第26話 寿司(後編)

 その後机に用意された寿司を二人で食べる。

 その間にも野球の試合は進んでいく。

 が、投手戦で中々点どころか、ヒットすら出ない。

 

 こうなったら、見てるこっちとしては面白くない。

 投手戦を否定するわけでは無いが、やっぱり点の取り合いの方が楽しいというのは当然の思考だ。


 しかし、寿司美味しい。

 最高の味だ。

 そう言えば寿司を食べるのも久しぶりだったか。

 普段は寿司とかじゃなくて、カップ麺とかばかりだからな。

それも、夢葉が来てから少し改善してきたが。


 普通寿司というのは、コスパを考えたら食べることのない食事だ。

 例えやすいチェーン店だったとしても、一食1500円は余裕で超えるからな。


 これは何円の寿司だろうか。そんなことを考えてしまうと、少し怖くなる。恐らく二人は安いチェーン店ではなく、十分な値段のする寿司を買っているのだろう。

 一貫、二百円とか?

 いや、この際値段のことは考えないようにしなければ。


 しかし、何度でもいうが、本当に美味しい。

 かむことに、寿司の、魚のうまみがしっかりと凝縮されている。

 うまみがしっかりと嚙むごとに口の中に広がっていく。


 なんだ、これは。……最高においしい。

 こんな美味しい物を食べたのいつ以来だろうか。

 そう言えば父さんと穂乃果がイギリスに行く直前、俺たちは寿司屋さんに行ったな。


『俊哉。今日は家族最期の日だ。ここからはたまにしか帰れないと思う。実質最後の晩餐みたいなものだ。たんと食べろよ』

『そんなこと言ったらまるで死ぬみたいだよ』

『穂乃果、そんなこと言って別れるのが怖いんだろ』

『そりゃ怖いよ。兄さまと別れ離れになるの』

『電話したらいいだろ』

『そう言う問題じゃないよ』


 そう言って穂乃果は俊哉の腕にしがみつく。


『ねえ、お兄ちゃんもイギリスに行こうよ』

『悪いな、もう決めたことなんだ』


 その時の俊哉は、海外に行くのが怖かった。

 海外に出るのが怖かった。

 その理由は単純だ。言葉の通じない場所に行くのがまず無理だったし、お母さんが眠るこの地を離れたくなかった。

後者の理由は、恐らく自分の行動を正当化させるための言い訳でしかない。

本音は日本を離れたくなかった。それだけだった。

 結局、彼は、この地に残り、親戚の助けを借りながら生活することを決めたのだ。

 だが、穂乃果は兄よりも、父と一緒にイギリスに行くことを決めた。

 父親と離れたくなかったのだ。

 そのせいで兄弟が離れ離れになったとしても。


『とりあえず今日はたんまりと寿司食えよ!!』

『そうは言ってもパパ、これ激安寿司だよ』

「悪いな。だが、将来的には豪華寿司に連れて行ってやるよ』

『そうか。父さんの仕事って儲かるのか?』

 『今の三倍は固いな』

『そうなのか。三倍か……」


 三倍ということは、九〇〇万くらいになる可能性があるという事。

 とはいえ、海外で働いてるから収入は当然増える訳で、九〇〇万円というのはあくまでも高めに見積もって問う話だ。


『俊哉お前もこっちに来ればよかったのにな』

『悪かったな。愛しの息子と、会えない状態にして』

『それは確かになんでだよとなる。だが、それもお前の選択だ。辛くなったら、真一を頼るんだぞ』


 真一とは俊哉の叔父だ。


『まあ今はこれを楽しもうよ』

『そうだな』



 もう、あれから三年経っているんだな。と思うと、不思議な気持ちになる。


「良かったよ。また会えて」

「そうだな」

「ありがとうな、帰ってきてくれて」

「ああ、こっちこそ。元気でいてくれてありがとう」


 そう、二人は握手を交わした。


「どういう状況なのです?」


 そう、夢葉は戸惑いの表情でこちらを見る。


「家族と再会したんだなと、実感しただけだよ」

「まあ、そう言う事なら、許してあげるのです」

「どの立場からの事だよ」

「ふふ、なのです」


 その時画面の中で打球がものすごいスピードで観客席へと向かって行く。


「屋tぅたのです!! マラティス選手のホームランなのですっ!!」


 夢葉は万歳する。そして、隣にいた穂乃果にハイタッチをかます。


 それに、穂乃果もおどおどとしながら応じた。


「今日は寿司も楽しかったのです。なんだか最高の一日だったのです」



 そう、部屋に戻ったのち、夢葉が物拭けるような感じで言う。


「そう言えばお前結構穂乃果と仲良さそうだったな」

「あの事なら仲良くなれると思うのです」


 まあ、なのですと、ありますだからな。

 そう思うも、夢葉には言えない。


「なあ夢葉。ようやく二人で眠れるな」

「そうですね……今日は二人で入りますか?」

「え?」


 急な大胆な発言だ。

 しかも、なのですじゃない。


「冗談なのです。私もまだ早いと思うのですから」

「夢木さんじゃあるまいしな」

「そうなのです!! それに、今日は穂乃果ちゃんと入ってみたいのです」

「穂乃果とか、良い親睦を深めることが出来そうだな」

「はい!!」


 その場合、俺は父さんとか。

一人で入るという選択肢もあるが。


俺の家では、常に一人で入っている。

いい年して父さんと一緒に入るというのもあれだしな。


「そうだ。私のパジャマ姿楽しみにしてほしいのです」


突然夢葉がそう言った。


「夢葉のパジャマ姿?」


 そう言えば見たことがないな。


「そうなったら、まさにお泊り会だな」


まるで漫画みたいだ。


「ええ、なのです」


 そして、お風呂が沸けたという事で、夢葉を見送った。



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