第13話 終戦

 そして、宇田川選手に代わり代走が告げられ、バッター田中選手にも代打が告げられた。


「今の代走は、三宅信二選手で、代走成功率九割の素晴らしい代走なのです。そして代打は、代打の切り札山村大翔選手なのです。彼は首位打者経験が三度あるベテラン選手で、今年は代打メイン起用で三割六分二厘の成績を残してるのです」


 つまり、勝負に出たってことか。

 確かに次の選手は確実性が低いって言ってたな。


「山村、山村打つんだ山村、その誇りを見せてみろ」


 会場が盛り上がる。ここは敢えてチャンステーマじゃなく、選手個人の応援歌なのか。


 だが、彼の打球は飛ぶことは無かった。

 キャッチャーミットにボールが抑えられ、一球も当たらずに三振だった。


「おい! 何やってんだよ。せっかく代打で出てきてそれはないだろ!!」


 後ろの雑音は無視しよう。


「ああ、せっかく流れが来てたのに。悔しいのです」

「まあ、同点になっただけでも良しとしようよ」

「だめなのです。こういうのは、同点良しとかだと必ず痛い目に合うのです」

「そうか」


 ああ、この感じなら大丈夫だと思うけどな。

 何しろ、リリーフ投手が強いイメージだ。

 延長となったらこちらが有利だろう。

 それにこちらは裏の攻撃、常にさよならの恐怖を相手投手に味わせてやることが出来る。

 よし、ここからが勝負だ。


「あ」


 いきなりすぎて思考が追い付かない。

 打球がこちらに飛んでくる。

 痛恨の勝ち越しホームランだ。


「ほら……なのです」


 そう、夢葉が俺のシャツをつかむ。


「山村選手なら決めてくれると思ってたのです」

「いや、落ち着け夢葉。まだ試合に負けたわけじゃねえ」

「うん、そうなのです。諦めたら試合終了なのです」


 夢葉の顔は再び戦う顔になった。

 そして、その裏。


「ワンアウトか」

「ツーアウトか」


 流れるようにアウトが取られていく。

 そしてあっという間に。


 最期の打者である柳原選手が三振に打ち取られた。


「負けたのです……」


 そう、夢葉は悲しい顔をする。


「まさかあの流れで……」


 夢葉の目に水が溜まっていく。

 まさか。


「やっぱり負けるのは慣れないものなのです……」


 そうがっくりとうなだれる夢葉。相当悔しかったのだろう。


「こうなったら今日は自棄食いなのです」


 そう言って夢葉は店を探し始める。

 ああ、俺はそこまで何も感じないが、夢葉に関しては本気なんだ。

 それこそ、俺とは比べ物にならないくらいの。


「ああ、そうだな。一緒にご飯食べような」

「約束なのです」


 そして、電車の中でも相変わらず夢葉は泣き続けた。

 ただ、それは迷惑な感じではなく、ただ静かに泣いている感じだった。

 俺はそんな夢葉の頭を優しくなで続けた。

 夢葉が泣き止むように。

 そしていつの間にか夢葉は俺の膝の上で寝てしまった。


 やれやれ、駅に着いたら起こしてやるか。


 そして、


「来たのです。牛角」


 そう夢葉は笑顔で言った。

 いや、肉屋さんを前にしたら笑顔になるのかよ。

 さっきまで寝てたくせに。


「今日はたくさん食べるのです」

「おう。……元気そうで何よりだ」

「だって、肉を食べるのが、一番の精神回復法なのですから」


 そして、にっくにっなどという謎の鼻歌を歌いながら夢葉は中に入っていく。


「予約していた水口なのです」

「ハイどうぞ」



 通され、中に入る。


 これはあくまでも予想でしかないのだが。今日の夢葉は男女の壁とかは抜きにしても、俺よりも食べそうだなという予感がある。


 そして夢葉はがんがんと頼みまくる。

 俺よりもハイスピードで。

 そう言えばここは食べ放題の店だった。


「さあ、俊哉君もどんどん頼むのです。時間は無いのですよ」

「おう、俺はお前のハイテンションに驚いてるよ」

「野球なんて一時の運ですから。それにしても俊哉君、まさか女である私に食べる量で負けるつもりじゃないですよね?」

「まさか」


 俺も負けじと頼む。

 とはいえ、俺はどちらかと言えば小食派。恐らくそこまでは食べられない。

 だが、食べ放題に着たら、そりゃ、たくさん食べた方が良いに決まっている。

 俺もがんがんと頼みまくる。


「お待たせしました」


 そして肉がたくさんやって来た。そしてどんどんと次の皿が来る。あっという間に机の上は肉の皿で包まれてしまった。


「すげえな」

「ふふ、食べるのです」


 そう言って夢葉は網の上に肉を置く。その瞬間ジューという音がして、いい匂いがしてくる。

 においと見た目と、音。早速食指を刺激してきたなと思った。


「はあ、食べるのが楽しみだ」

「はい、なのです」


 そして少しずつ焼きはじめ、食べていく。

 しかし、その中で気になったことが一つ。


「夢葉、焼き肉奉行しすぎだろ。俺が変わってやる」


 先程から夢葉ばかり肉を焼いている。


「いいのです。これが楽しいのです。むしろ、私からこの仕事を奪おうなんて、俊哉君は鬼畜なのです」

「鬼畜だと」

「はい、だからこれは私に任せてほしいのです」


 顔を見る。確かに楽しそうだ。


「ならいいか」


 一人焼かせるのは申し訳ない気分になるが、本人がいいのならいいんだろう。

 肉を焼くのは夢葉に任せて俺はとにかく肉を食べまくる。

 しかし、どの肉もおいしい。

 今まで食べた肉の中でも上位だろうか。


「どんどん食うのです」


 俺の顔を見たのか、そうニヤニヤしながら言う夢葉。そんな彼女に対して一言。


「調子に乗るなよ」


 そう言って俺は夢葉からトングを奪う。


「ああ、何をするのですか」

「俺にも肉奉行をやらせてくれ」

「や、なのです。私がやるのです」


 そして、そんなこんなで、あっという間にお腹がいっぱいになった。


「ふう、満足なのです」

「ああ、俺も満足だ」


 もう食べられない。そんな気がする。


「なあ、夢葉。ストレスは晴れたか?」

「ええ、勿論なのです。この美味しいご飯の前では野球なんてくだらない事なのです。あ、でも今日勝てば首位と2.5ゲーム差になってたのに今日負けたことでゲーム差が縮まらなかったのです。最近引き離されてばっかりだったので、今日は差を縮めたかったのに。今日はせめて引き分けで終わりたかったのです。引き分けが多い方が、最終的には有利になる可能性が高かったのですから。となればあの時あの場面で高めのストレートを振りぬいたのはミスなのです。あのボールは見送って絶好球を待つべきだったのです。でも、そんな――」

「おい、夢葉。落ち着け」


 野球の話を思い出させてしまった俺が悪い。

 俺は所詮一四三試合のうちの一試合と思えるが、夢葉にとっては違うんだな。


「明日は勝つさ。絶対」


 先発は俺の好きな橋下選手だし。


「明日じゃないのです。明後日なのです」


 そうか明日時は月曜日。野球がない日か。


「でも、そんなくだらない事いいだろ。揚げ足取るなよ」

「大事な事なのです」


 夢葉の機嫌を紛らわせることが出来たようだ。



「しかし、本当に良かったのか? 会計全部夢葉持ちで」

「勿論なのです。こう見えても私の家は金持ちなのです」

「そりゃそうだろ。大人気小説家の家なんだから。……でもそれ、お前のお金じゃないだろ?」

「はい、そうなのです。でもいいじゃないですか。こうしてお金を使ったら経済が回って景気が良くなるのですから。だって、よく言うのですし、お金を使わない老人が景気を悪化させるとかなんとか――」

「そんな難しい話じゃねえだろ」

「だって、建設という国の事業によってお金を使い、景気を無理やりよくしようという政策もあったみたいなのですから」

「まあ、それはそうだが」


 そう言えばそんな政策があったって、授業で一瞬触れてたな。


「だから、私たちはどんどんとお金を使っていくのです。そしたら、日本はよくなっていくのですから」

「要は、お金を使う言い訳だろ」

「ぎくっ、ばれたのです?」

「そりゃ、そうだろ。でも、今日は楽しかった。ありがとう」

「こちらこそ、私の誘いに乗ってくれて嬉しいのです。ありがとうなのです」

「おいよ」


 そして、俺たちはそのまま駅で分かれた。

 今日は楽しかった。

 色々なことが出来たしな。

 野球観戦も食べ放題も夢葉と一緒だから楽しいんだ。


 そしてSNSを見る。すると、夢葉が新たな登校をしていた。


 どれどれ、『今日は彼氏と一緒に野球デートなのです。試合は負けちゃったけど、楽しかったのです。彼氏が、負けて落ち込んでくれている私を慰めてくれて本当にありがたかったのです。また、一緒に行きたいのです」と、投稿していた。俺はそれに対して、


『俺も楽しかった。また一緒に野球を見に行こう』とリプした。


 ツイッター上のリプでは、『キャー、両想い』だとか、『彼氏優しい』とか色々と飛び交っており、俺も少し楽しい。


『ありがとうなのです。また行くのです』


 そう帰ってきたリプに対して俺はいいねを押した。

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