06
「お、なにか予定があるとかじゃないなら吹雪が手伝ってくれないか?」
「なにをすればいい?」
「これを持っていてほしいんだ」
渡されたのは団扇だった、冬なのに謎だ。
で、なんでだろうと考えている間に腕立て伏せをし始めたから扇いでおくことにする、エアコンや扇風機とまではいかなくてもそういう風に動くことを求められている気がしたから。
「ふぅ、友達との賭けに負けた結果なんだ」
「それって彼女ができたという?」
「そうそう。ま、俺がやるところを見る前にその彼女と楽しそうに帰っていったけどな。結局はどうでもいいのよ、いまはいちゃいちゃしたいだけなんだ。それでもやったのはそういう約束だったからだな」
「律儀」
「ま、こうして吹雪も見てくれていたことだし、なにか言われても文句は受け付けないけどな」
多分、その友達的にもちゃんと守ったかどうかはどうでもいいと思う。
でも、その女の人にばかり意識が向いているわけでもない気がした。
「腹が減ったからなにか食って帰るか」
「肉まんぐらいにした方がいい、風美に怒られる」
「そうか、そうだな」
一瞬、おでんなんかを食べてもいいかもしれないという考えが出てきて速攻で捨てた、自分一人だけでもちゃんと作って食べた方がいい。
「俺らいつもなにか食べているな」
「それだけ余裕があるということ」
「でも、吹雪といるなら一緒に家でご飯を食べればよかったか」
「長村家に上がる前提なら僕は食べられない」
「いらない遠慮だけどな」
こればかりは相手がこう言ってくれているからと乗っかることはできない。
だから家の近くになって怪しい展開になる前にこうしてなにかを食べられてよかったと思う。
「なあ吹雪」
「ん?」
「あ、いや、なんでもない」
「言いたいことがあるならちゃんと言っておいた方がいい」
なんでもかんでも出していけばいいわけではないけど我慢をしすぎるのもよくない。
あと悪いところがあるならちゃんと指摘してほしかった、正しければ正しいほど言い訳もできないわけだから怒られるかもしれないなんて心配も必要ない。
「今度、出かけないか?」
「また風美になにか買いたいとか?」
ではなく、なんでそれぐらいのことで一回はやめようとしたのか。
本人も内では悩んでいるということなのだろうか? それならもう少し考えてからにした方がいい。
「今回は違うな。まあ、ゲームセンターとかそういうところにいければいいんだ」
「分かった、楽しみにしている」
「もっと緩い感じで頼む」
なんでこんな顔をするのか。
気になったから手を掴んで引っ張ってみたら「置いていったりしないよ」と変な勘違いをしてくれた。
「嫌ならやめておいた方がいい」
「ど、どういうことだ?」
「いま微妙そうな顔をしていた」
「あ、ああ……それは今回は二人だけだからだよ」
「ん? だったら風美を――なに?」
繋がっているのをいいことに今度はこちらが少し引っ張られることになった。
「それはいい、それに俺から言っているのに嫌なわけがないだろ」
「なら今日はとりあえず帰ろ」
「そうだな、これで夜もガツガツ食べなくて済むよ」
長村家の前で別れて一人で家へ、少し休んでもやる気がなくなったりはしないからごろごろとしていると『いまからいくわ』と風美からメッセージが送られてきて体を起こした。
これなら寄っていけばよかった、そうすれば風美も無駄に歩かなくて済んだのにともう遅いけどそんなことを考えた。
「よ」
「寄っていけばよかった」
「さっきまでお兄ちゃんといたんでしょ? まあでも、あっちだとできない話とかもあるからね」
あれ、もしかしてこの兄妹は喧嘩でもしてしまったのだろうか。
「ふぅ、お兄ちゃんは……どうだった?」
「あくまで普通だった、友達との賭けに負けて腕立て伏せをしていたぐらい」
「そ、ならいいんだけどね」
喧嘩かどうかそのまま聞いてみると「いや、最近は難しそうな顔でぼうっとしていることが多いから気になっていたのよ」と教えてくれた。
「文平が二人だけで遊びにいこうと誘ってきた」
「あ、それがしたかったからなのかしら?」
「分からない、だけど今日も難しそうな顔をしていた」
ちゃんと吐かせていなかったらあのままなくなっていたと思う。
一回目のそれが上手くいかなかったら次はなかったかもしれない。
まあ、僕のことで悩んでいたかどうかは分からないからいまは妄想の域は出ないけど。
「んーそれでも出る前にお兄ちゃんを見たけどスッキリしたような顔をしていたから多分それが理由ね」
「僕を誘うぐらいでよく分からない」
「や、そこは出会った頃とは違うってことなんでしょ。つまり、意識してきたってことよ」
「意識って女の子として見ているということ?」
少し一緒に過ごして、少しご飯を作ったぐらいで気にされ始めるのだとしたら独身なんて言葉は生まれないのではないだろうか。
正直、ご飯を少し作れる以外は髪が長いぐらいしかないから大丈夫なのかと心配になるぐらい。
「そりゃそうよ、他になにかある?」
「物理的に美味しそうに見えて食べたくなっているとか」
両手と両足を縛ってくるくるーと炎の上で回せばこんがり肉のできあがりだ。
「お兄ちゃんはお肉が好きだけど流石に人をお肉として見たりはしないわよ、それに男女だと違う意味に聞こえてきてしまうからやめなさい」
「流石に僕で興奮はできないと思う」
「うわ、あんたが言うとなんか犯罪臭いわね……」
犯罪臭いらしい。
彼女の引いたような顔が何故か地味なダメージとなった。
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