志賀 瞳美 01

『その発言は、傲慢だと思います。

 インターネットの誹謗中傷によって人が亡くなるかもしれないという事実を、忘れてしまっているのではないでしょうか。

 画面の向こうにいるのは人間です。ロボットなどではありません。

 ××さんと自分が相対して話している姿を想像しながら、ご自分の発言をもう一度見直してください。』


『幼い子供の虐待の記事を見るたび、とても心が痛みます。

 必要であれば法を改正し、社会全体でこの子のような子供を見守ってあげること、助けてあげることが、大事なのではないでしょうか。

 日本は先進国と違って里親制度が普及していないことも、要因の一つなのかもしれません。』


『先日、このロボットが家にやって来ました。

 反対派の方々の懸念も理解できますが、個人的には悪くない試みなのではないかと思っています。

 家政婦代わりではないと御堂教授は言っていますが、家事などで手が足りずに困っている時も役立っています。

 肝心な私の心を癒してくれているかどうかについては、若干の疑問が残りますが。』


 ――背後に気配を感じ、私はぎょっとして振り返った。

 椅子に座った私を、 『13イチサン』がじっと見つめていた。


「何。ノックぐらいしてよ、びっくりするじゃない」

 私は苦笑いしながら、椅子を回転させてイチサンのほうに向き直った。


「ドア、開いてたから」

 イチサンはそう言うと、部屋のドアのほうに顔を向けた。トイレから戻った時に開けたままだったのだろう。家に自分以外の人がいることにまだ慣れていないから、つい閉め忘れてしまう。


「ねえ、それって楽しいの?」


 私の前にあるパソコンを指しながらイチサンがそう言ったので、私は先ほどまでコメントを投稿していたWebサイトについて尋ねているのだと気が付いた。


 『Media Window』という名前のそのWebサイトは、日本中に知られている有名な検索エンジン兼ニュースサイトで、昼夜問わず多くの人々がアクセスしている。取り扱っているのはニュースだけではなく、カテゴリ別のユーザーの相談に他のユーザーが回答するようなページも存在している。


「楽しい……というよりは、やらなきゃいけないことみたいなものかな」

「仕事ってこと? お金がもらえるの?」

 食い気味に尋ねてから首をかしげるイチサンを見て、私はまた苦笑する。


 見てくれは高校生ぐらいだが、質問の内容はまるで小学生のようだ。成人並みの知能を持っているが知識はない、とはよく言ったものだと思う。某有名アニメの逆バージョンということか。


「報酬の問題じゃないのよ、必要だからやるの。……いい、イチサン」

 イチサンの両肩をつかみ、その目をまっすぐに見つめながら、私ははっきりと言った。


「あなたにはまだ想像できないかもしれないけど、世の中には悪い人がいっぱいいるの。いじめ、不倫、横領、暴力、殺人……。他にもあるし、一言で表現できないような罪もたくさんある」


「……つ、み」


 イチサンはきょとんとしながら、私の言葉を繰り返した。私は強くうなずいた。


「そう。悪い人がいるなら、その人を正しく導こうとする人も必要でしょう。もっと言えば、社会全体を正しく……なんて大それたこと、私にはできないけど。ただの主婦だからね。でも見過ごしていたら、私まで悪い人になってしまうかもしれない」


「どうして、瞳美ひとみが悪い人になるの? 瞳美が悪いことをするわけじゃないんでしょ?」


「それはもちろん、そうだけど……悪い人たちをはびこらせたのは私、って考え方もできるよね。その場合、無視していた私にも罪はあると思う。だから私はそうなりたくなくて、こうやってずっとインターネットを監視してるの」


「……じゃあ、瞳美にとって、罪って何なの?」


 私は少し考え、

「誰かを傷付けたり、悲しませたりすることかな。誰にでもあることかもしれないけど……人が深く傷付けられている姿を見たら、私は相手を罪人だと思う」


 そう言うと、イチサンはようやく納得したようだった。

 長々した説明を終え、私は大きく息をついた。少し疲れたけれど、面倒だとは思わなかった。イチサンの成長にとっては必要なことだ。それもすごく、大事なこと。


「これ、見ても良い?」

 私のコメントが映っているパソコンの画面をイチサンが指してそう言ったので、私はうなずいた。

 誰かに見られて恥ずかしくなるようなことは書いていない。自分の正直な気持ちを、胸を張って書いているのだから。先んじて興味がないと言われはしたけど、何なら夫の直弘なおひろにだって見てほしいぐらいだ。


 私の許可を得て、イチサンは画面を覗き込んだ。

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