第5話
隆二は真紀をつれてアパートを探し始めた。
キャンパスは、幸いメトロと隣接している。車のない隆二達でも通学に便利なエリアを中心に物件を見て回る。
アメリカのアパートは、前住人が退却した後のクリーニングとリノベーションをしても比較的雑に仕上がっているのが常だ。
特に学生が共同生活をするような安めのアパートなら尚更だ。
日本では考えにくいかもしれないが、海外でアパートから退去する人の中で清掃をしないまま出ていくのはほぼ当たり前だ。
日本のように立つ鳥跡を濁さずというような去り方の方が珍しい部類に入る。
ただ、日本に負けない仕様が一つだけある。
どれだけぼろくとも、家賃の割に広い。
広さは、日本の普通のアパートをイメージしたサイズに対して、少なくとも1.5倍くらいは広い。
また電気は備え付けられていないことが多い。
外付けのハロゲンランプで間接照明を使うことが多い。
日本の部屋の電気は、蛍光灯のように直接照明が一般的だが、アメリカの照明はちょっと薄暗いくらいが一般的である。
一旦1LDKとワンルームで探すことにした。
真紀と一緒に内覧したアパートはどれも広さとしては十分だ。
キッチン周りはどれも広いとは言えないが、いくつか見てもどこも同じ環境だった。
バスルームもトイレとシャワーが一緒になっているユニットバスが普通だ。
あとは家賃だ。どこも家賃と光熱費は別だが、たった一つだけ光熱費込みの家賃で$700という物件があった。
最寄りのメトロの駅へも徒歩10分圏内。
光熱費をのぞけば、他の物件と比較してかなりの割安となる。
二人でこの物件に即決した。
真紀には一抹の不安があった。
このアパートは隆二と一緒に暮らせるという意味では幸せな場所かもしれないが、いずれストーカーはこの場所を嗅ぎつけるだろう。
もしかしたら、契約する今の時点でどこからか見ているかもしれないのだ。
隆二も全く同じ不安を抱えていた。
「この場所が見つからないわけがない」
そう思っていた。
そもそも二人が車を持っていないことも知っているだろう。
だとすれば、居を構える場所が公共交通手段に繋がる場所から徒歩でアクセスできる圏内に限られることを既に嗅ぎつけているに違いない。
隆二は、不動産業者の一人一人、内覧する際に通り過ぎた全ての人、周辺につけている人はいないか、全てを確認しながら内覧していたが、コンピュータールームにいるであろうストーカーすら見つけられなかったのだから、この状況で見つけられるはずもない。
解決できない不安は一旦拭い捨て、契約書にサインをした。
真紀は少しでも家賃の助けになるようにと、周辺のレストランにアルバイトの空きがないかを探して回った。
現地のローカルレストランはもちろん、日本食レストランも回った。
二人が通っていた大学は、比較的に日本人の駐在が多い場所でもあったことから、日本食レストランの中でも、居酒屋もいくつかあった。
この中に1階が居酒屋レストラン、2階がバーカウンター形式とカラオケボックスを備え付けたバーカウンター型居酒屋になっていた。
この2階に駐在員の人がお酒を飲んではカラオケをしにきてストレス発散をしに来ていた。
真紀は、その店でアルバイトをすることになった。
幸いその店は、自分達が住むアパートから歩いていける距離にあったので、閉店ごろに隆二が迎えにいって一緒に帰るというルーティンを始めた。
これなら真紀が一人になることはない。
隆二もアルバイトを始めた。
時間で拘束される真紀のアルバイトとは異なり、成果物でお金を得るフリーランスのような仕事だ。
隆二は、デザインが得意だった。というより創作全般が好きだった。
工作のようにものを作るのは苦手だったが、画像や動画のデザインや編集、楽曲制作、あとはオンラインで英語を教える仕事などを、真紀のアルバイトの時間に合わせて請け負っていた。
現地アメリカの企業から貰う仕事もあれば、日本からの依頼を受けることもあった。
隆二の成果物は、郵送するというコストが発生しないのも、依頼者側からすると助かる要因だった。
アメリカの企業から請け負う仕事はまちまちだったが、大企業からの依頼だと、アメリカの企業からの払いの方が格段に良かった。
隆二は、小学生の時からピアノを習い中学でギターやベース、ドラムに至るまで様々な楽器を経験した。
高校に入ってからは、バンドでギターを担当していたが、自分たちのオリジナルの曲にシーケンサーを載せるそのプログラムも隆二が担当していた。
そんなことから、多くの楽曲制作に携わった経験から、レコーディング機材に詳しくなった。
主にゲーム会社向けの楽曲を提供したりもしたが、同様にポッドキャストや動画チャンネルで自分の作品をアップしてはお小遣い稼ぎをしていた。
中学や高校時代の娯楽がまさか大学に入って仕事の源に変わるとは思ってもみなかったが、知らない人に時間で拘束される仕事に就くよりかは何杯もましだった。
真紀との二人暮らしは順調に始まった。
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