第2話

真紀のストーカーメールを見せられてからというもの、夜になると彼女の帰りが妙に気になり始めていた。


自分の中では「彼女に惹かれている」という意識はないつもりだったが、夕方になると無意識に「夜、寮まで送っていこうか?」とメッセージを送ってしまう自分がいた。


もちろん、それは自分がキャンパスにいるときに限られていたが、真紀からはいつも即答で「お願い」と返信が来るのだった。


そんなやりとりが数ヶ月続き、二人は「付き合おう」と告白したわけではないものの、いつの間にか一緒に帰るのが当たり前のような感覚を持つようになっていた。


ただ、互いに「付き合っているわけではない」という暗黙の線引きがあり、他の好きな相手の話も自然にできる間柄だった。


隆二には、大塚蘭という好きな女性がいた。


片思いに近い関係ではあったが、蘭も隆二の気持ちを意識している様子はあり、けれども恋人になる一歩を踏み出すのが怖いのか、いつも絶妙な距離を保っていた。


隆二が気持ちを伝えるたび、蘭は巧みにかわしてはその関係を続けていたが、そうしたやりとりに次第に隆二も疲れを感じ始め、彼女と距離を置くことに決めた。


蘭に連絡するのをやめ、自然と疎遠になっていった頃から、真紀を寮まで送るのが彼の新しい習慣になっていた。


真紀もまた、隆二から蘭の話を聞くたび、どこか胸がざわつくのを感じ始めていた。


内心、蘭に隆二を取られたくないという思いがよぎることもあった。


「その後、蘭ちゃんとはどうなったの?」


真紀は恐る恐る尋ねた。


「ちょっと距離を置こうと思って、最近は連絡してない」


真紀の心が静かに躍った。


隆二に無意識ながらも惹かれ始めている自分に、気づかされるようだった。


「何かあったの?」


「簡単に言うと、蘭はこっちの気持ちを分かっていて、悪くは思っていないけど、踏み込むのも面倒って感じだと思う。そんな行動がいくつもあったから、まあ、もういいかなって」


「そういうの、辛いよね」


「その時は確かにそう思ったよ。でも、そのときちょうど真紀のストーカーメールを見たんだ。それ以上に一大事が目の前で起きていると思って、とにかく無事に寮まで送らなきゃって。それから蘭のことはあまり気にならなくなった」


「そうなんだ」


真紀は内心嬉しかった。


隆二が自分を気にかけてくれているようで、どこか告白されているような気持ちになったのだ。


「自分でもよく分からないんだけど、あのメールを見て以来、夕方にキャンパスにいると『真紀は帰り大丈夫かな』って気になるようになっちゃってさ。


別に頼まれてもいないのに」


「そんなことないよ。私も夜に図書館やコンピューターセンターで宿題してると、隆二からメール来てないかなって思ってメールを開くと、大体入ってるもん」


「そうか。嫌がられてなくてよかった」


「蘭ちゃんも、隆二に想われていることは素直に嬉しいはずだよ。少なくとも悪い気なんて全然してないと思う。同じ女として、そう思う」


「真紀はさ、なんで蘭が“つかず離れず”を保ってると思う?」


「私の推測だけど、隆二みたいな人はなかなかいないから、手放したくないんじゃない? 付き合うと別れが来るかもしれないけど、友人なら何年たっても“久しぶり”って会えるでしょ? きっとそういう感情はあると思うな」


「分からなくもない感情だけど、切ないな」


「まあ、そうだよね。私なら、素直に嬉しいけどね。だから、また明日もお願いね」


それは何気ない言葉のようで、真紀なりの告白でもあった。隆二もまた、何気ない言葉に彼女の思いを感じ取っていた。


これが男女の関係の始まりなのか、まだもやもやとした感覚は残っていたが、隆二のいない生活は考えられないという思いが、真紀の中で少しずつ大きくなっていくのだった。

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