08
「まだ渡せていないなんて意外」
「渡す前に考えてしまって駄目なのよね、そもそも家族以外のあんたから貰えているのにあたしからの物なんて欲しくないでしょって。だから――あ、ちょっと」
「渡してしまえばすぐに終わること」
いまは学校ではなくて長村家にいて、少し歩けば文平もいる状態だからすぐに終わらせることができる。
「ばーん」
「おわっ、急に二人で部屋にこもったかと思えば急に来たな」
「風美」
どうやら別れてからは勉強をしていたようだ。
風美が変なことで躓かなければ三人でお喋りをしているところだったからこれで変わるならいい。
「あー……これをお兄ちゃんのために買っていたんだけど渡す意味ある? とか考えて今日までずっと持ったままだったのよ」
「チョコか、ありがとな」
「まあ、それだけ――あ、直前まで冷凍庫に入れてあったからそういう面でも大丈夫よ」
結局風美が買っていたのも僕と一緒の板チョコだった。
でも、こちらはカチンコチンになっているからまた違った楽しみ方ができると思う。
今更になって百円とちょっとしか出させてもらえなかったことにむかついてきたけどなんとか抑えた。
「あ、だからこんなに冷たいのか」
「だって冷蔵庫だとバレちゃうしね。じゃ、あたしは吹雪と戻るわ」
「ま、まだ駄目なのか?」
見たこともないけど捨てられそうになっている子どもみたいな感じだった。
妹が大好きすぎるからこういうことになる、そして妹も兄のことを大好きなはずなのにある程度の厳しさがあるから上手くいかない。
「ふふ、そんなに吹雪といたいの?」
「同じ建物の中にいるのに俺だけ仲間外れなのはどうかと――あ、おい……」
「不合格よ、いきましょ吹雪」
彼女は廊下に出てすぐに「あそこで吹雪といたいって言ったら譲ってあげたのにね」と微妙そうな顔で言っていた。
「それよりも風美といたかったはず」
「そんなシスコンじゃないわよ。いいからあんたはここに足を伸ばして座って」
お気に入りのベッドと枕がすぐそこにあるのにわざわざ僕の足に頭を預けるのは何故なのか。
しかも寝転んでいるだけなのにやたらと楽しそうだった、まあ渡せたことは大きいだろうけどあんまり繋がってはいない。
「あんたもさ、少し前とは違ってお兄ちゃんに対するなにかが出てきたりしてないの?」
「二人ともっといたい」
「はあ~そりゃお兄ちゃんもあんたがこんな状態じゃ勇気も出しづらいわよね~」
まず文平が僕のことを気にしているという前提を捨ててしまった方がいい、前だって二人きりより三人で集まれた方がいい的なことを言っていたのだから。
「それよりどうすれば好きになれる?」
「うーん……どうすればか」
「そういえば風美は誰か見つかったの?」
兄が魅力的すぎて他の人をそういう目で見られないのならそれはそれでいいと思う。
難しいのはチョコを渡す程度で引っかかってしまっていることだけど、少し協力してあげればいまみたいにできるのであればいい結果で終わる可能性も高い。
「はは、あんた達とこんだけ一緒にいるのに見つかっていると思う?」
「でも、つまらないと言っていた」
「あのときはね。だけど最近はそうでもないのよ、これは間違いなくあんたのおかげよ」
「それなら僕はナイス」
「はは、そうね、ナイス吹雪」
本当に楽しそうに喋る、これは……。
「分かった、風美は僕のことが好きになってしまった」
これだ。
文平と同等とまではいかなくても自覚できていないだけで魅力的だったのかもしれない。
これだという人が見つからない状態で僕と出会ってしまい、みたいな感じ。
「え?」
「……冗談だけどいまのでダメージを受けた」
まだ馬鹿とか真っすぐに言われた方がマシだった気がした。
「はははっ、それもいいかもしれないわねっ」
「壊れた……?」
「や、勝手に壊そうとするのはやめなさい。全く知らない男の人に対して頑張るよりは知っているあんたに対して頑張る方がドキドキしなくて済みそうだもの」
どうせならドキドキしてほしいところだけど心臓に負担をかけたくはないからその方がいいか。
彼女達には長生きしてもらわないと困るから。
「だけど残念ね、流石にいまからは動けないわよ」
「だから文平にはなにもない」
「そりゃあんた目線から見たらそうでしょうけど実際は違うからよ」
「なんでも分かった気になるのは危険」
「そりゃあんたにだって言えるわよ」
足を貸したくない気分になってきたけど急に引っ込めたら痛いだろうからできなかった。
もしなにかがあるとしてもなにかしてこなければずっとこのままだ。
まあ、それならそれでほらねと風美に対してどや顔で言えるわけだから悪くはないけど。
「お、あんたにしては怒ったような顔をしているじゃない」
「結局僕をそういう目で見られないだけ」
「自信を持ちなさい、お兄ちゃんがいなかったらあたしはあんたを選んでいたわよ」
「意味のない仮定」
「はははっ、それはそうねっ」
一人残されている文平ももっと頑張るべきだ。
妹に不合格判定されたぐらいで諦めるべきではなかった。
「おいおい、今日は何度も見てきてなにか言いたいことでもあるのか?」
「実際、文平の中になにかある?」
友達と盛り上がっているぐらいだから自分の中ではもう答えが出ている状態だった。
だからこれは最後の確認だ、妹と同様に勇気が出せないタイプならこうしてあげるのも有効的に働くと思う。
「ん? どういうことだ?」
「僕に対する気持ち」
「ああ……」
どう言ったらいいのか、言葉にしづらい表情になった。
「ないならないでいい」
「いや、待ってくれ」
「ん、隣に座って」
「そうだな、と言いたいところだけどこの話の続きは放課後にしよう」
そうか、いまはまだ放課後前で勝手に座られても困るか。
後回しにされたからといってうずうずして落ち着かないなんてこともなく放課後までは集中できた。
「部活をやっているのも多いからあっという間に二人きりになったな」
「それは嘘、何故なら放課後になってから既に一時間が経過している」
「……中々出ていかなかったな、これなら俺達が移動した方が早かった」
待ったのに結局移動することになってより静かになった。
「それで吹雪に対するなにかがあるかないかって話だったよな」
「そう」
「正直に言うと……あるぞ」
「そうなの?」
あるのか、その割には友達とばかり過ごしていて全くこっちに来ていなかったけど。
そして何度も見ていることを分かっていたのに放置し続けていたわけだからなにがしたいのか分からない。
「ああ、だけど風美が吹雪のことを気にしていたからさ、引っかかってしまって動けなくなったんだ」
「その風美は文平のことを考えてなにもしない、似た者兄妹」
「風美は本当にいい子だからさ、似ているってことなら嬉しいけどな」
「とにかく、あるならどんどんとぶつけてくればいい、そうでもないとなにも変わらないまま」
興味を持たれてもなにもないままでは結局寂しい人間のままだ、彼達と出会う前までの自分となんら変わらないままになってしまう。
「分かった、僕が風美にだけして文平にしなかったから拗ねているだけ」
「なにを――お、おい……」
「これでやっと頑張れる?」
やっぱり風美を抱きしめるのとでは少し違った。
思い切り抱きしめてもなんか余裕がない感じ、あとがっちりしていて弾かれそうな感じが強くある。
「……いままでの俺は風美のことを出して動かない言い訳をしていたようなものだからな、流石にこれ以上はそのままじゃ駄目だよな」
「なにかがあるならそう」
「だ、だけどとりあえずは離れてくれないか?」
「ん、多分いまのままだと子どもが抱きついているようにしか見えないからそうする」
だけどそうなると逆にされる側になったときにも問題が出てくる気がするとまで考えてそもそも誰かに見せつけたい願望とかはないから部屋とかですればいいかと片付けた。
「おっしゃ、今日も肩車で家まで運んでやるぜっ」
「お姫様抱っこがいい」
「うぉ……そ、それは結構勇気がいるな」
「風美にちゃんとこのことを話しておきたいから長村家まで運んで」
それでもご飯を食べさせてもらうなんてことにならないように気を付けなければならない。
それとこれとは別だ、そこまで大甘にしてはいけなかった。
「初めて誰かに興味を持たれた」
「んー吹雪のことを滅茶苦茶分かっているわけじゃないけど気づいていなかっただけじゃないか?」
「友達はちゃんといたけどないと思う」
相手からしてもほとんど表情が変わらなかったり子どもっぽい喋り方の僕では駄目だったと思う。
なら今回は上手くいきそうなのは何故か。
「ま、いまとなっては誰もいなかったから一方通行で終わらなくて救われたわけだからな」
「僕は長村兄妹からモテモテ、あと文平は妹好きで助かった」
風美が妹ではなく姉だったら姉大好き人間になっていて僕のことをそういう風に見ることは絶対になかっただろう。
「はは、だな――ん? おいおい、吹雪のことを妹として見ているわけじゃないぞ」
「僕は小さいから文平の中で勝手に妹的な感じになって逆らえずにいる」
「妹は風美だけで十分だよ」
「それなら……女児趣味?」
中学生なのに僕よりも大きくてスタイルもいい子と遭遇したことがある、そういう子が隣に立っていたら間違いなくこちらが年下扱いをされる。
とはいえ、そういうときにショックは受けることはない、ただ少し固まって考え込んでしまうことはあった。
「じ、自分で言っていて気にならないのか?」
「たまに小学生に勘違いされるときがある」
そういうときはやっぱりダメージを受けるのではなくて申し訳ない気持ちになる、現実はそんなに若々しくはないのだ。
「うわ、そういうのガチであるのか。でも、高校の制服を着ていれば大丈夫だろ、なにより俺らが一緒にいれば誰も勘違いできないよ」
「身長とかスタイルを見てなし判定する人ではなくてよかった」
そしてごちゃごちゃ言っていたけどこんなことは次があるかどうか分からないので全力で乗っかるしかない。
「まあ、完全に見ないこともないけど大事なのは中身だよな」
「食べたいってこと? 多分だけど美味しくないと思う」
「ち、違うよ……」
「ふふ、冗談だよ」
んーやっぱりこういう普通の女の子みたいな喋り方は向いていない気がするとなったところで「おおっ、その喋り方を続けてみようぜ!」と文平がやたらとハイテンションで言ってきた。
「なんかいきなり興奮している、風美がいたら引いていそう」
「い、いま風美は関係ないだろ、それに風美なら――」
「そうね、間違いなく興奮していたわね」
「いたなー……」
二人とも寂しがり屋だから仕方がない。
話したいことも話せたので仲良く三人で家まで歩いた。
「もう寝ちゃったわね」
「おかしい、ただ上がらせてもらうだけだったのに泊まることになっている」
それでもなんとかご飯だけは外で買ってくることで避けることができた、あとは兄妹のご両親ともゆっくり話せたことは大きい。
だけど危うく流されて破りそうになったから手放しでは喜べないのだ。
「まあいいじゃない。それよりあんたもお兄ちゃんも頑張ったのね、偉いわ」
「ちゃんと風美の相手もさせてもらう」
「ふっ、それは頼むわよ」
特になにかが変わったわけでもないのに急にお姉ちゃんになった気分になった。
だから名前を呼びつつ頭を撫でてみると「それもいいわね」と前と比べたら随分と甘くなってしまった彼女がいる。
「普段の喋り方も可愛くていいと思うけどね、だけどそうやってたまには変えてみるのもありかもしれないわね」」
「風美ちゃん的にどっちがいい?」
「んーあたしはやっぱり普段通りのあんたがいいわね」
よかった、どちらも新しい喋り方の方が好きだったらやりづらくなっていた。
「やっぱりそう、だから僕も変えることはやめようとした、だけど……」
「なんかそういう気分になったとか?」
「そう、風美のお姉ちゃんになりたかった」
兄は手に入れられたから欲深い心が妹まで求めてしまっているのかもしれない。
そして最後には長村家自体を乗っ取って……。
「はははっ、まあ事実年上なんだから似たようなものね、あともう変わっているわよ」
「これからは風美ちゃんと呼ぶ」
「ま、風美でも風美ちゃんでもそこはどっちでもいいわよ」
「やっぱり風美でいい」
「はは、すぐ変わるわね」
すんとなってしまえばいつも通りに戻れる。
なんでもかんでも自分のやりたいように動けばいいわけではないと知った。
「あんたあのときよりも髪が伸びたわね、こうして……吹雪の髭よ」
「これはずっと続けるつもり、流石に地面につきそうになったら切らなければいけないけど」
「そうした方がいいわ、あんたがショートカットとかになったら尻もちつきそうだからお願いね」
母は「長いのが面倒くさくなった」とかなんとかでバッサリ切ってしまったけど代わりに伸ばし続けてみせる。
雑に結んでおけば意外と邪魔にならないし、冬は暖かいなどのメリットもあるものだ。
そのかわりに夏はデメリットの面が多量にあるものの、そこまで苦手でもないから迷惑をかけることもない。
「好きよ」
「そこまで?」
「うん、男の子探しなんかどうでもよくなるぐらいにはね」
ここにもレアな存在がいた。
彼女の場合は身長なんかよりも髪に惹かれた、というところだろうか。
「ありがと」
「はは、こっちこそありがと」
いい笑顔だ、こういうところも文平に似ている。
試しに笑ってみたら「なんか不自然ね」と言われてまたすんとなった。
その複雑さをなんとかするために抱きしめてしまうことに。
「ぎゅ」
「相変わらず温かいわね」
「生きているから」
冬には求められる能力を自然と有していることが幸せだった、こういう点で役に立てばいい。
夏はあんまり役に立てないから団扇なんかで頑張って扇ごうと決めた。
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