だって彼女は私とは違うのだから
サークルで日々を加速させ、一年と半年が経った十二月の下旬。イエスキリストが生まれたとされる数日前の事である。京都市内は雪で覆われた。大学は終日休校となり、しかし食堂は開いていたので私はなんとなく食堂に足を運んでいた。静謐が持つ不思議に魅了されようと考えたのである。しかし食堂はそこそこに賑わっていた。そして、一人だけ見知った人物が端っこの方で定食を食べていた。サークルに入って以来不思議と出会えていない、文目であった。
「……美桜? 美桜じゃん! 久しぶり〜」
相変わらず文目は元気そうであった。私は軽く手を上げて、定食を買いに行くジェスチャーをした。
「ほらよっと」
文目の指の間に挟まれた交通ICカードが、ブーメランの様に弧を描きながら私のマフラーに刺さった。
「危ない……」
もう少し手元が狂ってたなら私は必ず体のどこかに消毒液を塗る事になっていただろう。文目はドヤっという顔と共に、自分の首元を指差すジェスチャーをした。“これを使え”という事なのだろう。奢られる身は辛いよ。私はいつもの定食を頼み、文目の対面に座った。そして、互いに会っていない時期の話をした。初めの方は 気恥ずかしさもあったが、天気の話から始めて、私たちは会話のリズムを取り戻した。
「それ、本当なの? 美桜」
先輩の超常現象の話をすると、文目は娘の話を聞く母親のように穏やかな笑みを浮かべた。
「本当じゃないのかもしれない。けど私は目の前でその光景を見ている。現実は整合性の取れたものではないのかも」
「んー。けど雨宮先輩ならあり得そうだもんねー。教養人だし、一部界隈では“魔女”って呼ばれてるしねー」
「意外だね。信じるんだ」
「そっちの方が面白いじゃん?」
あれこれここ半年の間に起きた事を仔細に伝え、文目も彼氏ができたとか陸上で賞を取ったとかそういうたわいもない話をした、その後のことだった。
「文目のそういうところが、私は好き」
私の声が、どこからか聞こえた。私の現実はもう既に妄想との間にあって。
「……急に何? でも私も嫌いじゃないよ、美桜のそういうところ」
彼女は少し見ない内にどんどん先へ進んで行った。一回生の初々しさは消え、何か強がった風の二回生最初の刺々しさも消え、そしてきたる就活という名の忌々しきイニシエーションに適合されていっているように思えた。私は寂しくなった。教養人なんて呼ばれて、情熱の無用さを説いたりして、意味不明な映画サークルに入って。酒を飲んで。掴みどころのない白衣を掴もうとして。きっとこの先、文目は私と決別する。彼女のように情熱に焼かれない体を。穴の無い器を。私はきっと妬む事になるのだろうから。私は席を立った。いつもの四倍速で定食を食べ切って。
「もう行くの?」
文目に追いついた振りをする。
「……宝くじでも当たった?」
文目は怪訝そうな顔をした。
「冷める前に味噌汁を飲みたかったの。それだけ」
私はダッシュで食堂を駆け抜ける。
「足りてないよー!」
という文目の声が聞こえた気がした。私は走った。サークルに行くために。先輩に会うために。以来、文目には会っていない。
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