第7話

真紀が落ち着きを取り戻したのは大学のラウンジのカウチの上だった。


気が付くと一人だったが、暫くして一人の女性が真紀の隣に座ってコーヒーを差し出した。


「お名前は?」


その女性は真紀に尋ねた。


「・・・真紀。小室真紀」


「マキね。私はクリスティーン。クリスティーン・カルーソ。あそこの女子寮でレジデントアシスタントをしているの。」


綺麗な顔立ちをした優しそうなアメリカ人だった。


その女子寮は真紀が住んでいた女子寮だった。


こんな綺麗な顔立ちの女性など一度もあったことがなかった。


もしかしたら会っていたのかな。


「私、その寮に前に住んでいたんだけど、あなたの事は初めて見る」


「何号室に住んでいたの?」


「101号室」


「だからかもしれないわね。レジデントアシスタントは二人いて私は2階の担当なの。だから見かけなかったのかもしれないわね。」


「そうだったんだ」


真紀はぼそりと答えた。


クリスティーンは興味深そうに尋ねた。


「ねえ、何があったの? そのあなたが言う隆二に何かあったの?」


暫く沈黙があり真紀は答えた。


「分からないの。何があったのか分からないの。でも、隆二に何かが起きるって思って。」


「どうして、そんな風に思ったの? 何かがあるって思ったきっかけが何かあったの?」


沈黙が続く。


真紀はぽつりと答えた。


「写真…」


「えっ、何て言ったの?」


「写真…隆二が私を待っている写真」


「写真? 写真を見たの? あなたを待っている彼の写真をどこで見たの?」


「私宛のメールに添付されてた。」


「もしよかったら、私にも見せてくれる?」


「コンピュータセンター行かないと…私、コンピューター持ってないから」


「そっか、あー、あれっ、このラウンジはメール確認できるコンピューターってなかったっけ…」


そう言ってクリスティーンは周りを見渡した。


「マキ、ちょっと来て、見れるところ知ってる」


クリスティーンは、真紀の手をとり彼女が前に住んでいた寮のレジデントアシスタントが普段業務をする部屋に連れて行った。


そこには、コンピューターセンターと同じコンピューターがあり、そこでメールを確認することが出来る。


「このコンピューター使って。その写真を見せて。何か力になれるかもしれないから。」


真紀は、あまりに親切にしてくれるクリスティーンが逆に怪しく思えてきて、怪訝な顔をちらつかせながら、彼女が進めてくれる通りに自分のメールを開けてみた。


インボックスから、隆二が写っている写真を見せようと思いログインをすると、あいつから別のメールが入っていた。


「はっ!」


と真紀は凍り付いたように固まると、クリスティーンが心配そうに


「どうしたの? インボックスに何か見つけたの?」


「このメール」


「このメールって、この一番上の?」


真紀は黙ってうなずく。


「マキ、私が開けても大丈夫?」


クリスティーンは気を利かせて真紀の代わりにメールを開封した。


真紀は顔を背けた。


「何かアパートみたいね」


クリスティーンはそう言った後、真紀は直ぐにピンと来て背筋が凍った。


まさか自分が住んでいるアパート?


お願い、違うと言って


真紀は、スクリーンをみた。


予想は的中した。


真紀が住んでいるアパートの写真だ。


真紀が恐怖に震えるかをしているとクリスティーンはその異様な雰囲気を直ぐに察した。


「何かあったのね。ねえ、マキ、私に力にならせてくれない? 全部話して。一人で抱え込んでも自体は悪くなるだけ。」


「隆二に会いたい。隆二に会わせて!」


真紀は少し感情的になって、親切にしてくれているクリスティーンに声を荒げてしまった。


直ぐに我に返り、


「ご、ごめんなさい、クリスティーン。こんなに親切にしてくれてるのに、あなたに声を荒げるなんて」


「いいのよ、マキと同じ状況になれば、誰だってそうなるわよ。」


クリスティーンは続けた。


「私にはただのアパートの写真に見えるけど、これはあなたと関係があるの? よかったら話を聞かせて」


真紀は、必死に自分を助けようとしてくれるクリスティーンへの信頼が少しずつできてきたのを感じる。


真紀は重い口を開いた。


「ストーキングされてるの」


「えっ、いつから? このキャンパスで?」


「うん。知らない人からメールが来ていて見たら私を犯してやるっていう脅迫のメールだった。」


「まあ、なんてこと!」


クリスティーンは、レジデントアシスタントであるがゆえに、真紀に起きたことを自分の寮で起きているかのように真剣に受け止めてくれた。


「それはいつ頃なのか教えて貰えないかしら?」


クリスティーンは尋ねた。


「その時、私はこの寮に住んでた。さっきも話したけど101号室に住んでた。」


真紀は続けた。


「その時だったかな、隆二が助けてくれたのは。隆二とまだ付き合っていなかったころ、彼とはよく図書館で偶然会うことが多く話す機会も増えてきた。」


「いつもは強気な私も、ストーカーは初めてで、しかも外国だし犯してやるって言うレイプ予告じゃない? 急に怖くなって隆二にこのメールを見てもらった。そうしたら、彼も真剣に話を聞いてくれて、毎晩、私がメールでエスコートを頼むと快諾してくれた。


「いい彼ね。マキの事、本当に好きなのね。」


「うん、そう言ってくれた。」


「このメールをよく見て欲しいんだけど、描写が克明で…」


「そうね、なんか妙に具体的に書かれてあるわね」


クリスティーンも確認した。


「この描写、その場にいないと書けない内容。このストーカーが書いている席に私は座っていて、そこに書かれてあるタイプの服を着て、色も全て当たってる」


「なんてこと! じゃあ、そいつはそこにいたのね?」


「そうだと思う。隆二に話をしたら、飛んできてくれた。」


「このメルアドから特定できそうだけど、あーそっか、ドメインが違うんだね、毎回。ITをよく知っている人間ね。コンピューターセンターにいたっていうのも頷ける。」


「その日から隆二が毎回寮まで送ってくれるようになった」


「良かったじゃない。もう怖くないわね。」


「でも、それからが怖くなっていったの」


「どんなふうに?」


「忘れてきたころに送られてきたストーカーからのメールに1枚の写真が添付されてた。部屋の中を撮影した写真だった。」


「どこの部屋だったの?」


「その女子寮の1室。101号室」


「えっ! 私がレジデントアシスタントしているこの寮の101号室?」


「うん、そう」


「あれっ、それってさっきマキが言っていた自分が住んでいた部屋じゃない?」


「そう、その通り」


「えっ、じゃあ、犯人はあなたの部屋に入れたんだ? というか私達が見張りをしているこの入口を入ってきたはずよね。」


「そうだと思う。どう考えても侵入出来るような窓はないし、窓から侵入するなら割らないと入れないから」


「それは私たちの管理不足も原因しているわ。本当にごめんなさい」


「それでその写真を見て怖くなって、初めて隆二に部屋の中まで一緒に来てもらって、夜中の2時、管理人がいなくなる時間までにこの部屋から出た。その時、チェーンをするように言われて、チェーンをしてベッドに入った。」


クリスティーンは、親身になって話を聞いてくれた。

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