07

「晴れたな」

「いい天気」


 雨でもあまり変わっていなかったとしても傘をささなくて済むのは大きい。


「誘ったときにゲーセンにいこう的なことを言っていたけど、吹雪はどこかいきたいとこはないのか?」

「特にない、付いていく」


 仮にあっても誘われた身として今日は出すつもりはなかった。

 まあ、過去の僕を知らないだけでずっと前々からこんな感じだから気にする必要はない。


「そうか、じゃあゲーセンでいいか」

「コインゲームをやる」

「そうだな、まったりしようぜ」


 休日ということもあってゲームセンターには沢山の人がいた。

 それでも並ばないとできないというほどでもないのでコインに変えて遊んでいく。


「昔、二百枚ぐらいになったことがあってな、そのときは風美と一緒に頑張って消費したよ」

「預けることは考えなかった?」

「ああ、後半はコインが増えても嬉しさよりも落胆がすごかったな」

「あたしなんて泣いていたぐらいよ」

「そうそう――って、なんでいるんだ……?」


 どんな理由からでも三人でいる方が僕達らしいからこれでよかったと思う。


「友達と約束をして出てきたのはいいけどその友達がドタキャンしたからね」

「はは、ならそういうことにしておくか」

「吹雪、コインを稼ぐコツを教えてあげるわ」

「おいおい、吹雪を連れていかないでくれよ」


 おお、なんかモテモテになった気分。

 コツを教えてもらってたまたまでもすぐに結果が出たのもよかった。


「あ、そうだ、吹雪にこれあげる」

「ウサギのぬいぐるみ」

「そうそう、さっき試しに突っ込んでみたら取れたのよ」


 ゲームセンターにいったことは何回もあって、そういう筐体に挑んだことも何回もあったけど結果は惨敗だった。

 だから偶然でもなんでもこうして獲得してしまえるところがすごい、そしてそれを僕にくれようとしているところがやばかった。


「ありがと」

「ま、まあ、こんなやつをあたしが持っていたところで痛いしね」

「そんなことはない、けど……もう返したくない」

「ふぅ、だから返さなくていいわよ。さ、どんどんやりましょ」


 でも、結局すぐに終わってしまったから見ておくことにした。

 その途中、何故か文平がきょろきょろしていて気になった。


「文平はトイレにいきたい?」

「や、それならいくでしょ――あ、分かった、あれはお兄ちゃんも吹雪になにかあげたいのよ」

「貢がれても困る、僕はなにも返せない」


 貰ってばかりになるなら離れることを選ぶ、既にだいぶやばい状態だからこれ以上甘えるわけにはいかない。


「そこは一緒にいてあげるだけでいいんじゃないの?」

「大したことない、ということで何円かかったか教えて、ちゃんとお金を返す」

「絶対に受け取らないから、あたしは逃げるわっ」


 文平といたいからならいいけどそこには本当に逃げたい気持ちしかないだろうからテンションを上げることもできなかった。

 結局、一人でいてもつまらないからせっせとコインを投入して楽しんでいる文平の横に座る。


「なあ吹雪、俺は滅茶苦茶嫌な予感がするんだ」

「マイナスに考えたら本当にその通りになる、ちゃんと切り替えた方がいい」

「や、俺だってできればポジティブに――ああ……またきてしまったのか」


 センスがない僕からしたら目の前のきらきらの山にはわくわくしかしなかった。

 だけど手伝ってくれと言われて無心に投入していても終わるどころか増えていって段々と辛くなっていった。


「まったくもう、軽くトラウマなんだから気をつけなさいよ」

「わ、悪い」

「ま、三人だったから割と早く終わってよかったわね」


 終わらせようとしているときには欲がないからかと学んだ日となる。


「腹減ったな」

「ハンバーガーでも食べましょ」

「お、いいなっ。吹雪もそれでいいか?」

「二つ食べる」

「やる気満々だなっ、いくぞ!」


 今回はもったいない精神はやめて本当に二つ頼んだまではよかったけど……。


「場合によっては助けられて、相手が困っているときには助けられるなんていい関係ね。だけど吹雪、食べ物とお金がもったいないからちゃんと食べられる量を考えて注文すること、いい?」

「ん……反省している」


 普段から沢山食べているわけではなかったから結局風美や文平に食べてもらうことになった、こういう場合は使ったお金以上になにかが吹き飛んでしまった感じがするから反省しなければならない。


「ならよし。悪いけどお兄ちゃんは家まで運んであげてちょうだい」

「任せろ、昔風美にしていたように肩車をしてやる」

「ん、お願い」


 特に話し合いもしていなかったけど長村家に移動となった。

 お腹を休ませるために少し自由にさせてもらうと伸ばした足に風美が頭を預けてきた形となる。


「余程のことがない限りはあたしも一緒にいたいわ、仲間外れは嫌よ」

「今回は悪かったな、だけど俺的にもやっぱり三人で集まれた方がいいと分かったから今度からはしないよ」

「ま、結局邪魔をしちゃったんだからお兄ちゃんが悪いわけじゃないわよ」


 どうなろうとこの二人は仲良くなっていくのと、余裕がないのも相まって寝そうになるのをなんとか我慢をするのが僕にできたことだった。




「二月ね」

「風美ももう少ししたら二年生になる」

「そう言うあんたは三年生ね、あんまりそんな感じはしないけど」


 もう来年のいま頃にはなにもかもが決まっていて卒業の日を待つだけになっているのか。


「僕達が一足先に卒業することになって風美は泣いてしまいそう」

「お兄ちゃんがいなくなるのは寂しいわね、あんたは……まあって感じ」

「やっと素直になってきた、このまま文平にアピールをして」

「しないわよ」


 これは顔を合わせれば必ずするやり取りで終わりも決まっているから特に気にならなかった。

 ちなみにその文平は今日はカップルと一緒に過ごしている、何回も二人で過ごせと言ってみても届かなかったそうだ。


「そういえばあんたってお兄ちゃんにチョコをあげるの?」

「全く考えていなかった、風美はどうしていた?」

「あたしは手作りとか面倒くさいから市販の物を買って渡していたわ」


 自由で渡さなければならないなんてルールはないけどお世話になっているからそうしようと思う。

 その際は風美と一緒の物だと渋々感が出てしまうから少しだけ変えて、そして変な勘違いをされてしまわないようにする。

 文平は上手く流すことができないから、冗談と一緒にチョコなんかを渡したらその気になってしまいそうだからだ。


「それなら僕もそうする――チョコよりお肉の方が喜ぶ……?」

「流石にそこまでお肉で染まっていないわよ、染まって……ないわよね?」


 いや、それなら勘違いをしようとしてもできないお肉の方がいいか、なんて。

 あくまでお世話になったから渡すだけ、それ以上でもそれ以下でもないで終わる話だった。


「僕が渡したら文平はその気になってしまうからお肉にする」

「お、はは、なんか自信満々じゃない」

「やっぱりそう、風美が真正面から受け取るぐらいだからお肉の方がいい」

「なんだ、冗談ってことね?」


 それはそうだ、誰だって自信を持っていられるわけではない。


「そもそも魅力が圧倒的に足りない」

「そんなことはないんじゃないの? 二人きりに拘ったじゃない、あの日だってあたしが邪魔をしていなければ抱きしめるぐらいはしていたかも――なんでわたしは抱きしめられてんの?」

「そういうのは同性同士でしておけばいい」


 勇気を出したばかりに耐えきれなくなるほどのダメージを負うこともなくなるのだ、あとは誰がどう見ても仲良しにしか見えないからというのもある。


「そういうときのためにとっておきなさい」

「これは風美が好きだからしている」

「ふーん、あたしが好きねえ。言ってしまえばただの生意気な後輩じゃない、あんたに対しては敬語だって使ってない。そしてこうやって自分で言っておきながら変えないんだから悪い人間でしょ」


 教師とか店員さんにため口とかならあれだけどそうではないのだから生意気とは思えない。


「ただ可愛いだけ、素直になれないツンデレ」


 恥ずかしくて思ってもいないことをぶつけて相手を困らせてしまうことも少ないからやっぱり可愛いだけとなる。

 自分にもそういうなにかがあったら、いまとはもう少しぐらいは変わっていたかもしれない。


「お兄ちゃんに対しては普通だと思うけどね、あたしは兄妹不仲とか意味分からないタイプだから」

「なら僕にはツンデレ?」

「んーそこまでじゃないけど相手がお兄ちゃんのときと違ってやりづらいときはあるわね」

「躊躇なくツッコんでくれればいい」

「あたし達は芸人じゃないんだからそういうことじゃないわよ」


 出会ったばかりだから時間が足りないということか。


「あーさっきはあんなことを言ったけど抱きしめてもいい?」

「ん」

「はあ~これをどこかからお兄ちゃんが見ていて嫉妬しちゃうなんて展開にならないかしらね、そうすれば無表情娘さんだって影響を受けて女の顔になってしまう可能性があるわ」

「したいならすればいいと言わせてもらうだけ」


 多少驚きはしても文平や風美からなら大歓迎だった。

 それが当たり前になればこちらからもくっつきやすくなるからもっといい。

 あとはもう二月とはいえまだまだ寒いから、くっついていれば寒い廊下や外でもやっていける。


「それじゃあつまらないっ」

「僕達は芸人じゃないんだからそういうことじゃない」

「真似すんなっ」


 それで彼女は寒かろうとこうしてハイテンションでいてくれるところがいい。


「とにかく、どこかから見てくれていることを願うわ」

「見ているのに参加してこなかったら普通に怖いから聞いていた通り、友達と遊んでくれている方がいい」

「あんた的にはそうかもしれないけど今回はそれじゃあ駄目なのよ」


 変なことに拘っても疲れてしまうだけなのに。

 ツンデレでもあり少しもったいない選択をしてしまう女の子でもあった。




「っと、終わった」

「俺が任されていたのに手伝わせて悪いな」

「僕が無理やりしただけだから」


 奪いとって一緒に職員室に運んだだけだから気にする必要はない。

 何故そんなことをしたのかは気になったからだ、それ以上でもそれ以下でもない。


「そうだ、今日はバレンタインデー前日」

「ああ、例の男友達が盛り上がっているから目を逸らすこともできないぞ」

「風美と一緒に選びにいく約束はしていなかったから今日文平と一緒にいく」


 愛がありすぎて手作りをしてしまうなんてこともありそうだ。

 仮にそうだった場合、風美にこういう話をしてしまうのは悪い方に傾いてしまいそうなのでこれでいい、寧ろ丁度いい。


「そりゃ風美に渡すんだから本人には内緒にしたいよな、付き合うぞ」

「ん? 文平にあげるために選びにいく」


 ここで何故か文平が変なことを言っていたからちゃんと吐いておいた。


「お、俺か?」

「そもそも同性にチョコを渡しても仕方がない気がする」

「でも、最近はそういうのも当たり前のようにやっているぞ?」


 使いすぎていてお金が厳しいわけでもないし、同じくお世話になっているわけだからそうしよう。

 なんだかんだ言いつつも受け取ってくれるはずなので悲しい結果には終わらないはず。


「それなら風美にはチョコを買って文平にはお肉にする」

「い、いや、バレンタインデーならチョコを貰えた方が嬉しいぞ。家族から貰えるだけでありがたいけどそれがないとゼロだからな」


 まあ、いいか。

 本人がチョコを求めているのに違う物を渡したところで喜んでもらえることはない。


「あ、それでも二千円までにしてほしい」

「いや、俺が逆に気になるからそんな値段の物は頼まないぞ、それに百円とかで買えるチョコの方が俺には合っているんだ。ここで言えば――あ、これだな」

「だけど本当に百円で終わらせてしまうのはよくないと思う」

「いいからいいから。さ、風美にあげるやつを選ぼうぜ」


 メインは彼に渡すためなのに風美に渡すチョコを選んでいた時間の方が長かった。

 だから帰り道は若干微妙な感じに、それでも彼からすればあるだけでいいのか「ありがたかったから気にするなよ」と言うだけだ。


「んー当日に貰うとなんか気恥ずかしいから今日貰っていくわ」

「分かった」


 しかもこれでお別れか――と考えていたところで「あと……上がっていくか?」と聞かれて全力で乗っかろうとする自分が出てきてしまった。


「たまには文平が僕の家に来て」

「ま、まあ、手伝ってもらったうえにこんな物まで貰って言うことを聞かないのは駄目だからな、いかせてもらうわ」


 いつもの「腹が減った」からの流れで甘えてしまうかもしれないから長村家は避けたかったのだ、こんなにもあっさりと成功してくくくと内側で笑っていた。


「こんなところに丁度いいお肉があった、文平もいるから焼くね」

「お、おう?」

「いいからいいから、文平は座っているだけでいいからね」

「いやそれよりも――」


 これはただの夜ご飯に使おうとしていた物だけど今回ほど有効活用できる機会は中々ないから使わせてもらう。

 十円ぐらいで買えるチョコよりは大きかったとはいえ、不完全燃焼間がすごいから食べてもらうしかない。


「今回は塩コショウだけの物とタレと一緒に炒めたお肉もある」

「おおっ、しかも白米もあるなっ」

「ふふふ、楽しそう、やっぱり文平はそうでなくては駄目」

「んー俺の勘違いか? さっきはすごい女子っぽい話し方をしていたと思ったけど」

「冷めてしまう前に食べなさい」


 ただもうあまり意味もなかった、もう意識はお肉にしかいっていなかった。

 それでも冷めたら硬くなってしまうだけなのでとりあえずは食べてもらうことに。

 彼に沢山食べてもらいたかったから自分の分はないけどお味噌汁があれば十分だからこれでも満足できた。


「まだおかわりもあるわよ?」

「風美の真似もいいけどさっきみたいなやつがいいな」

「まだおかわりもあるからね?」

「それだ、や、いつもの喋り方も吹雪って感じがするしいいんだけど……」


 なにか引っかかることがあるらしい。

 少し変えるだけでなにかが変わるならそうしていくだけだった。

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