第11話 絶望

 その裏山城選手がフォアボールを選び、6番宇田川だ。


「宇田川選手、打って欲しいのです……!!」


 そう言って、夢葉は、宇田川選手の応援歌を全力で歌う。

 それに俺も合わせて歌う。

 六点差といえど、ここでホームランを打ってくれたら四点差まで迫ることが出来る。

 何より、夢葉の笑顔を見ることが出来る。

 頼む、ホームラン打ってくれ。


 初球ストライク

 2球目ストライク

 いきなり追い込まれた。

 そして、3球目空振り三振。

 3球で終わってしまった。


「宇田川選手……無念なのです」


 夢葉はそう言って自分の太ももを軽く叩いた。


「でも、きっと、田中選手が打ってくれるのです」


 田中選手。俊足の選手だ。でも、


「あまりチャンスで打っている印象はないけどな」

「いえ、実は得点圏打率は二割七分と、悪くはないのです」


 意外だな。案外打ってるんだな。


「それで、五点差。そしたら希望も見えてくるのです」


 確かにな。

 相手も慌てるから一方的な試合ではなくなり、チャンスも生まれるだろう。


「それに過去には九回七点差サヨナラの試合もあったのですから。今の私たちは歴史を見ているのかもしれないのです」


 過去に例があるなら可能性はある。

 それに、。相手のピッチャーは今年出始めたばかり。

 つまり、こういう場面にはなれていない。

 そう、こう言った大量リードの試合には。


「田中選手―、がんばれなのですー!!」


 そう、全力で応援する夢葉。


 だが、残酷な事だ。

 田中、中山二者連続三振。宇田川選手も含めて三者連続三振だ。

 天が入る気配がしない。

 まるで、手玉に取られている感じだ。


「なあ、夢葉」

「これはまずいのです非常にまずいのです。このままだと、あと七回で点を取らなければならないのです。でも、そのようなこと本当に可能なのですか? でも、一イニングに一点取れば九回サヨナラなのです」


 夢葉は勢い喋っている。というよりも混乱している。


「今日勝たなければ、俊哉君に申し訳がないのですから」


 ん?


「私は今日の試合、俊哉君を誘ったのです。でも、その試合で負けてしまったら、俊哉君につまらない時間を提供したことになるのです。それは非常に嫌なのです。俊哉君に楽しんでもらわないとなのです」

「夢葉、落ち着け」


 俺は思わずそう言った。

 今の夢葉はどう考えてもパニック状態だ。


「俺はいま楽しいから、この時点で来てよかったと思ってるから。それに俺は熱心に応援する夢葉のそんな一面を見れて幸せだと思っている」


 だってそう、今の夢葉は可愛い。

 応援に熱中している姿が。


「それよりも、もっと球場のことについて教えてくれ」

「……ありがとうなのです」

「おうよ。楽しもうぜ」


 そして俺たちは一旦ご飯を買いに向かった。

 所謂球場飯だ。そこでご飯を買って、席で食べる。

 それが良い習慣らしい。

 俺は実のところお腹が空いていた。無理もない。朝ご飯は食べたが、昼ご飯は食べていない。

 そりゃ、お腹がすくっていうもんだ。


「しかし、いろいろあるな」

「はい、なのです。おすすめはこのローストビーフ丼なのです。宇田川選手プロデュースで、とても美味しいのです」

「なら、それにするか」

「やったのです」


 そして俺たちはローストビーフ丼を手に、席に戻った。


 野球はツーアウト満塁のピンチを招いていた。


「これはまずいのです」

「そうだな」


 ここでさらに点を取られたら試合は終わる。

 ここで踏ん張ってもらわなければ。


「あ、しかもも相手の選手は満塁男の高見選手なのです」

「高見……」

「ええ、満塁での打率が4割を超えているのです」


 四割。つまり40パーセントの確率で失点するという事か。

 非常にまずい状態であるという事は言わずもがなっていう感じか。

 でも、ここで敬遠なんてできない。勝負するしかないという事だろう。


「お願いなのです。抑えてほしいのです」


 ああ、打たれたら終戦だ。テレビの前で見るよりもはるかに緊張する。

 ただ、この空気感が気持ちいい。

 一種のテストよりも緊張する。胃が痛い、でも、楽しい。


 そして、このピンチもフェンスギリギリの大飛球でピンチを抑えた。

 本当に胃が痛い。


「なあ、夢葉。現地観戦は毎回こんなにしんどいのか?」

「いえ、今日が一番しんどいだけなのです」

「そうか」



 やっぱり俺はとんでもない試合に来てしまったようだ。

 だが、


「夢葉。今度はチャンスでドキドキしたいな」

「ええ、なのです」


 しかしそのチャンスがなかなか訪れないまま、三回、四回と来た。どれもランナーは進めるも、チャンスらしいチャンスは来ない。せいぜいツーアウトに類が関の山だ。

 ここまでヒットは二本だけ。

 本当に押され困れてやがる。


 そう言えば、観客の数が減って来ている気がする。

 もう勝てるわけがないと、諦めてしまったのだろうか。


「夢葉。俺はまだあきらめてないから。奇跡を信じているから」

「それは私も同じなのです」


 そしてその次のイニング。チャンスが生まれた。

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