第60話 貴女のための曲
体育館に入ると、既にかなり多くの人がきていた。後方には座って見る人のために椅子が設置されているが、そちらはほぼ満席だ。
立ち見となる前方スペースもかなり埋まっている。
まあ、二日目の午後って、一番盛り上がるもんな。
瀬戸が所属する軽音部だけでなく、ダンス部や吹奏楽部の発表もある。
部活に所属している生徒以外も自由に参加できるため、毎年多様な出し物が集まるのだ。
今はちょうど入れ替わりの時間で、それに合わせて体育館を出入りしている人も多い。どさくさに紛れてよさげな位置にいけないだろうか……と周囲を見回していると、耀太! と名前を呼ばれた。
夏菜だ。
「耀太、こっち!」
俺の名前を呼び、夏菜が飛び跳ねて俺を手招きした。
若干の気まずさを感じるが、無視するわけにもいかない。それに夏菜は当たり前のように最前にいる。
人の波をかきわけ、なんとか夏菜の隣まで移動した。
「耀太、一人なの?」
「……まあ。夏菜は?」
「私も一人」
そう言うと夏菜はいきなり俺の背中を叩いた。
「その顔やめてよ。いつまでも気まずいでしょ」
はあ、と夏菜が溜息を吐く。ごめん、ととっさに謝ると、夏菜はまた溜息を吐いた。
それにしても、夏菜が一人なのは意外だな。
もしかして、俺が直前まで一緒に回れるかどうかの返事をしていなかったからか?
もう一度ごめんと謝ろうとしてやめた。たぶん、また溜息を吐かれるだけだ。
「沙友里、今日のためにかなり練習頑張ってたの。オリジナル曲もあるとかで、何回も歌詞とか書き直したんだって」
「そうなのか」
「うん。ここ最近は練習のせいで寝不足だったしね」
夏菜はいつも通りだ。あの日、夏菜はあんなに泣いていたのに。
「……耀太は、沙友里のことどう思う?」
「どうって?」
「デートもしてたし。可愛いでしょ、沙友里って」
「正直、掴みどころがないなって思う」
俺の答えに、そう? と言って夏菜は笑った。
「まあ確かに、分かりやすくはないかもね」
話しているうちに、瀬戸がステージに出てきた。瀬戸が所属するバンドのメンバーは四人だ。全員が女子である。
瀬戸はいつもの制服姿ではなく、今日のために用意したのであろう衣装を身に纏っていた。
黒いシャツと黒いスカートに、真っ赤なジャケット。
可愛らしさと色気の混ざった、いつもとは違う雰囲気の服装だ。
ステージの中央まで瀬戸が歩いてくると、わあっ、と一際大きい歓声が上がった。緊張しているのかしていないのか、瀬戸の表情は変わらない。
……あ。
今、目が合ったよな?
俺を見た瞬間、瀬戸がにこっと笑った……ような気がした。
「ねえ、耀太。沙友里、可愛いでしょ」
正直、ちょっと答えにくい質問だ。もちろん瀬戸は可愛いと思うのだが、それを夏菜相手に肯定するのが、なんとなく気が引けるというか。
「私もそう思う。しかもさ」
夏菜がそっと溜息を吐く。
ステージ上の瀬戸を見つめる夏菜の表情はなんだか複雑そうで、なにを考えているのかはよく分からなかった。
「沙友里って、格好いいんだよね」
◆
三曲ほど続けて、瀬戸たちは流行りの曲を演奏した。
一曲目は大人気アニメの主題歌。二曲目は最近SNSでバズっていたちょっと色っぽい曲。三曲目は大人気バンドの定番曲。
音楽になんて全く詳しくない俺でも、瀬戸がすごいってことは分かった。
「続いての曲がラストになります」
瀬戸がマイクを通して喋ると、えー!? と不満げな声が客席から上がった。声が落ち着いたタイミングで、ありがとう、と瀬戸が微笑む。
「ラストはオリジナルの曲です。この曲は私が作詞作曲しました」
すう、と瀬戸が大きく息を吸い込む。
「この曲は、私の大好きな人のことを考えながら作りました」
瀬戸の言葉に、悲鳴に近い声が上がる。女子の声も男子の声もあったが、男子の声はより絶望にまみれていた。
「夏菜。貴女のために作った曲、ちゃんと聴いてね」
悪戯めいた笑みを浮かべ、瀬戸は夏菜に向かってウインクした。その瞬間、あちこちから安堵の息が漏れる。
なんだ、と少し残念そうにしている女子の声も聞こえた。
でも俺は、冗談だったのか、なんて笑えない。
瀬戸のことなんて全然分からないけど、それでも、瀬戸が冗談を言っているようには見えなかったから。
隣を見ると夏菜は手で顔を覆い、まったく……と呆れたように呟いていた。
「それでは聴いてください。私たちのオリジナルソング『赤いハサミ』です」
瀬戸が宣言するのと同時にイントロが始まる。少々不思議な曲名とは裏腹に、ジャズっぽさのあるお洒落な曲調だ。
そして瀬戸の歌声も、今までの三曲よりも艶っぽい。
大勢の前で、誰か一人のためを思って作った曲を披露する。
しかもそれを、堂々と宣言して。
ああ、そうか。
瀬戸が俺に発表を見にきてほしい、と言っていた意味が分かった。
瀬戸は俺に、覚悟を見せたかったんだ。
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