第6話
アパート暮らしが始まって半年が経とうとしている。
真紀はカラオケフロアを任されるようになった。
真紀と隆二には週末がないと言ってもいい。
昼間は休めていて、プライベートで出かけることはできているが、真紀の店は週末こそ忙しい。
フロアの責任者になった今、店を休むわけにはいかない。
特に土曜日は。
むしろ、バイトを休めるのは金曜日以外の平日に限られる。
学生バイトでありながら、店では重要な戦力だ。クロージングで売上の締め作業まで任されているため、オーナーや店長からも信頼されている。
「隆二、ごめんね」
「何のこと?」
「私が仕事でいつもいなくて。しかも、夜遅くに迎えに来てもらってるし…。隆二の生活、全部私に合わせてくれてる。隆二の時間を借りてばかり…」
隆二は無言で真紀を後ろから抱き寄せた。言葉をかけるわけでもなく、ただ黙って寄り添ってくれているその腕を、真紀は強く抱きしめた。
この瞬間がなくなってしまうと、自分の魂が体から抜けてしまうような気がした。
真紀はストーカーが憎かった。
あの男が付きまとわなければ、隆二をこんな目に遭わせることもなかったはずだ。
そう自分を責めることもあった。
ただ、ストーカーの存在が、隆二との距離を縮めるきっかけにもなっていた。
アパートに移ってからも危険な日々は続き、まだ大学に通っている真紀は、メールをチェックするたびにストーカーから何かが届いていないかとビクビクしながら生活をしていた。
見えない相手に怯え続ける日々に、疲れを感じ始めてもいた。
週明け、隆二と一緒にキャンパスへ行き、彼は真紀のクラスがあるビルの前で別れを告げた。
その後、隆二は自分のクラスが始まるまで大学の図書館で勉強に取りかかる。
真紀はその日のクラスが終わると、コンピューターセンターでメールを確認した。
またあいつからのメールが届いていた。
文章はなく、写真の添付だけだった。
真紀は恐怖で壊れそうだった。
今、隆二はここにいない。
同じキャンパスにはいるはずだけど、隣にはいない。
この状況で、添付写真を開くのが怖くて仕方がなかった。
「もしかして、私たちのアパートを突き止めたの?」
そんな思いがよぎった。
隆二が来てから開こうかとも考えたが、恐怖に駆られている自分が真実を知りたがっていた。
真紀はマウスを握り、添付の写真をダブルクリックした。
驚きと恐怖で「はっ!」と声が漏れた。
その瞬間、逃れられない現実を突きつけられたように絶望の涙がこぼれ落ちた。
写真には、真紀が働く居酒屋が写っていた。
もう見られていたのだ。
あれだけ多くのレストランがあるのに、すぐに見つけられてしまった。
この写真を見た真紀は、別の恐怖も感じた。
居酒屋はアパートから徒歩10分ほどの場所にある。
レストランに来たということは、アパートの近くにも現れているということ。
私がここで働いているのを知ったのなら、隆二が迎えに来ていることも知られているに違いない。
そう思わざるを得なかった。
インボックスには、他のメールの後に、もう一通ストーカーからのメールが届いていた。
これも写真の添付だけだった。
今度は躊躇せずに開けた。
そこにはレストラン前で真紀を待つ隆二の姿が映っていた。
隆二の命の危険を感じ、真紀はメールを閉じ、コンピューターセンターを飛び出した。
隆二がどこにいるかもわからなかったが、キャンパスのどこかにいるはずだという一心で、真紀は彼を探し回った。
隆二はいつも図書館で真紀を待つ間に勉強をしている。
彼のいつものデスクへと急いだが、今日はそこにいなかった。
真紀は2階へ上がり、すべての自習机を見て回ったが、隆二の姿はなかった。
さらに3階へ駆け上がり、同じように探したがどこにもいない。
一度不安に囚われると、すべてが悪い方向に思えてしまう。
「隆二、どこにいるの?今日に限って、どこに行っちゃったの?」
真紀は心の中で絶望的な叫びをあげた。
そのとき、キャンパス内に救急車のサイレンが近づいてくる音が聞こえた。
真紀はまさかと思い、急いで階段を駆け下りて図書館の外に出た。
救急車の周りには人だかりができていた。
彼女は人をかき分け、現場にたどり着いた。
人が一人倒れている。
ぴくりとも動かない。
日本人かどうかもわからないが、どう見てもアジア系の男性だ。
まだ隆二ではないという確信も得られない。
真紀は思わず、
「すみません、友人を探しているんです。まだ見つかっていなくて、その人は日本人ですか?」
と半狂乱で救急隊員に尋ねた。
警官が彼女を制止し、
「危ないから下がってください。まだ日本人かどうかもわかっていません」
と告げる。
「お願い、隆二かどうか確かめさせて!」
「危ないから、そいつを抑えてろ!」
とさらに別の警官が真紀を中に入らせないように押さえた。
彼女を抑えている巡査が、
「これ以上暴れると、君を逮捕しなければならなくなる。落ち着いてください」
と促す。
「いやーーー!」
真紀は号泣し、その場に崩れ落ちた。
嗚咽が止まらない。
周りにいたアメリカ人の女子学生が真紀の肩をそっと抱き寄せ、
「大丈夫よ、きっと彼じゃないわ。少なくともそう信じましょう。彼は生きてる。そう信じてあげて」
と優しく語りかけた。
真紀は彼女の顔を見る余裕もなく、泣きながら彼女の胸に顔を埋めた。
女子学生は真紀をそっと抱きしめ、人ごみから離れた場所へと導き、静かに彼女を落ち着かせてくれた。
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