10
「よ、バレンタインデーのお返しを持ってきたぜ」
「ありがと」
「おうっ、こういうのはちゃんと忘れないぜ!」
友達と盛り上がっていたからそのテンションのままなのだろうか。
まあ、ヘナヘナな彼よりもこうして楽しそうに存在してくれている方がいいからなにも言わないけど。
「久我ー」
「お? あれは俺の友達だな」
「なんか追われている、相手を頼む」
「おう」
いちいち聞かなくてもなんで追われているのかは分かっていた。
それはいまこうして分かっていなさそうな顔をしている彼を取られたくないからだ、せめて放課後までは譲ってくれよとそう言いたいのだ、もう放課後だけど。
離れたところで一人で待っていると「終わったぞ」と彼がやって来た。
いまこそ他の子と仲良くしてほしくないとかそういうことを言って守ってほしいところだけど果たして。
「はい、ハンカチを落としたけど気づかなかったから渡したかったんだってさ」
「え――あ、ない」
逃げたい気持ちがそんな簡単なことに気づけないぐらいには影響していたのだ。
「話しかけようとしたら怯えられて困っていたんだってさ」
「そ、そんなことはない、僕は同級生に話しかけられたぐらいでびくびくしない」
実際は後ろから話しかけられて確認もせずに逃げてしまったぐらいだった。
結構どころかかなり失礼な対応をしてしまった、申し訳ない気持ちになってきた。
「まあ、確かにそうだよな、だって俺のときは平気だったもんな」
「そう、だけど拾ってくれたことに関しては感謝しかない、お礼を言いにいく」
あとは謝罪か。
彼の友達ならきっとと自分に甘いからそんな風に考えてしまう。
「もう部活にいったから今日は無理だな、それに俺が伝えておくから大丈夫だよ」
「ふふ、友達と話してほしくない?」
「おう」
なんでここでそんなに真剣な顔で言うのか。
求めていたことではあるけど実際にされるとすぐに返事はできなくなることが分かった。
僕も結構彼から影響を受けているみたい。
「文平も変わった」
「そりゃそうだろ、なんたって俺はもう告白をしたようなもんなんだからな」
「分かった、それなら帰ろ」
「おう、早めに帰っておけば辛くなることもないからな」
あとは寄り道をしてお金を無駄に使わなくて済むのもいいか。
でも、長村家の方が学校から近くてどうするべきかと悩むことになるのは少しアレだった。
「吹雪――そう警戒してくれるなよ」
「風美はもう家にいる?」
「分からないからちょっと確認してくるわ」
わざわざ上がらなくても最強のツールを利用すれば一発だ。
だからメッセージを送ってみるとすぐに『まだ学校よ』と返ってきた。
風美がいない状態なら長村家に上がる意味もないから文平にはなにも言わずに歩き出す。
「おいおい、たまに意地悪なときがあるよな」
「風美は学校、となれば長村家に上がる意味はない」
「ひ、酷いな、俺がいるからってならないのか?」
「文平は付いてくるから気にしなくていい」
放課後に一緒に過ごさなかった日などないと言えてしまうぐらいには一緒にいる。
友達が部活にいってしまったり興味があるからだとしてもすごいと思う。
「だけどさ、そうなると高確率で世話になることになるからさ」
「気にしなくていい」
回数が増えても問題ないぐらいのサポートをしてくれているから、あとは両親が求めていたことでもある。
「それに文平からしたら僕の家の方が都合がいいはず」
「どういう……って、別に二人きりになれたからって変なことをするわけじゃ……」
多少は遠慮をやめたとしても大事なところでなにもできなかったらこれまでとそう変わらない。
僕に言われたからするといういつもの形を壊さなければ一歩進んだ関係にはなれない。
「話せるだけでいいの?」
「や、やめろよ、試してくれるな」
「僕は待っているけどね」
手を繋ごうとかお姫様抱っこをしてほしいとかそれだけのアピールでは足りないのだろうか? またあのときみたいに自分からくっつぐぐらいでなければ駄目なのだろうか。
「意地悪をする吹雪にはこうだ!」
「おお、一度は自分の力でこの高さから見下ろしたかった」
女の僕より低い身長の男の人の悔しそうな顔が――それはどうでもいいとしても子ども扱いはされないだろうからそういう点で羨ましかった。
「吹雪って軽いなー」
「僕はヘビー級」
「吹雪でヘビー級なら俺はやばいな」
「話を逸らしている場合ではない、いい加減にして」
「冷たっ!?」
それは単純にまだまだ寒くてそこら中が冷たいからだ。
外だからこうなるということで急いで家まで連れていった。
隅っこの方でぷるぷると震えている彼の横に座ってちゃんと顔を見る。
「あとは文平次第」
「俺次第って言うけど吹雪の本当のところが分からないからこうなっていないか?」
「文平なら大歓迎」
「んーだけど実際のところは風美とほとんど変わらないよな?」
なんかもう同じところをぐるぐる回っている気分になってきた。
「あのときはその場に合わせてあると言ってしまっただけ、これから先もこんなやり取りをずっとしていそうだから終わりでいい」
「いやだからさ、吹雪が答えてくれればいいんじゃないか?」
「拒絶していない時点で分かるはず」
「えーちゃんと言ってくれないと分からないなー」
いまほど風美を召喚したいと思ったことはない、が、確かに動いてもらってばかりだったのも本当のことだから一気に立場が弱くなってしまった。
「文平がいい」
「お、おう、さっきとほとんど変わっていないのになあ……」
「ん? どうしたの?」
「いや落ち着け俺……」
よく分からないけど今回も難しい顔をしていた。
ただ、少し抵抗をして面倒くさいところを見せてしまったから結局これは彼云々ではなくて自分のせいだ。
「吹雪、好きだ」
「あれ、いいの?」
実は自分の方がこういうときに慌ててしまうことが分かった形になる。
初めてだからか、だけど経験値が高ければ高いほど相手側的にいいわけではないからこれぐらいでよかったのかもしれない。
「恥ずかしいけどみんなやっていることだもんな」
「そうだと思う」
自然と関係が変わっていることなんてほとんどないだろうからそういうことになる。
中には待ちきれなかったり相手側よりも強くて常に積極的な人もいそうだけど大体は待っているのではないだろうか。
「ほとんど任せてごめん」
「それこそ気にしなくていいぞ」
「ふふ、ありがと――初めて抱きしめられた」
大きいのにこういうときは優しいからふわっとした気持ちになる。
「い、いいよな?」
「ん、何回でもすればいいよ」
「いや、この一回で満足できた、風美に報告しにいこう」
家に着いてから三十分は時間が経過しているから確かに風美も長村家には着いているとは思う。
それでもやはり自分の決めたルールを守るためにいくことはしなかった、つまり風美に来てもらうことにした。
「うわ、やっと温まることができると思っていたのに相変わらず冷たい場所ね」
「お疲れ様」
他になにか集中していることがあると稼働していなくて外と変わらないとしても気にならないようになっているらしい。
「うん――あれ? なんかあんた少し変わってない?」
「お付き合いを始めた」
自分の中では変わっていないつもりでも他者から見たら丸分かりなのかもしれない。
動画や写真を撮られてその事実が明らかになったときには文平に抱きついて見ないようにしなければならなかった。
「お、やっとお兄ちゃんが勇気を出したのね。おめでと!」
「ありがと」
「うんうん――あ、だけど足だけはずっと貸してもらうからね?」
「それは吹雪が嫌がっていなければコントロールできることじゃないからな」
「じゃあごろーん!」
出会った頃と比べて彼女の髪も長くなっていた。
夏に弱いのかどうかは分からないけどその気があるなら伸ばしてみるのもありだと思う、それで面倒くさいとなったら切ればいい。
一度はやってみてから判断しないともったいないからだ。
「学校でなにをしていたの?」
「頬杖をついてぼうっとしていただけよ。だけど丁度よかったわよね、あたしがいたら告白なんてことにはならなかったでしょうからね」
「でも、流石に動くつもりだったから二人きりになれるタイミングを探していただろうな」
「うぅ、お兄ちゃんがこんなに成長するなんて!」
こんなときでも楽しそう。
だけど僕に興味があった的なことを言っていたからゼロダメージとはいかない気がする。
い、いやっ、だってそのまま信じるならそういう風に考えることもできてしまうわけでっ、と一人内で暴れていた。
「風美はどうするんだ?」
「あたし? あたしはしばらくの間は動かないわ、いまは失恋状態みたいなものよね……」
「ご、ごめん」「わ、悪い」
そう、だからこうやって本当のところを吐いてもらうしかない。
これで少しだけでもスッキリできるなら何回でもしてくれればいい。
「や、なんで謝るのよ、逆に吹雪がこっちを選んでいたら倒れていたわよ」
「次の世界では風美を選ぶから」
「はは、贅沢な思考をするようになったものねえ」
思わせぶりなことをしていなかったとしても選ばなかったことには変わらないから必ず次は責任を取る。
「好きよ」
「うん」
「喋り方変えるの?」
「少しだけだけど文平がこの方がいいって言っていたから」
ほとんど変わっていないからそこまで違和感はないし、相手からしてもないだろう。
あと、凄く急だけど今度一人で帰って両親と戦おうと決めた。
この成長した状態の僕を見ればもう十分成果が出たことになって簡単に帰ることができるようになるかもしれない。
「そっか、だけど前にも言ったようにあの喋り方も可愛いからね? 悪く考える必要はないわ」
「ありがと」
「あーもう可愛いわね!」
いちゃいちゃしていた僕らに「あのー……そこでいちゃいちゃされると複雑なんですが」と文平が情けない顔と声音でぶつけてきた。
「お兄ちゃんってなんでこうなのかしらね」
「こ、こうとは……?」
「細かいことは気にしなくていいわ。よしっ、今日はあたしがご飯を作ってあげるわよ!」
「手伝う」
「そう? それなら一緒に頑張りましょうか」
今度こそ泣きそうな顔になったからよしよしと頭を撫でておいた。
そうしたら、
「吹雪はやっぱり最強の母親だ」
これまで子ども扱いをされることが多かった人間がまた母親までグレードアップしている。
「母親を求めるなんて禁断の愛じゃない」
「実際は可愛い同級生だからな」
「あ、惚気るのはなしでお願いします」
「えぇ……」
なんでもいいから風美も盛り上がりたいのだ。
兄である文平もそれを分かっているからこそ全てに乗っかって優しく相手をしている。
改めて兄妹仲がよくて羨ましくなった一日となった。
189 Nora_ @rianora_
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