第10話 鈍感じゃない
にしても、どうして雲茂さんと井口は言い合っているのかな。とるとかとらないとかよく分からない。
こうして会えたから仲良くしてほしいけれど、幼馴染ということならそれが二人のコミュニケーションなのかもしれないし。でも、会話についていけないというのはやっぱり少しはさみしいものではある。
「俺いない方が良さそう?」
「なに言ってるの?」
「なに言ってんだ?」
気を使ってそんなことを言ってみたら二人から笑顔の圧がきた。
どうやらこの場から逃げることは許されないらしい。
「ナルがいないとかもう耐えらんねえから!」
「うん、分かったから・・・ちょっと力強いよ、井口。俺締まるって!」
耐えられないからと言った勢いのまま井口が俺に抱きついてきた。
その腕の力が強くて苦しい。
でもその腕の力を緩めてはくれない。
「あのー井口?」
「・・・雨。雨って呼んで」
「え?」
「だってナルずっとオレのこと苗字で呼ぶだろ?名前で呼ばれたい」
井口からのそんな要望。確かに前も今も名前で呼ぶことはなかった。
けれど、特に気にしていないと思っていた。
だからお願いされて驚いたけれど
「分かったよ雨」
俺はそう答える。
親友のお願いはできることは叶えてあげたいからね。
まあ、したくないことはしないけれど。
「おう!」
雨はまた笑う。
大したことをしたわけではないのにとても嬉しそうに笑うんだ。
「僕のことも名前で呼びな」
「え?でも雲茂さんって呼ばれるの嫌がってませんでしたっけ?」
「許可してないのに勝手に呼んでくる奴らは嫌だよ。でも、今は僕が許可を出してる」
「そうですか・・・じゃあ、弥生さんって呼びますね」
俺がそう言うと弥生さんは満足そうに笑った。
名前で呼ばれることはあっても不満そうだったからな。
俺が名前で呼んで満足そうに笑うのが意外だ。けれど、その意外さを嫌だと思うことはない。この人とこうして話せていることが嬉しい。
前では考えられなかったことだ。
「弥生さんも俺のこと名前で呼んでくださいね」
「呼んだでしょ成海」
「普段そんなに呼ばないじゃないですか」
「呼ぶ機会もないからね」
チワワって呼んでくることの方が多かったから名前で呼ばれるのは新鮮だ。
「機会がないなら作ってくださいよ・・・」
「君も結構わがままだよね」
「うわーあなたに言われたくないです」
「それってどういう意味?」
なんでこんなにも軽口が出てくるのか分からない。でも、弥生さんとこんなふうに怯えずに話せることは嬉しい。
「ナルーオレとも話せよ」
「うんうん話すから、話すから。もうさっきから力強いよ雨」
「だってナルが弥生と楽しそうにしてっから・・・」
もしやこれが嫉妬というやつか?なるほどこの世界はそういうものだったな。妹が作ったのだから弥生さんと雨のカップリングにしていてもおかしくはない、か。
「安心して、弥生さんはとらないから」
「はあ?なんで弥生?」
「俺に弥生さんとられそうで嫉妬してたんでしょ?」
俺は雨の耳元で呟く。
「んなわけあるかよ・・・」
「え、違ったの?」
「弥生のせいでナルに誤解されたんだけど?」
雨が弥生さんに向かってすねたように言う。
「僕のせいじゃないでしょ。成海が鈍感なのは元から」
「わかってっけどさあ」
てっきりそうだと思ったのに違ったらしい。
鈍感だって言われるし、ただ誤解だったというだけなのにな。
まあ誤解だったなら誤解だったでいいや。
「邪魔になったらいつでも言ってね」
「だからならねえって!」
雨が俺に向かって強く否定した。
いつもの爽やかな笑顔を見慣れているから戸惑ってしまう。
真剣な表情。
そんな表情のままで続く言葉を聞こうと俺は耳を傾ける。
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