15
ユキマルとともにトヨミが都に戻った翌日、ホキの父カタブがカシワデの郷の者を引き連れて都に向かっている。
カタブの妻とヒリはその皇子をクルメと思い込んでいたが、トヨミかも知れないとホキは思っていた。帝を襲ったアヤマを討て、そんな
さらに翌日、カタブからの伝令が届く――宮の警護を依頼された。暫く戻れない。
この時もカタブの妻とヒリは、依頼者をクルメと考えている。クルメが住むのもタチバナ宮だと知るホキは、トヨミの依頼だと思っていた。実際はトヨミとクルメの叔母、
さらに翌日、カタブとともに都に行った郷の者の半数を連れて、クガネがカシワデに戻った。
「皇子クルメの妃をお守するようカタブから言いつかった」
ヒリがクルメの妃となって以来、初めての対面となったヒリとクガネ、どちらも動揺することなく顔色一つ変えもしない。近頃まで恋仲だったとは信じられないほどの素っ気なさだ。
「アヤマが帝を殺め、討伐されました――早急に次の帝を決めることになりますが、皇子たちの対立の激化が考えられます」
皇子の妃であるヒリの身を案じたカタブが、自分の手の者の半数をヒリの護衛に回したのだとクガネは言った。
「クルメも帝候補の一人なのですか?」
話が違うと言い出しそうな勢いでカタブの妻がクガネに問う。
「
有力候補トヨミに加担する者としてクルメが狙われ、その妃であるヒリも危ないと判断したということだ。
クガネの返答にホキの顔色が変わる――トヨミが帝候補? 都の勢力争いに、自分まで巻き込まれたような心地がした。
「トヨミのほかには誰が候補なのです?」
「オシサ、サクイの両皇子です。しかし、トヨミの人望を考えるとやはりトヨミだとカタブは考えているようです」
トヨミが帝になる……皇子の妃になることすら畏れ多いのに、そんなことになったら
「ところで……」
カタブの妻との話に区切りがついたクガネがホキを見た。なぜヒリではなく
「カタブから『ヒリの代わりにホキではどうか?』と言われた。ホキの心はどうなのだ?」
「本当にカタブがそんなことを?」
過剰に反応したのはカタブの妻、クガネを見、ホキを見、ヒリを見てオドオドしている。当のホキは言われた意味が飲み込めず、キョトンとクガネを見ているだけだ。
「
そう言ったのはヒリだ。言われたクガネが冷ややかな視線をヒリに向けた。
「
日を改めると言ってクガネは帰っていった――
カタブの妻が溜息を吐く。
「ホキさえ嫌でなければ、カタブの言うのももっともなのかもしれない」
「
理解が追い付いていないホキにヒリが言った。
「
「へっ?」
「
再びカタブの妻が溜息を吐く。
「ヒリの言うとおりよ。ホキさえイヤでなければ、それが一番なのかもしれない」
「だって、
やっと事態を理解したホキが母親を見、ヒリを見る。
「そんなこと……だって、ヒリは?」
「
ヒリがホキを真直ぐに見て言った。
「イヤならイヤってはっきり言わなきゃダメよ、
結局ホキはこの時も、自分の相手がトヨミであることも、トヨミが密かに通ってきていることも言えなかった。トヨミが帝になるかもしれないと考えるととても言えたものではなかった。だからと言ってトヨミ以外は考えられない。母にも妹にも言えないまま、ホキの悩みは深まっていく――
カタブが帰ってきたのはさらに五日後のことだった。郷の者も全員、一緒に戻ってきている。新しい帝が決まり、ヒリを護衛する必要もなくなったと屋敷の警護も解いた。
「それで、誰が新しい帝に?」
カタブの妻が問う。なんとカタブが答えるか、同席していたホキとヒリも緊張する。
「ふむ。
おおかたの予測に反して帝になったのはヌカタベ、ヤマテ国初の女帝だった。
ホッとしたのはホキだ。トヨミが帝になるのではないかと冷や冷やしていたのだ。ところがホッとしたのは束の間だ。
「ソガシが
摂政とは? 問う妻に『帝をお支えし、
「そして摂政はトヨミ。トヨミは次の帝位を約束されてもいる――ソガシとトヨミの二人で、この先はヤマテ国を動かすことになる」
呆気にとられるホキの隣で、ヒリが不安に震えている。
「それでクルメの立場はどのように?」
「ふむ。トヨミの片腕として活躍することになるだろう――ヒリ、
するとカタブの妻が
「トヨミの妃は確かソガシの娘では? ヒリなど相手にすることはなさそうです」
と不思議そうな顔をする。
「ん? あぁ、言い忘れていた――ホキがトヨミの妃になると決まった」
「えぇえぇえ!?」
ヒリがヘンな叫び声をあげ、カタブの妻は腰を抜かさんばかりに驚いて絶句する。何をどう言っていいのか判らないのはホキも同じ、息が止まるかと思うほど驚いている。
「いつだかホキを召した貴人はトヨミ、通うと言うから部屋を拵えたが
あぁ、そう言うことなのか……ソガシとヌカタベが反対することを見越して、トヨミは
そしてカタブはホキを見た。
「ホキに異存はないな? イヤだと言ってもトヨミの妃になるしかないぞ。何しろトヨミは摂政を引き受けた。拒めば帝と
「しかし、カタブ!」
気を取り戻したカタブの妻が抗議する。
「クガネはどうするのです!? クガネにホキを妻とし、次の村
「ふむ……クガネには
あの男には女運がないのかもしれないな、気の毒そうに言うカタブ、
「何しろ決まったことだ。三人ともそのつもりでいるように」
言い置いて部屋を出た。
ホキもヒリもカタブの妻も、黙り込んで物思いにふける。と、ヒリが姉を見て言った。
「
なんだ、そんな事かとホキが思う。ヒリは意地悪でも、思いやりがないわけでもないが、はっきりものを言いすぎるきらいがある。何を言われるんだろうと、身構えてしまったホキだった。
「そんな必要はないわ。部屋なんか、どうでもいい」
「そりゃあ、
「あら、クルメが何か言っていたの?」
「そうじゃないけど、
こうなったからには、トヨミがこっそり来ていたことを打ち明けるしかない。
「実はね」
覚悟を決めてホキが告白すると、
「ホキの願いが叶うのね」
カタブの妻は安堵で微笑み、
「
ヒリは涙ぐむ。
二人を見てホキは『
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