第17話 一息

 自分のことならいざ知らず、他人の目覚めを待つ時間というのがこれほどまでにもどかしいものだとは思わなかった。

 拝を背負って山から下りた後、ひどりを始めとした払﨑の人々は急いで拝の治療に入った。まあ、治療とはいえ外傷はほとんどないのでその内容は呪術的なものでないかの確認がほとんどだったが。

 改めてというか、拝もまた払﨑家の息女なのだと思わされる。

 幸い呪いの類の影響もほとんどなく、単純にエネルギー切れだということが分かって全員ホッと胸を撫でおろした。

 後はもう、目覚めるのを待つばかりだった。


 「……うっ」

 「拝、目覚めたか?」

 「あた、し……ここは……」

呻き声と共に拝が目を覚ます、乱れた髪を煩わしそうに払い当たりを見回すとここが慣れ親しんだ我が家の一室であることに安堵した顔を見せる。

 「お前んちの部屋だよ。もう山の中じゃない」

 「そっか……あたし、迷惑かけたね」

 「いいんだ、気にすふべっ!?」

 「ああ、お嬢様! お目覚めになられてよかった! このひどり、お嬢様がお目覚めになられなかったらどうしたらいいか気が気でありませんでした」

 襖に叩きつけられたまま、俺はひっくり返った姿勢でため息をつく。実際ひどりも拝が眠っている間はひどく落ち着きがなかった。お互い様ではあるが、何だか釈然としないが……。

 「ちょっとひどり、苦しいって……ぐえっ」

 あまり女性の口からは聞かないような呻き声が聞こえた。これだけ思ってもらえるなら主冥利にも尽きるというものだろう。それはそうとして、いい加減離してやらないと拝もやばそうだが。

 顔が真っ青になっている……。

 「騒がしいと思えば、またかひどり」

 「ああ、祈お嬢様! ご無事でしたか、ひどりは心配で心配で……!」

 「ふ、たかが庭の見回り程度のことでイチイチ大騒ぎするな。お前が心配するようなことなど何もないさ」

 祈は今度は祈に抱き着こうとするひどりをサラりと躱し、俺の下へとやってきた。

 「妹が世話になったようだな、礼を言う」

 「ああ、いや別にそんな大したことしてないって。こっちより、そっちの方が大変だったんじゃないか?」

 俺が象形に水を向けると、象形はチラとケイに視線を向けた。ケイは得意気に小鼻を膨らませていた。

 「こっちの方は鬼が出たんだ。まあ、鬼と言っても本物の鬼じゃない。鬼のなれ果て……もしくはなり損ないみたいなもんか。俺や祈さんでも、別に相手取る分には全然問題ないんだが」

 「イチイチまどろっこしかったからな、手を貸してやったまでじゃ。しかし、噂には聞いていたが日本にもオーガがいるんじゃなぁ」

 「オーガ?」

 「鬼種のことだ。西欧だとオーガなんて呼称されるが、本質的には同じ種族だな。まあ、若干生態は違うかもしれないが」

 象形はそれくらい常識だろうと言わんばかりに説明する。

 ……常識がなくて悪かったな!

 まあ、この調子だと象形も呪い刀を抜くまでもなかったことだろう。その証拠というか、祈も象形もあまり着衣の乱れがないように見える。

 「半信半疑だったが、貴殿が魔女というのは本当のようだな。どうしてこの国に、古き時代の魔女がいるのかはよく分からないが」

 「おお、信じてくれるか! 流石は次期当主、話が分かるのう!」

 いつの間にやらケイは祈と象形とそんな話をしていたらしい。こっちが拝とひどりと色々話をしている間に、向こうは向こうで親睦が深まったようだった。

 慣れ合いとは言わないまでも、親父の行方を知るためには多少は踏み込まなくてはいけないところなので、これに関しては願ったり叶ったりというところか。

 しかし、それにしても……。

 「おまえ、ケイが何したか分かるか? 化生と目が合っただけで胴体が真っ二つになったんだぞ!」

 「こっちだって字見くんはかまいたちを相手に全然負けてなかったのよ!?」

 何故か俺とケイで、代理戦争が始まっていた。当人たちはといえば、すっかり蚊帳の外だと言うのに。

 そんなやり取りを見ていると、何だかドッと疲れが出てきた……。

 肉体の変化は、牢の中にいる頃に暇な時間で魔孤魅に散々稽古をつけられた。懲罰と称して鳳蝶にも鍛えられたこともあったが、やはり実践は神経のすり減り方が違う。こんな調子だったなら、呪い刀担い手として選ばれていたかどうかは怪しいところだ。

 取り留めもないことを考えていると、祈が少しばかり柔らかい顔で俺に声をかけてきた。

 「籠の外は、大変か」

 祈の言葉に、思わず心臓が跳ねる。今まで誰も触れてこなかったことに触れられ、にわかに警戒が高まる。

 「何、そう構えることはない。某は、見ての通り感情の表現があまり得意ではない。これは単に、純粋な興味でだ」

 「……まあ、お嬢様には分からないでしょうよ。どっちがマシかって言われたら、今はトントンくらいだな」

 「ふふ、違いない。だが、チーム分けは正解だったようだったな」

 「妹が一緒じゃ、やりにくいのか? 姉妹だろ」

 「姉妹だからこそ、思うところもある。それは恐らく、拝も同じだろう」

 「……そんなもんかね」

 生憎兄弟も姉妹もいない俺に、祈の気持を察することは難しい。外に出たばかりで、色々初めてなことも多い中なのでなおのことだ。

 「姉妹、姉妹ね……」

 ぼんやりと、俺は拝と象形のやり取りを見ていた。外から見ている分には、二人とも少し近づきがたい雰囲気がある。しかし、こうして内側から——傍で見ていると、二人とも年頃の男子と女子にしか見えるようになった気がする。互いが互いに心を許し、それが当たり前であるように。

 

 あるいは、俺自身も他の誰かから見られればそう見えるのだろうか?

 

   

 

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る