第25話 寿司(前編)
目が覚めた。隣に寝ている夢葉はまだぐっすりな様子だ。
そっと、机の上にスマホに向かって手を伸ばす。
スマホを確認すると、もう八時だった。
……八時!? 三時間も寝てるじゃないか。
野球もこの時間になったらすでに九イニングあるうち、六イニングは行っている。
もうそろそろ終盤戦だ。
とはいえ寝起きでまだ目が覚めない。
スマホを持つ気力はない。
今父さんたちは何をしているんだろ。
そう言えば夜ご飯をまだ食べてないなという事に気が付いた。
お腹が明らか空いている。
ぎゅりゅりゅと鳴っている。
はあ、とりあえず何か食べたい。
そう思い、隣で寝ている夢葉を起こさないようにリビングへ出た。
「ああ、俊哉おはよう」
俺がリビングに出ると、そう、父さんが言った。
「二人はご飯食べたのか?」
「そうでありますね」
そう、穂乃果が笑顔で言った。
「寿司を食べたであります」
寿司食べたのかよ。俺たちが寝ている間に。
なんだかずるい。
「こら、穂乃果。それは内緒にするって話だっただろ」
やっぱり言ってはいけない事だったのか。
「それは、ごめんであります」
そう、俺に手を合わせて謝って来た。
「いやいいけどよ」
確かに寿司は惜しいが、俺たちが熟睡してたのが悪かった。
「まあでも、何か食べるものはないか?」
「そうでありますね」
そう、穂乃果が考える。
そして、
「これがあったのです」
そう言って、穂乃果が寿司を出した。
「実はテイクアウトしてきたのであります。寿司十貫であります」
それを俺の目の前に置かれた。
見るからにおいしそうだ。
良かった。ずるいと思ったら、ちゃんと俺の分もあった。
「あ、夢葉ちゃんの分もあるから安心して欲しいのであります」
そう言って穂乃果は笑った。
「てかちょっと待て、夢葉の分も?」
「もちろんであります。兄さまの彼女でありますから」
俺の彼女だから。理由として不十分な気もするが、夢葉も食べれるというのは嬉しい限りだ。
後は、あいつがいつ起きるかだな。
そう言えば野球やってるな。
と、野球アプリを見る。すると、三対一で負けていた。
しかももう八回だ。
しかも、宇和田選手は、四打数ゼロ安打、三つの三振だ。
「いい所ねえじゃねえか」
これは結構つらいところだな。
この結果を夢葉が知ったら悲しむだろうな。
田中選手も全然打ててないし、宇田川選手も代田で出て、セカンドゴロに終わってる。
今日に関しては寝てて正解だな。
そうしている間に寿司が運ばれてきた。
ただ、これを俺だけで食べるのはなんとなく嫌だ。
「なあ、穂乃果」
「どうしたでありますか?」
「夢葉と一緒に食べたいから、夢葉の分も今準備してくれないか?」
「でも、寝てるでありますよ?」
「それは今から起こすんだ」
「なるほどであります」
そして俺は夢葉の部屋に行く
だが、理由はもう一つあった。
試合がいまいい感じに盛り上がっているのだ。
ワンアウト二三塁で、四番マラティスだ。期待できる。
「夢葉 ご飯だぞ」
俺はそう、夢葉に言う。びっくりさせないように、静かな声で。
「ん、どうしたのです?」
良かった。一言目で起きてくれた。
「今もう八時だ」
「え? なのです」
「実はそうなんだ」
「え? 野球はどうなってるのです?」
「今やってるところだ」
「え? 見たいのです。今すぐ起きるのです」
そう言って布団を蹴飛ばし、一気にリビングへと向かう。
そして夢葉は手慣れた手付きで、リモコンを手にし、テレビをつける。
すると山城が打席に立っていた。マラティスはどうやら三振に倒れたようだ。
カウントはツーボールツーストライク。
てか、さらっとテレビつけていたが、夢葉この家に来たことがないはずなんだけどな。
だが、そこを突っ込むのは野暮な気がした。
「夢葉さんは野球が好きなのかい?」
「はいっ! 好きなのです!!
その瞬間、夢葉の顔が軽く真っ赤に染まった。
「そう言えば、勝手にテレビいみて申し訳ないのであります」
なるほど。それで顔が赤くなったのか。
「いいのでありますよ。日本に帰ってきたばかりで、日本のスポーツに触れたいのでありますから」
そう、言う穂乃果に夢葉はふうと、息を吐き、
「今面白いところなのですよ!! 見た方が良いのです!!」
そう、夢葉は笑顔で言った。
そして、応援歌を歌い始める。
俺はそっと、穂乃果のもとに行き、「すまんな、騒がしくて」と、詫びを入れた。すると穂乃果は笑って、「私は構わないのでありますよ。ずっと日本が恋しかったのでありますから」と言った。
それを聞き俺はちゃんと穂乃果だななどと、謎の感想を抱いた。
俺自身も穂乃果に会うのは久しぶりだ。
懐かしさを感じるものだ。
それに穂乃果が寂しかったのも事実なのだろうと思う。
穂乃果は本当に兄である俺の事が好きだったのだから。
「俊哉君、浮気しないで欲しいのです」
「浮気してねえわ」
そして俺は夢葉の元へと戻る。
妹に浮気したら、もう俺は終わりだろ。漫画じゃあるまいし。
「てか、すげえな、まだ粘ってんのか」
そろそろ9球目だ。
タイミングもあっているし。ワンチャンの同点タイムリーヒットも現実味を帯びてきた。
そしてついに、その瞬間がやって来た。
右中間を破る痛烈なタイムリーツーベースだ。
「やった! やったのです! 同点なのですよ!!」
大はしゃぎな夢葉。それに合わせるように、穂乃果と父さんが軽い拍手をした。
「これ、次に出て来るのは、宇和田選手なのです。期待の逸材なのです!」
「今日三三振だけどな」
「それはいいのですよ。この打線期できっと打ってくれるのですから」
そう、夢葉は言うが、夢葉の本には、一軍での通算二七打席ゼロ安打とか書いてたような気が。
そうなると、期待できない。
だが、元々覚醒したのは今年からだと、夢葉の本の中の二軍打率に書いてた。
なら、期待できるのかな。
というか、いつの間にか表記が増えてたのは驚くことだけどな。
いつの間にか付け足されていたのだろう。
テレビからは、若手流用応援歌が流れる。
単調な歌詞とリズムだ。
だが、それもまた夢葉が歌い始める。
なら俺もだな、とさらに集中して歌い始める。
そして、宇和田打席でバッドを振る。
そのバッドにかろうじてボールが当たり、ボールは地面を転々と転がっていく。
そのボールをショートの選手が取る事には、一塁に悠々到達していた。
「やったのです。宇和田選手、プロ初ヒットなのです」
これで、一三塁だ、ここで来るのは、七番に代打として出された上原選手だ。
どんな選手だったっけ。勝負強かったという事だけは覚えているんだが、
「彼は守備難の選手でスタメンにはなれなかったのですけど、たまのDHと、代打で飯を食べてる選手で、対左打率三割四分七厘なのです」
それを聞いたらなんとなく期待できそうだ。
それに今までもさんざんいいヒット打ってたしな。
だが、期待も裏腹に、バットに当たらずに三振だった。
「ああ、残念なのです」
そう、悔しそうに言う夢葉。
「大丈夫だ。同点に持ち込んだだけいいだろ。まだ九回があるさ」
「そうなのです。きっと今日は勝てるのです」
そう言って夢葉がこぶしを握った。
「そう言えば悪かったな、せっかく寿司を用意してくれたのに」
「構わないのであります。二人が楽しそうに話してるだけで十分であります。でも、私も仲間に入れてほしかったのであります」
「お前は野球知らないんだっけか」
「そうであります」
「なら、私があとで教えるのです!!」
そう言って一人で万歳する夢葉。
「ならあとで教えてほしいであります」
「分かったのです」
そして二人の少女は握手した。
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