09
「ここ、昔お母さんが連れていってくれた」
「そうか、いまは謎のルールで一人で暮らしているだけで前は両親と暮らしていたんだよな」
兄妹で仲もいいのに無理やり別々の場所で暮らすことになっていたら僕でも同じように言っていただろうから今回も言いたくなる気持ちは分かった。
「ん、高校生になるまでは普通に実家だった」
「そう考えると挨拶にいった方がいいのか? 吹雪って全く帰っていないんだよな? となると知りたいよな」
「男の子と一緒にいると言っても信じてもらえないで入れてもらえないからやらなくていいと思う」
「ど、どんな両親だよ……」
どんな両親と言われても謎ルール以外では普通の両親と答えるしかない。
一人っ子だからもう一人の子ばかりを優先されて生きてきたとかもないし、困ったことがあれば必ず助けてくれたからそういうことになる。
「そういや家にアルバムとかないのか? 昔の吹雪を見てみたいんだけど」
「それなら家に来ればいい――長村家に上がるのはなし」
「なにも言っていないし、普通に上がらせてもらうよ」
写真だけはよく撮られていたからあんまり見られなくてがっかりなんてこともないだろう。
ただ、昔の僕なんか見てどうするのかという話だ。
だって大して変わっていないから、見たいならいまの僕を見ておけばいい。
「おお……お? あんまり変わらないな」
「そう、だけど僕もちゃんとした高校生」
「なにかがあってそういう喋り方に変わったとかじゃなかったんだな」
「そう、寧ろなにもなかったからそのままなだけ」
友達もちゃんといたからそこまで変人ではなかったと思いたい。
誰かと喧嘩なんかもしたことがなくていつも親みたいな目で見られていたぐらいだ。
相手の家に遊びにいっても家に来てもらってもいつもお菓子を貰っていた。
それを全て食べきってきたのに太らなかったことが奇跡だと思う、身長が小さいのに太っていたら微妙だから体質に感謝だ。
「お、おい、この男子は……?」
「ああ、小学生のときは仲が良かったけど中学校で別れてそれから会わなくなった子」
あともう少しこちら側だったら一緒の中学校でそのままいられた可能性は高かった。
でも、そこから文平みたいになっていたかは分からない、何故かはあの子の近くにいつも魅力的な女の子がいたから。
こちらから見れば素直になれていない長村兄妹みたいな感じだった、わざと悪いことこそ言わないものの、大事なところで遠慮をしてしまうみたいな感じで。
「ほっ、いまでも連絡を取り合っているとかじゃなくてよかったよ」
「はい、不安なら見ればいい」
両親と最後にこのアプリで会話をしたのは入学式の日か。
不仲の親子だったらおかしくはないけど仲も悪くない状態だと変に見える。
「んーやっぱり風美とはよくやり取りをしているよな」
「文平は送ってこないから、あと風美は五分ぐらいで返さないと寂しがり屋になる」
「家でスマホばっかり弄っているのはそういうことか――アルバムも見せてくれてありがとよ」
いまも送られてきていたから返していると「楽しそうだな」と、顔を見てみたら少し拗ねたような顔をしていた。
「よしよし」
「……なんてパワーだ」
「風美にも効果があるから文平にも効果がある」
僕のこの右手があれば長村兄妹を自由にコントロールすることができる――はともかくとして、落ち着きがなさそうな状態でもすぐに落ち着いて穏やかな感じになるからそこまで大袈裟なことを言っているつもりはなかった。
「そうだなあ、はぁ……吹雪みたいに余裕がある人間になりたいぜ」
「余裕がない?」
「ああ、なんかもういまは駄目なんだ、吹雪を取られたくないんだよ」
なんと言ったらいいのかよく分からなかった。
別にからかいたいとかそういう気持ちもないし、嫌とかそういうこともない。
「安心していいよ」
「ああ……」
「大丈夫だからね」
頭を撫でつつ少しして文平のことが凄く可愛く感じている自分に気づくことができた。
これがもう少し変わっていけば好きになるのだろうか?
「ああ……って、やばくないか!?」
「しー」
「あ、悪い……」
「ちなみになにがやばいの?」
寝てしまうとかだろうか、後でちゃんと家まで帰せば怒られることもないだろうからその場合はゆっくり寝てくれればいい。
いま寝てしまうとご飯が食べられないことで心配しているのならいますぐ作る、それで食べてから休んでもらえばいいのだ。
「だってなんかこれだと……母親と子どもみたいだ」
「ぷふ、僕がお母さんなの?」
妹みたいとか小学生みたいとか言われてきた人間がここにきて急にグレードアップだ。
「そ、そうだよ。今回は違うけど不安で泣きそうになっているときにただ一言だけでなんとかしてしまえる最強の母親だ」
「泣きたいなら泣いていいよ」
無表情娘と言われる僕だって泣いたことは……なかったかもしれない。
だけどそれはあくまで僕の場合であって、普通の人は泣いたりして調整していくものだと思うから恥ずかしがる必要はなかった。
「ふぅ、今回は違うから大丈夫だ。ただ」
「ただ?」
「……吹雪の魅力に負けそうになっているけど」
急にそんなことを言われて固まってしまった。
いまのどこに敗北要素があったのか、こんなので影響を受けているようでは心配になる。
「自分で言っていて気にならないの?」
「おまっ、……真似してくれるなよ」
「文平、流石に心配になる」
「え、なんで……?」
自覚もなしとは……。
一緒にいられている間になんとかできればいいけど結構難しそうな感じがした。
「事前に聞いていた情報と実際の情報が混じって混乱しているところなんだ」
「ゆっくりでいい」
どうせ後は僕の家に帰るか長村家にいくだけだ。
寂しがり屋の風美のことを考えれば早く帰ってあげた方がいいかもしれないけどまあゆっくりでも怒られることもないだろう。
「あと、ご両親は吹雪に顔を見せてほしいみたい――あ、おい」
「そんなことはない、前に家に入ろうとしたら追い出された」
あのときは本当になんと言ったらいいか分からない気持ちになった。
でも、大好きな両親に会いにいってその人達に拒絶されたら次がなくてもおかしくないと思う。
だからなにを言われようとこの点に関して意見は変わらないのだ。
「誤解じゃないのか?」
「その証拠に文平にしか意識がいっていなかった」
何故か抱きしめられたり頭を撫でられたりしたけどそれは髪が伸びたからだと片付けている。
風美だって初対面のときは「髪なっがっ」とテンションを上げていたぐらいだからレアなモンスターを発見したときぐらいの気持ちになったのかもしれない。
「いや滅茶苦茶頭を撫でられていただろ? それで吹雪は幸せそうだったけど」
「そ、そんなことは……ない」
「いやっ、そんなに嫌そうな顔をしなくても」
「手を繋いで帰ろ」
「え、マジか」
もうすぐに三月になるとはいえまだまだ寒く、そして夜は暗い。
冷静ではない彼のいまの状態で歩かせると小さい川なんかに落ちてしまいそうだから僕がそれを防いであげているのだ。
「それでどうだった? 仲良くなれそう?」
「おう、滅茶苦茶優しい人達だったしな――そういや俺の両親がまた会いたいって言っていたぞ、いままで言うのを忘れていたけど」
「それならいまからいく」
「はは、今回の件といいすぐ行動するな」
いや、いまは危険か、かといってお休みの日にゆっくりしたいところでお邪魔をするのもそれはそれで微妙で。
悩んでいる間に今回も家に着いてしまってまた固まることになった。
ここはまだ僕の家の前、いまから断ったところで文句も言われないだろう。
だけどどうしてかこちらの手を掴んだままなにも言わない文平が、これは来いよという彼なりのアピールなのだろうか?
「はははっ、悩みすぎだろっ、いきたくないならいきたくないって言えばいいんだよ!」
「分かった?」
「ああ、だから吹雪はいつものそれで上がりたくなかったんだろ? だけど休日とかに会いにいくのもそれはそれで迷惑だって考えたってところか」
おお、これは普通にすごい、それとも僕が分かりやすい?
それでもここで色々と説明をしなければならないよりはありがたいからぱちぱちと拍手をした。
「文平すごい、久我吹雪マスター」
「吹雪のことある程度は分かるようになったぜ」
さて、どうするか。
このまま外にいても寒いだけだ、あとは彼を早く帰してあげたいのもある。
「うぅ……ご飯のことでお世話にはなりたくない……だけど風美にも会いたくなってきた」
「それなら俺が止めてやるから家に来いよ」
「お姫様抱っこで運んで」
「任せろっ」
最近はこれが気に入っている。
あとは初な文平的にこれの方が色々なところが触れていなくて落ち着けそうだからだ。
それと地味に頑張って歩いている文平の顔を静かに見られるのも大きい。
「な、なんか圧を感じるぞ」
「凄くいい安定感」
「それならいいんだけどな」
家から長村家は遠くないからすぐに着いてご両親と話す時間となった。
一時間ぐらいが経過しても風美が下りてこなかったから気になって部屋にいってみると涎を垂らしながら寝ている風美がいた。
「風美起きて」
「むにゃむにゃ……知らなーい、あたしを放置してお兄ちゃんとだけ盛り上がる吹雪なんか知らなーい」
別にいきたがる彼女をここに放置して二人で向かったわけではなかった。
なんなら放課後になったら文平の希望もあって実家にいくことを話していたのに彼女が「それなら今度でいいわ」と帰ってしまったぐらいだ。
「いまさっきまでご両親と盛り上がっていた」
「え、まだご飯食べてないの?」
「ん、あとこのままだとお世話になってしまうから下りてきて」
迷惑者にしかなっていない状態だからだいぶやばいのもある。
だからそこは娘である風美が一階で「早く帰った方がいいわよ」とか言ってくれないのと困るのだ。
「だったらあんたも食べればいいわね、よしいくわよー」
「え」
逆に娘に完全に乗っかる形で断れるわけがなかった。
両親からより優しい目で見られて初めて長村家にいたくないと思った日となった。
「嘘だと言われてしまうかもしれないけどもう長村家にはいかない」
「もー機嫌直しなさいよーあんたあたしとも話したかったんでしょ? となればあれが一番効率がよかったでしょうよ。そもそももうあんたの家でしょうがー」
「ご両親はともかく風美が乗っかったのが悪い」
ご両親は娘や息子の友達に強く言えなかっただけかもしれないのだ。
でも、いまなにを言おうが説得力がないのが悲しいところだ、当分の間は引きこもって二人とは距離を作りたいところだった。
「確かにあんたにはよく乗っかっているけどさー」
「酔っている?」
「うん、あんたに寄っているわね」
駄目だ、いまの彼女では話にならない。
「はぁ……文平はこんな風美を放置してなにをしているのか」
「お風呂ね、つかそれで別れているんじゃない」
そう、文平も済ませてくればいいのに何故かこちらで入ることにした。
そんなに焦らなくたって夜に誰か来たりはしないのに、そして風美だってなにかするつもりはないからただ寝るだけなのに。
それぞれには素直になれない分、僕には自分の欲求に正直になった結果なのだろうか?
「もう一度聞いておくけどなんで付いてきた?」
「そんなのあんたが泊まらないって意地を張るからじゃない。お兄ちゃんはいいわよ? 直前まで一緒にいられたんだから、だけどその場合はあたしが最初から最後まで放置されることになるから納得がいかなかったのよ」
「だったら風美だけでよかった」
来てくれなければ確かに会話ができる時間も少ないからまだ分かるけど……。
「や、意地悪はやめてあげなさいよ、お兄ちゃん本気で泣くわよ?」
「うわーん」
「ははっ、棒読みねー」
「な、泣いているのか!?」
「よし、次はあたしが入ってくるわねー」
はぁ、このスイッチが入った状態の文平を置いていくなんてそれこそ風美が意地悪をしてきている。
「湯冷めしないように暖かくした方がいい」
「お、おう、だけどなんで布団を投げてくるんだ?」
「別になんでもない、風美が出たら僕も入ってくるから」
「そりゃ冬でも入らないと気持ちが悪いからな、ゆっくりでいいからな!」
いまは可愛さよりも無理やり付いてくる子どものようにしか見えなかった。
聞き分けがいい子どもにならなければ優しいご両親だって違った対応をしてくる、見たくないのであればちゃんと我慢をするべきだ。
「あのさ、両親とは笑って話していたのになんで俺らのときは真顔なんだ?」
「ずっと真顔だったら流石に失礼だと思った、つまり頑張ったということ」
「俺らのときにも頑張ってもらいたいぞ」
「にこー」
この反応を見るに……駄目なようだ。
分かりやすく変わらないだけでつまらないと感じているわけではないから不安になる必要もない。
それこそ落ち着いた状態で見つめていたらぷいと違うところを見られてしまったのでお風呂へいけるように準備をする。
「ふぃ~温かくて気持ちよかったわ~」
「それならよかった、いってくるから文平の相手をしていて」
「うん、それはいいけど――って、なにこの縮んだお兄ちゃん」
「知らない」
細かいことを気にしていても疲れるだけだ。
冬でも臭ってきてしまうからちゃんと隅から隅まで洗って湯舟につかる。
お客さんがいても自分の家、お風呂ということで髪なんかも遠慮なくつけてしまう。
いつもこんなのだ、洗っているだけでちゃんと管理できているとはとても言えたものではない。
それでもちゃんと乾かして寝ないと自分が辛いだけなのでドライヤーだけは使用していた、結構時間がかかるのでここでは戦いとなる。
ただ今回は少し面倒くさい文平がいるからこれが丁度よかった。
あとは文平をコントロールできる風美がいてくれることも大きかった。
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