとしてレゼンを見た。まるで別れるみたいじゃないか。

「どうした?」

「え、その、着替えられるようにって」

「いつまでも二人一緒に寝る訳じゃないだろ? お前がオウサマになっても俺の横にいるつもりか?」

「あ、そっち」

 ドキドキしていた心が冷静になっていく。レゼンの言うとおりオウサマになってもレゼンの隣にいるんじゃあ、変な噂とか出てくるだろう。

 変な噂って?

 もう着替え終わったレゼンを見ながら、ラズリルは将来も一緒にいてくれるという言葉に、特別な意味があるのかないのか、計り知れない。

 変な噂だって、流れてもいいはずなのに「変」だなんて。

 ラズリルは靴を履いて立ち上がる。

 いま、危ういことをしているのかもしれない。このまま自然に事を進めれば、これこそ考えていた親愛での「好き」で終わるパターンだ。

 落ち着け落ち着けとラズリルは悪い思考を振りはらう。

 あんなに無理やりでもレゼンを手に入れよう、と決めたのに、今さら弱くなって、どうするのだ。

 とんとん、と靴を爪先で調整してから、ぱちんっと顔を叩く。

「大丈夫か?」

 飛んできたレゼンの言葉に「大丈夫!」と答えていると、こんこんと扉が開かれ、朝の儀式が終わり、朝食も終わり、と、ここまでは順調だ。

「そういえば、お前の提出したハルタ国の件、父上は何も言わなかったな」

「あ、そういえば」

 高速で仕上げた「アレ」についてロンダルギアからは何も言われなかった。

 まだ見ている最中か? なわけがない。ロンダルギアも仕事が早い人だ。とっくのとうに目は通しているはずだ。

 二人して疑問に思いつつ、昼に向かって業務を続けていく。

 地方の情報に、動向、村の陳情書、ここはラシャの管轄で、一定期間に一度、報告書があがってくる。今のところ怪しい動きはないらしい。

 だが、これはあの村のことを聞く前の書類だ。

 問題が書かれていない以上、怪しいことはない。しかし、何かが起こっているのだから手紙を出したのだ。彼の報告を待つに早ければ明日ぐらいか。ラシャも仕事が早いほうで、妻のこともあるし、そこらへんは綺麗にしておきたいはず。

「ラシャ兄ちゃん、大丈夫かな」

 心配するほどではないが、変な取り引きだったらどうしよう、とラズリルは報告書を見ながら呟く。

「立ち回りが上手い人だから大丈夫だろ」

 印の押された書類をわけながらレゼンは言う。

 ふとラズリルの頭の中で、あの「変な貿易の書類」が頭をかすめる。

 ここでレゼンに対して口に出してもいいのだが、何も分からない状態で言ってもしかたがない。あとで斥候にお願いしよ、とラズリルは決めて心の隅に追いやった。

「もう少しで終わるぞ」

 そういわれて、ぱぁっと後継者様の顔が変わる。

「昼はとっていくか?」

「バウンド兄ちゃんのところって酒場なんだっけ?」

「いや、大食堂みたいなところだって聞いたな」

 そこで食べたーい、と口にしながらラズリルの手が早くなる。目の動きもいつもと段違いだ。くすりとレゼンは笑い、使用人を呼んで終わったいる書類を渡した。

 王族特有の服から、一般の冒険者が着るような軽い服装とローブを巻き、剣を持ちながら、楽しそうなラズリルの変身石は、彼を金髪に変えて、目の色は朱に肌も焼けたようで農民や冒険者と言っていいが、少しばかり目立つ格好だ。

 それにならいレゼンは白髪で青い瞳で色黒だ。こちらの方が冒険者だと言われるれれば、みなが「そう思います」と言うだろう。

 昔の変身石は髪色しか変えられなかったと聞いたが、今は髪や目の色に肌も変えられる。

 バウンドの「ギルド」は、中心街から少し離れたところにあって、簡単に一般人が近づけない仕様になり「用事がある人はそこに」という案内だ。

 バウンドが作った「ギルド」という場がなかった時は国の兵士や志願兵が、国の治安を守っていた。それでも森の魔物や犯罪者の処分に間に合わず、困っていたところにバウンドの「ギルド」が出来上がった。

 主に私兵を使いつつ、流れの冒険者や志願兵に居を与え、国を剣で守ると言ったところだろうか。それが軌道に乗れば、魔物狩りを中心としながら、国々を見て回り、異常がないか確認する。たまに余所からきた荒くれ者の対処もする。

 シャリュトリュースには監獄がないので、すべて追放という形をとっていた。

 復讐してくるものもいるが、それが「街」なら「街」に馴染んでいる近衛兵が対処する。犯罪者に対しては、酷い行いをしたものには指を切断したり、さらに極悪人であるなら惨たらしく腕を切ることもあった。

 言葉が通じないであれば、そうするしかない。

 逆に助けを求めているものに対しては「裏」をとって就職まで導く。

 だいたいは村が魔物に襲われて、国境を越えてきたものが多い。元いた国が何もしてくれないから、と。

 そういうことをバウンドの采配の下「ギルド」のメンバーは日々活動している。

 心が躍るのだろう。冒険と言うだけで煌めく目に、何度眩しさを覚えたか、

「レゼンはレンで、僕はラルね」

「ああ」

 大きめに作られた扉に手をかけて、ラズリルは思いっ切り開ける。

 からんからん、と大きな入室の音を聞いて、食堂でたむろしていた人たちがこちらを見た。

 知らない人は、なんだなんだと、知っている人は頭を抱えて、しかし、

「おう、ラルじゃねえか」

 台所から顔を出したがたいのいい男がラズリルに声をかける。

「こんにちは、おっちゃん!」

「おうよ」

「お久しぶりです」

 ここではとある地方から来ている「流れの冒険者」という設定だ。

「レンも久しぶりだなあ。バウンドに会いに来たんか」

 それに頷き、二階を見た。

「おう、二階にいるんだが、昨日がなあ、夜行性の魔物ってんで寝不足で寝てんだよ」

「じゃあじゃあ、お昼食べてないんだよね、なんか頂戴!」

「おう、席で待ってろや」

 ラズリルは人懐っこいところが人を呼ぶ。素直な物言いが警戒心を解いていく。

 その反対にレゼンは、しっかりしたところが「女性」にモテる。

「レンさん、久しぶり~、地方はどうだった?」

 さっそく色気のある女性がレゼンに声をかけるので、ラズリルが横目でムッとしたのが分かる。前よりもちょっと強めだ。

「ええ、そんなに変わったところは」

「今日は泊まっていくの?」

「いえ、街に宿をとっているので、そこで」

「あら、残念」

 女性は、にこりと笑い、それ以上は追求してこない。何故なら彼女はバウンドの私兵の一人なのだから。

 こうやって絡むのが好きらしく、レゼンのことも本気ではないものの、いじるのが好きらしい。

 昔は「えっ、あっ、その」とか初々しく言っていたのに、今や軽いかわし方を覚えてしまい、女性は嬉しそうにしている。

「ほいよ」

 厨房から出て来た肉料理はニンニクが効いていておいしそうだ。昼からこれか、とレゼンは思ったが、隣のラズリルは目を輝かせていた。

「いっただっきまーす!」

 と、ラズリルは食べ始めるが、レゼンは水を口につけながら、女性に「洞窟のことで斥候の方はいませんか」と聞いておく。

「いるわよ。そっち関連かしら」

「ええ、バウンド、さんが寝ているなら手間をかけさせたくないですから」

 わかったわ、と女性は一旦引っ込むと、少し奥でたむろしていた何人かに声をかけて、一人がやってくる。

「お久しぶりでござ、久しぶりだな」

 演技下手なのか、髪を掻いた青年は難しそうに言う。

「すみません、あー、で、なんのようだ? 笑わないでくださいよ」

 最後は、こっそり言ってくるものだからレゼンは笑ってしまい、青年に睨まれる。

「洞窟の件で。そこで見た碑文の文字がこの中にあるか教えてほしいんです」

 二センチはある書類の束を彼に渡すと「ひぇ」という言葉が聞こえて、さらに笑う。

「これ全部ですか?」

「本当はもっとあるらしいのですが、今はこれだけ、と」

 そこでコソッと「俺、新入りなんですよ。こういうのも慣れろって、何か大義名分ありませんか」とレゼンに言うので、仕方なく「第二王子のリーヴ様からですよ」と答えて、青年は、ほっとした顔で部屋の隅に戻っていく。

 と、こちらのやりとりが知られていたのか、ぽかりと青年は頭を叩かれる。

 笑いを堪えながら、

「レン、うんぐ、食べないの?」

「今から食べるさ、ラル」

 フォークとナイフを持って、分厚い肉を食べる。

 王宮のご飯とは違う野性的なうま味が、口いっぱいに広がっていく。

 こういうのも、たまにはいいんだよなあ、とレゼンは思いつつ、水と交互に食べていく。隣のあれは、もう半分以上食べて至福の時を刻んでいる。

 ちらりと奥の席を見たら、斥候部隊は頭を掻きながら、あれだそれだとやっているらしい。その間に「申し訳ありません」と思いつつ、肉に舌つづみを打った。

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