第7話 いっぱいキスしようね♡

『堕ちちゃってもいいんだよ?』


 頭の中で響き渡る声を、かぶりを振って追い払う。乱れた水面に映る私の顔は、湯船のせいか真っ赤っかだ。

 近頃、コハルの誘惑に負けそうになる。その都度で、なにかと邪魔が入って助かってはいるが、こんなギリギリなことを続けていたら、私の方がもたない。

 今日だって、昼休みが終わってなかったら、あるいは───……


「……ちゃんとしなきゃな」


 風呂から上がった私は、ふかふかのベッドが待つ自室へと直行。時計は十一時を回っていて、もう眠る時間だ。

 明日の学校の準備を終えたら、コハル対策で扉を頑丈に施錠する。寝ている間に襲われるなんて、本当に洒落にならないからね。

 扉を閉め、つまみを回す。ガチャっと小気味の良い音が聞こえて、鍵が掛かった。


「デッドボルト……本当に直したんだ……」


 その後も、いくつか鍵やらその他色々を駆使して扉の強度を上げたら、ようやく安心できそうな環境が出来上がった。

 私の目の前には、怪盗が挑戦状を叩きつけそうな金庫……にも負けないほど厳重に鍵をかけられた扉がある。毎朝これを解錠するのは手間だが、それだけで貞操を守れるなら安いものだろう。

 さて、やるべきことはやったし、あとは眠るだけ。今日は久々に安眠できそうだ。


「あっ♡ やっほー、お姉ちゃん♡」

「…………っ!?!?!?!?!?!?」


 電気を消し、ベッドへと潜ろうと毛布をめくった瞬間のことである。

 視界にはコハル、脳内には絶望が見える。い、いったいどうやって私の部屋に侵入したんだ……!?


「窓の鍵開いてたよ♡」

「……っ!!!!!!」


 なんてことだ。今まで一度も窓からの侵入なんてしてこなかったじゃないか。扉にばかり意識をもっていかれて、窓のことを完全に失念していた。

 そもそも、窓なんて防御不可じゃないか。私とコハルは部屋が隣だから、ベランダ経由で簡単に窓に干渉できる。

 そんな……私は最初から詰んでいたのか……。


「ふふっ♡ これからは、毎日いっしょに寝ようね、お姉ちゃん♡」

「……好きにして」


 粛々と敗北を受け入れる道しか、私には残されていなかった。


「はぁ~……良い匂いっ♡ お姉ちゃんの香りに包まれて寝れるなんて幸せぇ♡」

「……」


 手狭なシングルベッドだから致し方ないのはわかる。けど、だからといってくっつき過ぎじゃないだろうか。これではまるで、お互いに体温を交換しあってるみたいだ……。

 それに加え、コハルは私の首筋に顔を埋め、私の匂いを存分に嗅いでいる。私も乙女のはしくれ、お風呂上がりとはいえ普通に恥ずかしい。


「……はぁむ……ちゅるぅ、ちゅぅ♡」

「ひあぁっ……!?」


 不意打ちすぎる快楽に、簡単に腰が跳ねてしまう。


「ちゅっ♡ ちゅ~♡ ちゅむぅ……♡」

「やっ……ぁんっ……♡」


 我慢しようとしても、無意識で声が漏れる。恥ずかしくて、気持ちよくて、もう頭がどうにかなってしまいそうだ。


「ま……ぁっ、てぇっ……♡」


 もっと声を聞かせてと言わんばかりにせめてくるコハルを、びくびくと震える手で制止する。弱々しくも肩を押せば、むすっとした顔でコハルがこちらを見た。


「お姉ちゃんが言ったんだよ? いくらでもキスして良い、ってさ」


 確かに、土曜日にそんなことを言った。うん、言いましたとも。でも、それはあくまで唇に触れるだけの、ノーマルなやつのことだ。ディープなやつだったり、体にするやつなんて、一切想定していなかった。

 ここに来て、あのときの軽はずみな約束が悔やまれる……。かといって、この契約がなければ問答無用で襲われてしまうし、そう考えると、今私がそれを反故にするわけにはいかない。

 なら、ここはしっかり私の発言の意図を伝えて、納得して貰おう。そうするしか道はないし。


「コハル。キスは唇にって確認し合っ……んむぅっ!?」

「ふふっ……♡ とろけたお姉ちゃんの顔可愛い」


 私の話を遮るように唇を奪い。妖艶な笑みで言うコハル。今の一瞬のキスで交わされた唾液が、暗闇の中でキラッと輝いたように見えた。


「でも、そう言われちゃ仕方ないからね。これからは唇だけにしとくよ」


 私の両手を掴み、押さえ込むコハル。二歳も私の方が上だというのに、不利な体勢であるがゆえに覆せない。


「それじゃあ、今日もいっぱいキスしようね、お姉ちゃん♡」


 私はどうやら、今日も妹には勝てないらしい。そういう星のもとに生まれたのかも。まったく、神様がいたら文句の一つでも言ってやりたいね。


「……お手柔らかに」

「ごめんお姉ちゃん……無理♡」

 


 




 


 

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