ガールズトーク?
手早く片付けを済ませた蓮司が、貴音のどこか圧のある笑みに圧されるようにして去って行った直後。その姿が見えなくなった所で、二人の間に火花が散った。
「ガールズトーク、ねぇ………。ボク、着いて行くなんて一言も言ってないけど?」
「御堂君を引き止めず、そのまま帰らせた時点で話し合いに応じると言ったも同然ですよ。あぁ、もし門限などの問題があるとしても、ご心配なく。こちらの方から連絡しておきますので」
「………まぁ、特に予定も問題も無いし、生徒会長とは一度しっかり話がしたいとは思ってたけど。せっかく二人で帰れるところだったのに、ってさ」
唇を尖らせ、鼻を鳴らす。露骨に不機嫌そうな態度でありながら、その発言の端々からはまるで「邪魔が入らなければもっと進んだ事が出来ていた」と挑発するような態度が伺えた。
当然貴音が気づかないはずが無く、目尻が軽く痙攣する。
だがそれ以上表情を崩さずに、笑顔のまま口を開いた。
「それはそれは、邪魔をしてしまったようですね。ではその分、有意義な時間にしましょう。沼垂、お父様とお母様に客人を招くと連絡を―――」
「その必要はないぞ」
「ッ、お、お父様!?」
いつの間にか背後に立っていた博典に、剣呑な雰囲気が一瞬にして霧散する。
目を丸くした娘に微笑むと、彼は蒼の方を向き、軽く頭を下げた。
「貴音の、友人かな?私は西園寺博典。貴音の父だ」
「は、初めまして。西城、蒼です」
優しい声音に、しかし緊張した様子で返す蒼。
無理もない。博典は、纏う雰囲気から生徒会役員たちにさえ敬遠されていた貴音の父。特に意識せずとも、その立ち姿や所作の至る所に貫禄が滲み出てしまうような男。大抵の人は自然体の彼を前にしたとしても、気圧されてしまうのだ。
言葉に詰まりながらもなんとか返答出来ただけでも、蒼は賞賛に値すると言って良い。
なお蓮司はそんな博典から探るような視線だったり敵意だったりを向けられながら一切動じずにいたのだが、アレはそういう生き物だ(った)というだけなのでノーカウント。
「ところで、御堂君はどこへ?彼もここに来ていると聞いたが」
「御堂君には、先に帰っていただきました。………彼には聞かれたくない話が、ありましたので」
「ほう、聞かれたくない話か。なるほど?」
俯き、声を低くして答えた貴音に何かを察した博典が、口角を上げる。
「その話は、きっと私達にも聞かれたくないだろう。万が一という事もあるし、私達は少し時間をずらして帰る事にするよ」
そう言うと、彼は蒼に会釈して、そのまま去っていく。
二人は呆然とその後ろ姿を眺めながら、ポツリと呟いた。
「………移動、しよっか」
「………そう、ですね」
♡―――♡
西園寺家本邸、客間。
紅茶と茶菓子の準備が済み、男の従者が全員部屋の外に追い出されたところで、蒼が徐に口を開いた。
「良かったの?沼垂さんまで追い出しちゃって」
「構いません。それに、ガールズトーク、ですから。男性の方が居るのはよろしくないでしょう」
「………殿方、じゃないんだ」
「はい?」
「いや、なんでもない」
誤魔化すように紅茶を啜り、ポーカーフェイスを装う蒼。
貴音は訝しむような視線を向けつつも、本題に入る。
「まぁ、良いでしょう。―――早速ですが、西城蒼さん。御堂君の事、諦めてもらえませんか?」
「………それ、ボクが頷くと思う?」
「一億円までならすぐにでも出せますが」
「お金の話じゃないし。もしかして、ボクのこと馬鹿にしてる?」
「いいえ、そんな。言ってみただけです。私だって、どんな大金を積まれても諦めようとは思えませんし」
ははは、ふふふ、と笑いあう二人。だが、その目は全く笑っていない。
なお、不敵な笑みを浮かべている蒼だが、内心では「まさか一億円は自分で所有してるの………?」と戦慄していたりする。
「それと、もう一つ。これが本題なのですが、その………御堂君は現状、誰とも交際していない………の、ですよね?」
「え、何急に。当たり前でしょ」
想定外の質問に、思わず眉を顰める蒼。
蓮司本人は当然知らないが、彼の女性遍歴は既に帝黎学園の全生徒に知れ渡っている。
女子生徒はホスト気取りの彼が実際どの程度遊んでいるのかを知る為に。男子生徒は彼の好みを分析し、自分が気になっている人や恋人がどの程度危険なのかを知る為に、一時期大規模な―――と言うと少々大袈裟だが、それでも高校生たちが好奇心から個人的に行ったとは思えないくらいの調査が行われたのだ。
「まさかの交際経験なしに皆が騒いでたの、知ってるでしょ?」
「そう、ですけど………。その、それが知れ渡った後で………という可能性が、無いわけではないでしょう?」
「無いでしょ」
憮然とした表情でクッキーに手を伸ばす。
蓮司には意中の相手すらいない。それくらい、貴音であれば知っているはずだ。
だというのに、何故そんな不安そうに食い下がってくるのか。
瞳がぐるぐると四方八方を移動し、指先が絡められたり解かれたりとせわしなく動かされているその姿は、彼女の知る貴音からは想像もできない程情けなく………と、ここでようやく、貴音が不安がっている理由に思い至る。
「………もしかして生徒会長、ボクと蓮司が付き合ってると思ってる?」
「ッ!」
「そんなわかりやすく『図星です』って反応をされても困るな………」
肩を大きく震わせた貴音に、思わず遠い目をして溜息を吐く。
なるほど、呼び出されたのはそれが理由だったか。
真意を理解した彼女は、紅茶を飲み干し、小馬鹿にするように肩を竦めた。
「で?なんでそう思ったの?ボクと蓮司が、そんなにお似合いの二人に見えたかな?」
「いえ。―――花火の最中、御堂君が貴方を優先して、私から離れたでしょう?」
「え、それだけで勘違いしたの?」
「そ、それだけとはなんですか!!だって、『デートですから』って、真剣な目できっぱり遠ざけられて………!貴方達が戻ってくるまでの間、私がどれだけ不安な思いをしていたか!!」
身を乗り出し、感情的に叫ぶ貴音。脊髄反射で言い返そうとした蒼だったが、もし自分が同じ立場だったら、という考えが脳裏を掠めた為に口を閉じた。
―――もし蓮司が、他の女とのデートを優先して、ボクを突き放すような事を言って来たら?
『悪いな、西城。その………デート、だからさ』
「う゛ぅ゛っ」
「あ!今想像しましたね!これでわかったでしょう、そういう気持ちになると!」
胃の中身を全て吐き出してしまいそうな程の嘔気に、思わず身を屈めてしまう。
これまで
蓮司の性格上、そうなる可能性は極めて高いというのに。
「まぁ、安心しました。そうですよね。御堂君はまだ、誰の物でもない………チャンスは、いくらでもあると」
「………そうとも限らないでしょ。九条さんの件もあったし」
「九条さんの件………あぁ、『冷血姫』陥落、でしたっけ」
夏休み明け初日、玲香が
結局その後の玲香と蓮司のやり取りを見た生徒たちによって事実であると断定されたソレは、蓮司に想いを寄せる三ケタ台に及ぶ人数の女子達に凄まじい衝撃を与えた。
蒼のアプローチが色仕掛け多めになったのも、貴音が若干病んでいるのも、『冷血姫』陥落の噂を知ったが故という部分がある。
まぁ、生来の気質というのもあるが。
「噂は事実だった、と皆さんが話しているのはそれとなく耳にしていますが………本当なのですか?」
「本当も本当、大マジだよ。だって九条さん、わざわざボクの教室にまで来て『花火デートを譲れ』なんて言ってきたんだよ?」
「あの九条さんが!?」
信じられない、と大声を上げる貴音。
堕ちたと言っても、態度が多少軟化した程度だと考えていたからだ。蓮司を冷たく突き放している姿しか知らない彼女には、それ以上を想像できなかったともいえる。
それでも、どれだけ邪険に扱われようと熱心に話しかけ続けた相手に応えられたとあっては流石の蓮司でも堕ちてしまうのでは………という心配から焦っていたのだ。
それは彼女だけでなく、ほとんどの女子に言える事である。
「彼女、御堂君のことを毛嫌いしていませんでしたっけ………?」
「だから、でしょ。皆が騒ぎ立てたのも、ボク達が………こうして、焦り始めたのも」
「………言って良かったのですか?」
「隠したってしょうがないでしょ。互いにわかってるんだからさ」
蒼の視線が時計に向かう。
そろそろ終わりにしよう、という無言の提案に返答するように、貴音が小さく頷いた。
「―――そうですね。焦っていますよ。私も、貴方も、他の人達だってそう。つい先日、彼に言われたばっかりだというのに………綺麗に忘れて、不安になってしまいました」
「言われたって、何を?」
「『その焦りは、きっと生徒会長だけのものじゃ無い』………なんて。酷いですよね?誰のせいで焦っているのか、わかっていないんですよ?」
「それは何というか、蓮司らしいね………」
言っている姿が容易に想像出来てしまい、つい苦笑してしまう蒼。
彼女が立ち上がったのを見て、従者たちが扉の前からスッと移動する。
「じゃあ、もう帰るよ。初めて生徒会長と話したけど………なんだか意外だったよ。もっと厳格で怖い人かと思ってたから」
「………貴方にも、そう見えていたんですね」
「博典さん、だっけ。あの人ほどじゃないけどね」
項垂れた貴音を見て、蒼が笑う。
全生徒の代表として、堂々と大勢の前に立っている姿しか知らない蒼には、新鮮な光景だった。
「はぁ。―――今日はデートの邪魔をして、すみませんでした」
「へぇ、謝るんだ。てっきり『妨害なんて当たり前』くらい言ってくるものだと」
「仮に他人を妨害して、蹴落として彼の隣を勝ち取ったとしても、それは勝利とは言えませんから。他の人のアプローチを受けた上で、『貴音が一番だったよ』と言ってもらわなければ意味が無い。―――知っていますか、西城さん。恋愛は、交際成立で終わりじゃないんですよ」
「いや、知ってるけど。………もしかして『謀略を巡らせて勝ち取っても、魅力不足で略奪愛されちゃうよー』ってこと?」
「ええ。私に完全に惹かれてもらわない限り、将来への不安は拭えない。略奪の隙が無い程に愛し合う事。それこそが、私が私に課した勝利条件です」
凄まじいドヤ顔を披露され、何も言えなくなる蒼。
だが、その意見には一理あった。
そう。恋愛は何も、付き合って終了ではない。むしろ付き合ってからが本番だ。
想いが通じ合ったからと言って、横槍を入れられないとは限らない。今日突然声をかけてきた鎌瀬とか言う男のように、割って入ろうとする輩は一定数いる。
我が身を顧みて思わず気分が沈みかけた蒼は、咄嗟に訊ねた。
「………なら、なんで花火が始まった時に蓮司と手を繋いだりしたのさ」
「あれはそういうアプローチです。背徳感というスパイスは相手に強い興奮と印象を与えるとの事でしたので、貴方とのデート中に
「あれも立派な妨害だからね!?今回は良い思いが出来たから良かったけど!」
鼻を鳴らし、踵を返す。貴音は去っていく蒼を尻目に、背後の従者に声をかけた。
「夜も遅い事ですし、西城さんを自宅まで送ってあげなさい。………あり得ない事ではありますが、もし何かあっては困りますし、車に乗るのは女性だけにするように」
「かしこまりました」
「………どうも」
「いえいえ、私の我儘で招いたのですから、当然です。―――では、さようなら」
「うん。またね」
メイド四人に囲まれて、部屋を出る。
来るときにも見た広い廊下に、改めて感嘆の溜息を吐きながら、蒼は呟く。
「付き合ったら終わるって話じゃない、か」
自分の想いが揺らぐ日は無い。それは自信を持って言える。
だが、蓮司は?絶対に取られたりしないと、心変わりなんてされないと、言い切る事ができるのか?
―――想いを伝える事さえできない自分が、いつまでも愛してもらえるだろうか?
弱気な考えを振り切るように、頭を振る。
後のことを考えたってしょうがない。今は、蓮司と付き合うまでの事を考えないと。
従者に聞こえない程度のか細い声で呟いた彼女の手は、少し、震えていた。
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