目を閉じる

僕は、たまにどうしても文章が書きたいという衝動に襲われる。何か大層なストーリーを思いついた訳でもないし、社会に何かしらのメッセージを残したい訳でもない、ただこの蕭索とした現状を憂いて精神に多少の動きを加えたいだけなのだ。

そして、今日はその日である。


少し昔の話をしようと思う。

塾帰り、僕は母の車に兄と妹より数時間遅れて乗った。もうそこには兄と妹の姿はなく、少し機嫌の悪い母だけがいた。先に母は、兄と妹を連れて家に帰ったらしい。

その塾はノルマ制で、その日の課題を終わらせないと家に帰れないというペナルティーがあった。もちろん塾の閉校時間の22時になったら帰ることはできるのだが、その時間は小学生からしたら深夜である、それに5~6時間塾に居座るくらいなら早く課題を終わらせた方が良いに決まってる。無論、それが出来たらの話だが。

僕にはその時「兄や妹にはできて僕には出来ない10のこと」があった、そしてこのしようも無いリストで1番僕に劣等感を感じさせたのが塾の勉強時間の短縮であった。16時に塾に来て妹と兄は18時に終わり18時20分頃には家にいるだろう。しかし僕は、20時に終わり20時20分くらいにいつも家に着く。小学生の時の僕の就寝時間は21時30分くらいであったのであまりに遅い時間のご帰宅である。

毎週の水曜日、かなりの確率で2回も塾から家を往復する母。それは車で僕を待つ母の顔は不機嫌にもなるだろう。そんな不機嫌になった母を見るのが嫌になって僕は課題を2度、ちょろまかしたことがあった。1度目は見つからなかったが(見逃されただけかもしれない)、2度目は塾の先生に呆れられた。見放されるのが怖くて、鞄に隠したくしゃくしゃになったプリント1枚を泣きながら解いたのを覚えている。

母の車の中は、毎回宇多田ヒカルの曲が流れていた。彼女の曲は、塾の帰りの薄暮を求める陰惨な心情を甦させる。だか、僕は彼女の曲が好きだ。どうやら、今となってはその心情ですらもいい思い出らしい。あの時の僕が聞いたらどう思うだろうか。

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エッセイ ちょうれい @sirius-74

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