第1話
「よっ、健ちゃん」
学校の下校中。
透き通った女性の声が聞こえると、不意にバックハグをされた。腰の部分を細い腕が優しく覆う。同時に、優しいバラの香りが鼻を刺激する。
「えっ、はっ?」
驚きの余り、声を上げる。
この女性は誰だ? それが一番に浮かんだ。
第一、女性にバックハグされる関係を持ったことが無い。
ってかそもそも、俺は『健ちゃん』って名前じゃない。俺の名前は
「すみません、どなたですか?」
「あ……」
質問をすると、気の抜けた声と共に腕の力が少しずつ緩くなった。
良かった。本当に勘違いだったようだ。俺は「健ちゃん」と言う名前じゃなかった様だ。
「ごめん」
彼女は俺から離れたので「平気です」と言いながらそちらの方向を向く。
そこには、俺と同じ制服の白髪の少女が居た。
身長は160後半位とやや高く、そんな彼女は高校生らしからぬ美貌を持っていた。
どこかのハーフなのだろうか。鼻筋は高く、どこか西洋を連想させる。
そんな彼女のサファイアブルーの瞳は透き通っていて綺麗だった。
そして、目線を下に下げると——
「君、初対面の女性にそんないやらしい目線は良くないよ、えっち」
彼女に怒られてしまった。彼女は頬を膨らませる。
「あ、ああ。ごめん……じゃ、俺はここで」
そう言い、俺は彼女を背中にして去る——
「待って」
——と、彼女は俺の左手を掴んだ。
彼女の手は、思いの外小さく柔らかい。それでいて、暖かかった。
「ん? どうした?」
シスターの感触に戦慄しながら、彼女の方を向いた。
暖かくて心地の良い風が吹くと、シスターの白銀の髪が靡いた。
シスターは小悪魔っぽくにやけ、一言——
「君野明飛君。今から、家来てよ」
と言った。
「えっ?」
何故、俺の名前を知っているのだろうか。まずそれが浮かんだ。
俺はシスターに会った事がない。何せ、今日初めて出会いバックハグされた。ただそれだけである。
いやでも、初対面なのに俺の名前を知っているって事は、もしかして。
もしかして、どこかで助けたのか? 彼女を。
いやいやいや、そんな事ない。こんな美人、忘れているはずがない。なら結局なぜ俺の名前を知っていて、それでいて
「何故——」
——俺の名前を知っているんだ。
質問をしようとすると、シスターに
「これから分かるよ」
そう言うと、シスターは俺に優しく
「ほら、着いてきて」
*
「ついたよ」
そう言って彼女が指差した先には、大きめのアパートがあった。
「……ここ?」
「? そうだけど」
俺が少女に聞くと、少女が疑問符を浮かべながら答える。
「っあ、そうだった」そう言い、少女は俺の先に立ってこちらを向く。
「自己紹介が遅れたね。私はシスター。シスター・ホワイトローズ。宜しくね、明飛くん」
「あ、ああ。よろしく、シスター」
俺が返事をすると、彼女はまるで白いバラのように綺麗な髪をを
「入るよ、おいで」
俺が立ち止まっていると、シスターがこちらに向かって手を振って居た。
“これから分かるよ”
か。実は幼馴染だったりするのか? 俺の記憶に無いだけで、実はそんなラブコメみたいな展開が——
*
「君は政府公認秘匿組織『サイドアップ』に選ばれた。理由は「最強能力を持っているから」だよ。よろしくね」
んなことなかった。現実はそんなにご都合主義じゃなかった。
そう思っていると、シスターは俺に手を差し伸べる。
「ああ。
俺は返事をすると、シスターの手を取……
「いやそんな都合の良いことあるかよ」
らずに手を上に上げる。
そんな俺に彼女はキョトンとしてこちらを向いている。
「確かに、現実はご都合主義じゃないね」
数秒後、彼女は両手を上に向け、やれやれと言わんばかりにため息を吐く。
「『ご都合主義じゃない』じゃないわ。政府公認秘匿組織って何? まずはそこからだって」
俺が尋ねると、彼女は「これは彼らも手こずるだろうなぁ」と呟く。
「分かった、分かった。……じゃあ先ず、『旧世界』って知ってる?」
旧世界……? 古い世界か? 言葉はなんとなく分かるが、意味はさっぱりだ。
「その反応、わかんない様だね」
シスターが頬杖をつきながら微かににやける。
わかんないことばっかだ。政府公認の秘匿組織だって、最強能力の事だって、旧世界も。
ハテナが2つから3つに増えたのみ。ひとつひとつ、全てがさっぱりである。
「じゃあ逆に、今ので俺に何が理解できたとでも?」
少し皮肉を込めて言う。
「いや、これだけで全て分かったら流石にビビるよ」
「質問の意味……」
俺がため息をつきながら落胆をすると、シスターは紅茶のカップを皿に置く。
「それは、大体80年前。世界が東西に分断されていた時期——」
「おいおいおい、説明とか言いながら始まるのが昔話? なんの冗談だよ」
「そこ。百聞は一見に如かずって事で
シスターが狂気の笑みを浮かべる。響きで分かる、ヤバイやつだコレ。
「話が聞きたくなりました。実は俺得意科目社会なんすよ。歴史とか大好きなんすよ」
何か言い訳を……。
と言った言い訳だが、半分本当だ。実は公民が好きなだけだ。
「
サイドアップ、並びに旧世界の説明する
キウイ出す
能力の紹介する
シスター「どう? 入る?」
人助けという事でお父さんが脳裏をよぎり、入る事にする。
中から出できたのは、一人の少女だった。
中学生だろうか。容姿ではかなり幼く見える。だが、これまた俺と同じ学校の制服を着ている。
身長は大体150位で、やや小さい。シスターの髪とは真逆で黒くて長い髪を持った太眉の女の子だった。
「し、シスターさん、ただい……まっ!?」
語尾で声が裏返る。俺を見たのだろうか。彼女と目が合った。
彼女から見て俺は『同居者(?)が連れてきた、得体の知れない男』と言った感じだろう。この反応は当然だ。彼女の眉が寄る。
「だだだ、誰ですかシスターサンソノヒt……」
少女が早口でそう告げる。正味、最後の方は聞き取れなかった。
「ああ、彼? 彼は
俺の右肩をポンと叩く。
「新メンバーって、俺入んないって言ってんだけど」
肩に乗ったシスターの小さな手を
「ほら、上がって。キウイちゃん、紅茶お願い」
「は、はいっ!」
そう言うと、キウイと言った少女が張り切った様子で部屋の奥へと入っていった。
「んじゃ、お邪魔します」
俺も靴を脱ぎ、正面の扉を開けた。
そこに広がって居たのは普通の部屋だった。犯罪組織とはかけ離れたような感じだ。
キッチンにはキウイが立っており、紅茶を作っている。そしてリビングにはテレビとソファが置いてあり、二人で生活するには十分そうだった。
「あ、いいよ。座って」
「あっはい」
シスターに
「ど、どうぞ……」
キウイがトレイの上に乗った紅茶を持ってきて、机の上にコースターを置いた後に紅茶を置き、続いてポットを机に置く。元々温めてたのだろうか。紅茶の出が早い。
「ありがと」
「あ、ありがとうございます」
シスターがお礼を言い、続いて俺もお礼を言う。
シスターが紅茶を
じゃあ俺も飲もうかな。
そう思いながら俺も紅茶を飲む。
「ありがとうなんて……褒めても何も出ませんよ、えへへ、えへへへ」
浮かれポンチな声が聞こえたのでそちらの方向を向くと、キウイが手を後頭部に回して薄気味悪い笑みを浮かべて居た。褒めたつもりなんて
「……彼女、どうしたの?」
小声でシスターに聞く。すると「ん」とだけ言い、空のカップをコースターの上に置く。
「よくある事だよ。キウイちゃんは感情の起伏が激しいんだ」
そう言うと、シスターはカップにポットに入った紅茶を注ぐ。
「は、はぁ……?」
俺が半分呆れながら頷く。
シスターがまた紅茶を啜る。
「……」
「……」
「えへへ、えへ、え……」
シスター、続いて俺が黙り込み、同時にキウイの笑いも少しづつ小さくなり彼女の顔色が徐々に悪くなり、笑顔が引き
「あれ、この空気って私が作った訳ですよね、よってこうなったのは私が悪いのでは、いや、実はそのアストと言う人は私の事邪魔だと思ってて私初対面の人の前で変な喜び方しちゃったし……うう、お腹痛くなって来ました。トイレ行ってきます」
急に早口で話し出したかと思うと、キウイはトイレへ向かって行った。
キウイがトイレに行ってから数十秒。沈黙が続いた。
「ほら、言ったでしょ?」
そんな沈黙を破ったのは、シスターだった。
「確かに、騒がしいね」
「そう、彼女はここのムードメーカーなんだ」
「へぇ」
「でも」シスターが続ける。
「彼女、君が仲間だからってすごく頑張ってたよ」
「頑張ってたって?」
勝手にテンパってただけじゃ……?
「彼女、人と話すのが苦手でね。勝手にテンパってた訳じゃ無いよ。初対面の人だと一言も話さない事もあるし」
シスターは俺に指差す。
「君。そう、君と仲良くなりたいんだよ。彼女は——キウイちゃんはもう、君を仲間だと認めてるよ」
ニヤリと笑う。「来た」と言った。
「すみません、仲間が増えたと思って少し浮かれてました……」
キウイが俯きながら部屋に戻ってくる。シスターが「ほらね」と言う。
……仲間、か。
「ってか、入るなんて一言も言って無いって」
「仲間なんて言って無い」と小さく続けると、
「「確かに」」
そう言い、二人は声を揃えて笑った。
(5/10)
「実は、人間には一人一個ずつ、超能力があるんだ。私なら手で触れた人の心が読める。キウイちゃんは炎と水を操れる。そんな奴」
辻褄が合った。シスターが俺に抱きついたのも、俺の名前を知って居たのも。キウイの紅茶の出が早かったのも。全て彼女の言う『超能力』が本当なら、説明が付く。
そう考えると、俺の『弱点無し』は確かに謎だ。俺tueeeee‼︎でも始まるのだろうか。
と言うか、なぜ
「私達は、能力の覚醒を『発芽』と呼んでいるんだ、この理論で言うと君は未だ——」
少し間が開く。
『俺に答えろ』と。成程理解。
発芽——それは植物の種子、枝にある芽などから芽が出ることや、胞子や花粉などが活動を始めること。
その理論だと今俺は植物の種子。つまり——
「『種』って事?」
「これまた正解、そう言う事だよ。……どう? まだ信用出来ない?」
「もういいよ、ありがとうキウイちゃん」シスターがキウイに伝える。「はい、分かりました」キウイが答える。
すると、水の玉が自由落下に従い、ガラスのコップの中に入り、『チャポン』と音が鳴る。
「じゃあ聞く。この組織は、何をして居る?」
まだここが良い団体と決まった訳じゃ無い。凶悪犯罪と関わっているかも知れない。俺は、まだそんな考えを捨てきれずに居た。
「簡単な話だよ。私達はただ、人助けをしてるだけだよ」
人助け……? 超能力が使えるとなると、テロを未然に防いだりするのか……?
「残念。そこは不正解。私達——サイドアップNo.8『アンノウン』は、旧世界に迷い込んだ人を助けると言った活動をしているよ」
俺の心を読んだであろうシスターが、人差し指を交差させる。
「待て待て。まず旧世界ってなんだ?」
旧……古い世界? 考えれば考える程謎は深まる。
「っあー、まだ旧世界について話してなかったね」
「ごめんごめん」シスターが軽いノリで謝る。
「人の不可解な死や、行方不明の殆どが旧世界による者で、旧世界のゲートは急に現れる。例えば……街の中、山の中、森の中、火の中、水の中、草の中……あの子のスカートの中とか」
シスターがキウイを指差す。
「うえっ? 私ですか!?」
ピーマンを刺したフォークを口に持って行く途中。シスターに指差されたからか、キウイが分かりやすく驚く。
そんなキウイにシスターは「冗談だよ」と微笑する。
「色んな所に現れては、人だけを連れていくんだ。そして旧世界に連れてかれたかと思うと、そこに待ち受けているのは人喰いモンスター。私達はそんな旧世界に行ってしまった人達を助ける。と言った仕事をしてるよ」
キウイが口元をもごもごしながら小さく頷く。
旧世界……これも信じ難いが本当なのだろう。
「もう一つ質問いい?」
俺が問うと、シスターが「いいよ」と言う。
「その、シスター達の団体って何? 世界の闇組織だったりする?」
「闇組織って」。シスターが吹く。
彼女達が行っている事は正義だ。だが、場合によっては彼女達は命を賭けている事になる。そんな事がボランティアとは考えられない。収入はどこから? また、その金はどこから出ている? 闇金?
俺はそれらを聞いた。
「サイドアップ。組織名だよ。由来はよくわかって無いね。ヨーロッパに拠点を置いてる世界共通組織だよ。通称SA。実は日本も加盟していて、私達は
「実はまだ決まって無いだけです」
キウイがタイミングを見計らって言う。「こらっ」シスターが微笑む。
「そうなんだ、実は名前は決まって無いんだよね。でも、さっき決めた」
「聞きたい?」シスターがそう言うと、キウイがコクコクと頷く。
「『アウター』。明飛君の『ア』と、キウイちゃんの『ウ』。そしてシスターの『ター』。安直過ぎるかな」
シスターが照れたように頬を掻く。
「ってか勝手に俺を仲間に入れるな」
自然過ぎて気づかなかった。俺じゃなかったら見逃してるぞ。多分。
「君の身元を調べた上で言ってるんだけどなぁ」
シスターが紅茶を啜る。
「
シスターが立ち上がって一回転し、スカートがひらりと舞う。
「こっちの事情は全て筒抜けって訳か。……はいはい、一人暮らしで部活もバイトもやってません。いつでも入れますよ」
俺が呆れながらそう言うと「じゃあきまりだね」と言い、笑顔を見せて椅子に座る。
「ようこそ、『アンノウン』改め『アウター』。『アウター・サイドアップ』へ」
シスターが手をこちらに向ける。キウイが「ようこそー!」と、両手を上げる。
浮かれポンチだな。そう思い、俺は微笑する。
「ああ、こちらこそ宜しく」
そう言いシスターの手を取ると、シスターのスマホがなる。電話がかかって来たのだろう。
「早速仕事だね」
そう言うと、シスターは電話に出る。
「こちらシスター。……はい、はい。分かりました」
電話が終わったのか、シスターがスマホをポケットに入れる。
「キウイちゃん、明飛君、岐阜でコードAが起きたらしい。行こう、『アウター・サイドアップ』。その初任務へ」
第一話 ご都合主義は、甘く無い。
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