第12話 希望

 そしてついに五回裏。先頭打者の一番柳腹がヒットで出て、そして二番の吉原に打順が回る。

 吉原も強硬策で、ライト前にヒットを放ち、ノーアウト一二塁だ。

 これは、チャンスだ。


「ここで世良なのです。世良はここまで印象的な場面でホームランを打つことがよくあったのです。だから今日も打ってくれるはずなのです」


 そう言う夢葉。

 確かに劇的なサヨナラスリーランを打ったこともある世良はチャンスに強いと言えよう。それに夢葉が言うんだから、違いない。


 俺は手拍子をしながら全力で応援歌を歌う。


 さあ、打ってくれ世良。


「いまいけ希望の星世良康介。特大アーチを見せつけろ」


 必死で歌う。

 頼む頼む頼む頼む。


 カキーン


 放たれた打球はフェンスに当たった。ツーベースヒットか。


「ん?」

「アウトになったのです」


 センターの肩が強すぎて、世良が二塁でアウトになってしまった。


「おいおいおいおい、お前鈍足なんだから、考えて走れよ。ほんま」


 後ろのおっさんが怒鳴り声を上げた。

 二点入ったが、代わりにランナーは消えてしまったのだ。


「でも、これで四点差。希望が見えてきたのです」

「だな」


 そして、四番のマラティスがヒットを放つ。

 ツーベースヒットだ。


「ああ、もったいない。藻類死してなかったらもう一点だったのに。ほんま世良はあかん。全身筋肉なんかほんまに」


 後ろのおっさん本当に腹立つな。


「世良選手のタイムリーを褒めたらいいと思うのです」


 夢葉も流石にイラついたのか、そう呟いた。

 そりゃそうだ。こいつらは特に大した人ではない。プロ野球選手の方が、偉い。何しろ数億ものお金を稼ぐことも可能なのだから。


「とりあえず、私たちは試合に集中なのです」


 五番、山城。彼が討ってくれたらそれこそもう逆転できない点差じゃなくなる。


「山城、山城、打つんだ山城、駆け巡れ今こそ勝利のために」


 そろそろのどがつかれてきたが、ここで応援の手を止めるわけには行かない。

 結局山城選手はフォアボールを選びワンアウト一二塁だ。

 そこで、夢葉の推しの宇田川が出た。


「頼むのです」


 チャンステーマが球場を駆け巡る。

 応援団もここが正念場だと理解しているのだろう。


 俺もそれに合わせて歌う。


「お、なのです」


 ボールがこぼれ二三塁になった。


「さらにチャンスなのです。行くのです、宇田川選手!!」


 そして夢葉の応援歌の声量はさらに大きくなる。


 というか、夢葉の声がでかい。

 本当にどういった声量をしているんだろうか。

 カラオケでも歌上手かったしな。


 ボイストレーニングでもしているのだろうか。


 そして、夢葉の声量の効果か、宇田川選手の放った打球はぐんぐんと伸びていく。

 だが、その瞬間風を感じた。

 強い風が吹き、打球は不運なことに、ギリギリスタンドに届かず、ライトのグラブの中に入った。


「ああ、悔しいのです」

「ああ」


 あと少しでホームランだったもんな。夢葉の無念はよくわかる。


「む、次なのです。木村選手も打てば二点差になるのです、お願いなのです」



 そう夢葉が言う。

 周りも相も変わらず応援歌が響く。

 もはや下手なミュージカルとか声楽とかよりも迫力が凄い。


 言ってるのは『お』だけなんだけどな。

 それが重ね合ってここまで重質な音色をたたき出す。

 テレビの前で聞く応援歌の声量とは段違いだ。


 手拍子を合わせながら応援する。


 そしてついに、木村選手が二遊間を破るヒットを放った。

 俺は思わずガッツポーズをした。あれだけぼろ負けしてたのに、あっという間に二点差だ。

 そして党首交代のアナウンスが流れた。


「流れが、流れが来ているのです」


 夢葉が元気に言う。


「これで、ホームランを打ったら同点なのです」

「そうだな」


 あれだけ遠かったのに、もう二点差。


「次は」

「次は、中山なのです。今季本塁打は一本だけなのです」

「だめじゃねえか」


 期待できないな。


「でも、でも意外なところで打つのですから、期待してほしいのです」


 そして打順。彼は一振りでショートフライを決めた。つまりアウトだ。


「期待しろって言ってなかったのか?」

「うぅ、調子が悪いだけなのです。きっと」


 そして、その次の回。早速四番にホームランを打たれた。


「ああ、せっかく取り返したのにまた三点差なのです」


 そう言って夢葉は俺に抱きついてきた。


 これじゃあ、イタチごっごだ。


 そう言えば確かにそうだ。

 こちらも先発が炎上したという事は、多くの投手を出さなければならない。つまり、全員が好調とは限らないのだ。



 これでもし複数失点なんてしたら今度こそ追いつけなくなる。


「今投げてるのは?」


あまり知らない選手だ。


「福家聡投手なのです。二軍で夢想して一軍に上がって来た26歳の投手なのです。最近おさえてたのですけど、今日に限って打たれてしまったのです」

「なるほど」


 そもそも相手のバッターは昨年54発の超大型砲だ。

 失点しても仕方ないと言えるだろう。

 だが、失点しては困るという話だ。



 そして俺と夢葉が祈ったおかげでこのイニングも1点で抑えた。

 だが、こちらも中々点が入れられない。

 そしてついに九回まで来てしまった。


「ここで点を取らないとまずいのです」

「だな。というより負けだろ」

「そうともいうのです」


 どちらにしろ、点を取らなければ勝てない。

 戦闘の柳原からこのイニングは始まる。


 先頭の柳原ショートフライでワンアウト、吉原がフォアボールを選びm小名宇都一塁。世良がヒットを放ち、ワンアウト一三塁。


 これで、マラティスのホームランで同点という場面まで来た。


「盛り上がってきたのです。相手の抑えはロリエス。最速162キロの剛腕なのです。しかし、良く打ってるのです。このままマラティスも売ってほしいのです!!」


 そう手を大きく上にあげる夢葉。


 また応援歌が流れ出す。ものすごい声量で。

 ああ、なんだかこの時間が一生続いてほしいとさえ思ってしまう。

 だが、終わるならさよならして終わってほしい。


「マラディス打ってくれ!!」


 俺は叫ぶ。


 そして応援歌を歌う。


 ここでマラティスがホームワンを撃たないで、誰が打つんだよ。


 せめて同点打。頼む。

 そして、マラティスのバッドがボールを捉えた。

 その打球は外野へと飛んでいく。しかし、外野手がどんどんと後退していく。

 そして、レフトのグラブの中に納まってしま――

 いや、こぼれていた。


「フェアなのです。ヒットなのです」


 そして、打ったマラティスも二塁に到達し、タイムリーツーベースヒットとなった。


「これで、あと一点返せばさよならなのです」

「いや、二点だろ」

「そうだったのです。とりあえずあと一点返してほしいのです」


 そして打席には山城選手だ。

 ここぞという場面で打ってくれる。そう俺は信じている。


 会場を応援が多い尽くす。

 完全に流れは来ている。


 山城選手頼むぞ。


 だが、初級セカンドごろに倒れてしまった。


 そして六番宇田川だ。




 夢葉の推しの選手。彼がホームランを打ってさよならしたらそれこそ良い。だが、逆に今日ノーヒットの彼が打てなければ試合は負けだ。

 ここが本当に運命の別れ道だ。

 彼が打てば幸せ、打てなかったら終わりだ。


 さあ、頼む。


 そしてカキーンという音がした。俺は打球の行く先を注視する。

 そのボールはライトの前で跳ねた。

 同点タイムリーヒットだ。


「うおおおおお」

「来た来た来たのです!!!」


 海上は大盛り上がりだ。

 六点差をついに同点まで持ち越したのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る