第61話 今が、その時

「ありがとうございました!」


 演奏が終わると、瀬戸は勢いよく頭を下げた。割れるような拍手に包まれながら、慌てて瀬戸たちがステージから去っていく。

 たぶん、時間があまり残っていなかったのだろう。それでも去り際、挑発するような眼差しを向けられた気がした。


「沙友里、格好よかったでしょ」

「……ああ」

「いきなり私の名前を出されたのはちょっと困ったけどね」


 困った、と言いつつも夏菜は嬉しそうだ。どこか安心しているようにも見える。


「……夏菜と瀬戸って、本当に仲いいよな」

「まあね」


 夏菜が動き出したから、なんとなく俺も客席を後にする。元々、瀬戸の発表を見にきただけだ。


 歩きつつ、瀬戸が作詞作曲したというオリジナルソングを思い出す。

 一度聴いただけで全てを覚えることはできなかったが、たぶんあれは強烈なラブソングだ。

 何回でも好きな人と他人を結ぶ赤い糸をハサミで切ってやる、という少々攻撃的な内容だった。


 ああいうのって、どれくらい自分のことを書いてるものなんだ?

 曲は曲だから、別に実体験ってわけじゃないのか?


 夏菜はあの曲を、どんな気持ちで聴いたのだろう。


「じゃあね、耀太」

「ああ」


 体育館を出て、俺たちはすぐに別れた。





「当日に片付けまでさせるなんて酷いよな」


 教室内の飾りをはがしながら、樹が文句を言う。たぶん、クラスメート全員が同じことを思っている。

 文化祭で出たごみは今日中に処分しなければいけない決まりなのだ。


「ああ。机も運ばなきゃいけないし」


 文化祭中は邪魔になるからという理由で、教室の机と椅子はごく一部をのぞいて空き教室へ運んである。

 それを再び教室へ戻さなければならないのだが、かなり面倒だ。ほとんどのクラスが同じことをしているせいで、廊下は今もかなり混雑しているから。


「まあでも、ありがたいことに明日は振替休日だからな。俺は加賀とデートするぞ」


 また樹の自慢が始まったぞ……なんて思っていると、とん、と肩を後ろから叩かれた。振り向くと笑顔の瀬戸が立っている。

 ステージ衣装から着替えていつもの制服姿だが、メイクが違うのか、いつもと少しだけ雰囲気が違う気がした。


「御坂くん。ごみ捨てに行くんだけど、一緒に行ってくれない?」


 瀬戸が教室中央に集められている大きなゴミ袋を指差す。

 ゴミ袋は四袋あって、一人では運べない量だ。


「分かった」


 まあでも、わざわざ俺を指名してきたってことは、ただ手伝ってほしいってわけじゃないよな。





 ゴミ捨て場は中庭の端にある。大きなゴミ袋を持って中庭までくるのはかなり大変だった。


「ねえ、御坂くん」


 ゴミ捨ての列に並ぶ前に、瀬戸は俺を呼んで立ち止まった。


「なんだ?」

「私が御坂くんをデートに誘った本当の理由、教えてあげようか?」

「……ああ」

「御坂くんの初デートの相手が、夏菜になったら嫌だなって思ったからだよ」


 そう言って、瀬戸は笑った。穏やかでも可愛くもない、冷淡な笑顔だ。


「まあでも、御坂くんを知りたかったっていうのも本当だけどね」


 吐き捨てるように言うと、瀬戸は俺を睨みつけた。


「私、夏菜が好きなの」

「……あの歌を聴いて分からないほど鈍くない」

「そう? よかった。御坂くんにきてもらった甲斐があったよ」


 急に瀬戸はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。その温度差にぞくっとする。


「ねえ、御坂くん。私は御坂くんの恋を応援してるから」

「……それはどうも」


 瀬戸が俺への好意から俺を応援してくれているわけではないことは明白だが、それでもまあ、一応頭は下げておく。

 そんな俺を見て瀬戸はまた笑った。


「御坂くんは女心なんて分からないだろうから教えてあげる。女の子って、特別扱いされるのが好きなんだよ」

「だから瀬戸は、夏菜を特別扱いしてるってわけか?」

「そう。他の誰より、私が一番夏菜を特別扱いするって決めてる。世界で一番、私が夏菜を愛してるから」


 はっきりとそう言いきった瀬戸は、それはもう、悔しいくらいに格好良かった。


 瀬戸は俺にはないものを持っている。俺が瀬戸に対してどこか居心地の悪さを感じていた理由の一つがそこなのかもしれない。


「御坂くんも、大事な子はちゃんと特別扱いしてあげなきゃ」


 そう言うと、瀬戸は俺の手からゴミ袋を二つ奪った。

 四つの大きなゴミ袋を持っても、瀬戸はバランスを全く崩していない。


「もう行っていいよ。後は私が捨てておくから」


 俺の返事を待たず、瀬戸は一人でゴミ捨ての列に並んでしまった。





 神楽坂の教室は、俺たちの教室よりもずっとざわざわしていた。

 片付けの後に打ち上げがあるらしいから、まだお祭り気分が続いているのかもしれない。


「……よし」


 そっと息を吐いて、ゆっくりと息を吸う。

 それを5回ほど繰り返した後、ゆっくりと教室のドアを開けた。


「御坂先輩!?」


 すぐに俺に気づいた神楽坂が小走りで駆け寄ってくる。教室中にいた全員の視線が俺に集まってしまった。


 目立つのは苦手だ。

 でもきっと今が、踏み出すタイミングだから。


「悪い、急に。この後クラスで打ち上げもあるだろうし、時間がないことは知ってるんだけど……」


 神楽坂が不思議そうな目で俺を見ている。それでも嬉しそうに口角が上がっている気がして、胸がきゅっと締めつけられた。


 やっぱり俺は、神楽坂の特別でいたい。

 思い返してみれば神楽坂は、俺をずっと特別扱いしてくれている。俺はずっと、そんな神楽坂に甘えていただけだ。


「話したいことがあるから、ちょっとだけ時間もらえないかな?」


 神楽坂が大きく目を見開く。

 そして、泣きそうな顔で勢いよく頷いた。

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