第62話 一番近くで

 あちらこちらに人があふれている校内で、人のいない場所を探すのはなかなかに大変だった。

 そのため少しだけ学校を抜け、俺たちは近くの小さな公園にやってきた。

 ろくに遊具もない公園は、この時間になると子供たちもいない。


「悪いな。片付け中に」

「い、いえ。大丈夫です、たぶん……もうほとんど終わってましたから」


 神楽坂の声は緊張で上擦っている。いかにもな雰囲気に、俺も緊張してしまう。


「それでその……話したいことって、なんですか?」


 こういう時、どうやって話を進めるべきなのだろう。

 勢いで神楽坂を呼び出してしまったから、上手く頭の整理ができていない。


 いや、今さらごちゃごちゃ考えてもだめだ。

 ちゃんと自分の気持ちを伝えて、そして、俺も変わらなくては。


「神楽坂」

「は、はいっ!」


 緊張しているのか、神楽坂はやたらと大きい声で返事をした。


「俺、神楽坂のことが好きなんだ。神楽坂さえよければ、俺と付き合ってほしい」


 結局口から出てきたのは、何の変哲もない言葉だった。十人が聞けば十人がつまらないと呆れてしまうような言葉かもしれない。


「先輩……!」


 それなのに神楽坂は、幸せそうな顔で笑ってくれた。


「嬉しいです!」


 そう言いながら、神楽坂が勢いよく俺に抱き着いてきた。ぎゅう、と苦しいほどの力で抱き締められる。


「私も御坂先輩のことが好きです」


 先輩、先輩……と神楽坂は何度も俺を呼ぶ。その声はいつも以上に甘い。


「嬉しい……。私、今日から先輩の彼女ってことですよね?」

「ああ。神楽坂がいいなら」

「いいに決まってるじゃないですか!」


 ゆっくりと俺から離れた神楽坂が、今度は俺の手をぎゅっと握った。指と指を絡める、恋人繋ぎだ。


「先輩の彼女になれたなんて……夢みたいです、私」

「それを言うのは俺の方だよ。俺みたいな奴が、神楽坂と付き合えるなんて」

「先輩。そういうこというのは禁止です。私の彼氏のこと悪く言わないでください」


 自分で言ったくせに、神楽坂は顔を真っ赤にした。可愛いなあ、と思った俺の顔も、今は赤く染まっている気がする。


「……でも、本当に俺でいいのか?」

「先輩がいいんです。先輩だって、私が先輩のことを好きなこと、さすがに分かってたんじゃないですか?」


 結構アピールしてたんですけど、と神楽坂が唇を尖らせる。子供みたいな表情が愛おしくて、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。


「……うん。薄々。ごめん、言うのが遅れて」

「先輩、モテますもんね」

「いや、そんなことないよ」

「モテるじゃないですか、実際。でも私と付き合ったら、もう他の子とデートなんてだめですよ?」

「分かってるよ」


 さすがに俺も、そこまで不誠実な男じゃない。


「今までごめん。……なんていうか俺は、つい周りのことを気にし過ぎちゃうというか……人を傷つけるのが怖くて、曖昧な態度をとっちゃうことも多いんだと思う」

「そういうの、優しいって言うんですよ」

「違うよ。俺のこれは優しさじゃない」


 はっきりと言うと、神楽坂は黙ってしまった。


「ごめん。せっかくフォローしてくれたのに」

「いえ……」


 ゆっくり首を横に振って、神楽坂はじっと俺を見つめた。

 考えてみれば、こんなに自分の話をするのは初めてかもしれない。


 告白の時って普通は、楽しい話ばっかりするんだろうにな。


「誰かを傷つけるのが怖いっていうのは結局、自分が人に嫌われるのが……自分が傷つけられるのが怖いだけなんだと思う」


 要するに俺は、臆病なのだ。

 平凡で臆病な男。とても神楽坂に釣り合うような男じゃない。

 だけどそれでも俺は、神楽坂のことが好きだ。


「でも、それじゃだめだって気づけた。どんどん変わっていく神楽坂を見て、俺も前に進まないとって、そう思えた」


 自分の気持ちを言葉にするのは得意じゃない。

 話しながら、これで合っているのだろうかと不安にもなる。

 だがそれでも今は、神楽坂にちゃんと向き合いたい。


「神楽坂のおかげだよ」

「……私が変われたのだって、先輩のおかげです」

「なあ、神楽坂」


 夏菜の告白を断って、自分から神楽坂に告白した。

 以前の俺に比べたら成長していると思う。でもたぶん、まだまだだ。


「俺はこれから、もっと変わりたいと思ってる。神楽坂に釣り合う男になるためにも」

「先輩はもう十分、素敵な人です」


 むっとした顔で神楽坂が主張した。


「忘れないでくださいね。私が変われたのは、先輩の優しさのおかげだってこと」

「ありがとう」


 風が吹いて、背中を押された気がした。あまり時間がない。さすがにそろそろ、学校に戻らなくては。


「神楽坂」


 立ち上がって神楽坂の手を軽く引っ張ると、神楽坂もゆっくりと立ち上がった。


「これからもよろしくな」

「はい」

「……神楽坂が変わっていくところを、一番近くで見てたいって思ってる」


 そのためにも、置いていかれないように俺も変わっていくつもりだ。


「御坂先輩。なんかそれ、プロポーズみたいですよ」


 ふふ、と神楽坂が笑う。その瞳から、綺麗な雫がこぼれ落ちた。


「末永くよろしくお願いしますね、耀太先輩?」

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