第7話 約束

「約束、ね。とりあえず僕と......雨に責任を感じないこと。どうせ急にいなくなってごめんとかそんなこと考えてるでしょ。確かに急にいなくなったことについては怒りも湧いたけど君が責任を感じることじゃない。一部始終はあの忠犬から聞いたし。君がいなくなってからの忠犬はいつも静かで落ち着かなかったけどね」


 この人は本当に変わらない。

 俺の考えていることはいつだって筒抜けなのだ。

 責任は感じていた。自分も助かる方法を瞬時に考えるべきだった、って。

 目の前でいなくなるところを見せてしまった友人に対しての罪悪感はずっとある。

 俺のことを慕ってくれていたいい子だった。

 彼は雲茂さんからは忠犬と呼ばれていたのだが。

  

 他の自分の大切な人にだって申し訳ないと思っていた。

 また明日とそう言って別れたのに、もう会うことができなくなってしまった。

 その後悔はずっと消えない。


「責任とか、感じてましたよ。でもそれは俺が彼らを忘れないためには大事なもので、もう二度と悲しませないために覚えておきたいんです。たとえ自己満足だとしても、絶対にまたもう一度笑い合うために」

「相変わらずわがままだね。まあ嫌いじゃないけど」


 雲茂さんは座り直してそう言った。

 わがままだというのは自分でも分かっている。

 だが、俺は生まれ変わっても、妹の漫画の世界に生まれても……ずっと会いたいって思いながら生きてきた。また明日を望んで別れた大切な友人たちに会いたい。そう思って生きてきたのだ。

 こうして雲茂さんに会えたことも、名前は違うけれど雨井に会えたことも俺にとっては奇跡みたいなものだ。

  

「俺は昔からずっとわがままでしょう?貴方もですけど」

「一言多い。僕は僕がしたいことをしているだけだ。それは前の記憶があっても、今の記憶があっても、変わらない。だから君もしたいことをすれば?」

「したいこと......そうですね、俺は俺自身が思う最善を進んでいきます。ここが漫画の世界とかそんなことどうだっていいです。俺は、ソラに合う相手を見つけて幸せになってほしい。今したいことはそれですから」


 雲茂さんのおかげで自分の本音に気がつくことができた。

 この世界での......久保成海としての役割がなにかなんて分からない。

 けれど、小さい時から共にいるからソラには幸せになってほしい。きっと今のこの気持ちを大事にすればいいのだと思う。


「ほんと、お人好しだよね」

「それが俺なの知ってるでしょう?もちろん雲茂さんにも幸せになってほしいですよ」


 俺がそう言うと、ため息混じりに


「僕の幸せとか自分で掴むし、君とこうしてまた話せてるから幸か不幸かなんてもう気にしないよ」


 雲茂さんが答えた。

 その言葉は彼の最大のデレ。

 普段はそんなことは全く言わない。普段、というのは俺の知っている間だけなのだが。

 それでも、俺と話せたから良かったみたいなことは言われたことはない。


「それって俺に会えたから幸福ってことですか?」

「さあ、どうだろうね」


 笑ってごまかされた。

 今なら素直なのかと思ったけれどどうやら違ったようだ。

 この人の考えていることはいつだって分からない。

 俺のことは把握されているというのに。顔に出てしまうから仕方ないのだが。


「ほんと、貴方には敵う気がしませんよ……」

「君の鈍感ぶりにも僕は敵う気しないけどね」

「鋭い方だと思うんですけど?」


 人の悪意とかはすぐに感じとって危険だったら離れてたし。そのくせドジはするから傷は多い方だったな。

 最後も危険を感じとったから庇うことができた。それなのに、雲茂さんは俺を鈍いと言う。

 

「人の好意には鈍いんだよ君は。僕は困らないけどちゃんと気づいてやりな」

「はい?」

「君を好いてる人間も少なくないってことだよ」


 俺が大切に思っている人はいるけれど、俺のことを好いてくれていて、大切に思っ思ってくれている人がそんなにいるとは思えない。

 まあ、心当たりは一人いるのだが。

 だから雲茂さんに気づいてやれと言われてもいったい誰のことか分からない。


「よく分からないですけど、でももう俺は好かれてもそれと同様のものを返せないので.....」


 失うことの怖さを知ってほしくない。もちろんいなくならないようにする努力はする。それに幸せになるところを見届けるまではいなくはなれない。

 それでもいつなにが起きてしまうのかは分からない。実際前のことだって急だったのだから。

 好かれたとしても、俺はそれ以上に踏み込まれないように遠ざかる。同様のものを返せないというのはそういうことだ。

 

「君がどう思ってようが勝手だけど辛気臭い顔しないでくれる?君はいつものアホ面のほうが似合うよ」

「アホ面って......まあ、ありがとうございます」


 彼なりの慰め方。言い方は不器用だが雲茂さんがそういう人なのは知っている。

 俺が苦しそうにしているのは似合わないということなのだろう。

 俺も似合わないと思った。だって苦しい顔をしていたっていいことないのだから笑っていたい。


「雲茂さん、俺やっぱりみんなが笑っていられるようにしたいです。ソラだけではなくて雲茂さんや井口......俺が関わる人達に笑っていてほしい。だから、自分に好意を向けられても返せない。この答えなら貴方は納得しますか?」

「君はこうだと決めると早い。そういうところは認めてるよ。ただね、笑っていてほしいと願うのなら自分も幸せになる努力をしな」


 幸せになる努力......そう言われてハッとなった。俺は自分のことは考えていなかった。人のことばかりで、自分のことは後回しでいいと思っていた。今だってそうだ。

 けれど、雲茂さんは俺も幸せになれと言ったのだ。

 

「俺は自分のことはよく分からないです。みんなが......俺の周りの人が笑っていてくれるならそれが俺の最善ですから」

「そうじゃないことも見つけな。君は自分のことをボロボロになるまで働かせすぎるからね......せっかく僕がいるんだからストレス発散ぐらいなら付き合ってあげる」

「それ自分がしたいだけですよね?」


 みんなのこと以外の自分の最善を見つける。それは俺にとっては難しいこと。

 けれど、見つけたいと思う。

 きっと、この場所で生きていくうえで必要になることだ。


「見つけてみせますから、その時は隣にいてくださいね?」

「別に言われなくてもいるよ」

「約束ですよ?」


 もう一つの約束。

 今度は絶対に破ることがないようにと、心に誓った。

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